“ミステリーの女王”アガサ・クリスティーの小説をもとにした人気の英国ミステリー『名探偵ポワロ』。基本的に原作に忠実だが、時には脚色が新たな変化や別の視点を生み出し、俳優が息を吹き込んだキャラクターが人間性をもたらす。その観点から、BS11にて7月22日(月)より放送されるシーズン4について論じてみたい。
ABC殺人事件
名探偵エルキュール・ポワロのもとに「ABC」と名乗る人物から事件を予告する手紙が次々と届き、その予告した通りに、アルファベット順にそのイニシャルで始まる土地でその頭文字を苗字に持つ人が殺されていく…。ポワロは捜査に乗り出すが、イニシャルがA、B、Cであること以外、それぞれの被害者たちには何の関連性も共通点も見当たらない。狂気の人物による連続殺人と思われる事件に隠された真相とは?
「ABC殺人事件」の原作が発表されたのは1936年と今から90年近く前だが、クリスティーの孫であるマシュー・プリチャードが「この事件の殺しのアイディアが現実の生活の中で応用されるかもしれない」と原作小説の序文で綴っているように、(その真相はここでは述べないが)今の時代に誰かが模倣してもおかしくないプロットで、原作に概して忠実に映像化されたドラマ本編も現代ミステリーのように楽しむことができる。
同シリーズのほかのエピソード同様、この話も見事なキャスティングだが、特に注目してほしいのがドナルド・サンプターが演じるアレキサンダー・ボナパルト・カスト。アレキサンダー大王とナポレオンのファーストネームを持つこのキャラクターは、原作では最初の殺人が起きる前とかなり序盤で登場するが、ドラマで出てくるのは2つ目の殺人が起きてからとかなり引っ張る上、出番そのものも決して多くはない。しかし、大ヒットドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のメイスター・ルーウィン役でも知られるドナルドが、ちょっとした台詞や表情でカストの追い詰められていく状況や混乱、苦悩を表現。原作で描かれていたよりも異様な感じと悲哀がにじみ出る演技を披露している。
また、2番目の被害者の恋人ドナルド・フレイザーを演じたニコラス・ファレルも覚えておいてほしい。というのも、ニコラスはのちに別の役でも出演している(シーズン10「青列車の秘密」のナイトン役)ので、これらの役柄を見比べてみるとシリーズをより楽しめるはずだ。なお、彼のように複数の役柄で出ている人は実は20人以上いるので、それを調べてみるのも面白いだろう。
そんな「ABC殺人事件」の演出を手掛けたアンドリュー・グリーヴは、同シリーズで2番目タイとなる計9話を担当(1位は計10話のエドワード・ベネット)。作品を知り尽くしている監督だからこそ、ポワロ独特の食器のしまい方、ヘイスティングスの南米土産であるワニ(カイマン)の剥製、ジャップ警部の妻(『刑事コロンボ』のコロンボの妻のように、話には出てくるが決して姿は見せない)に頼まれた買い物といった、原作にはない脚色がちょうどいい具合に盛り込まれ、陰惨になりがちな事件にユーモアをもたらしている。特にワニの剥製はエピソードの最初から笑いを与え、最後はほのぼのとしたエンディングへと導いている。
雲をつかむ死
フランスからイギリスへと向かっていた小型飛行機の中で、高利貸しの老婦人が不審な死を遂げる。偶然その飛行機に乗り合わせていたポワロは、目と鼻の先で起きた殺人事件の真相を突き止めるため、アシスタント役を務めるジェーン・グレイとともに、機内にいたミステリー作家や考古学者、歯医者、上流階級の女性を調べていくが…。
原作ではもう少し容疑者(乗客・乗員)が多いが、ドラマ版ではそれが適宜整理され分かりやすくまとまっている。それでももちろん謎解きの楽しさは健在で、エラリー・クイーン作品のようなヒントも提示される。そして、ポワロが仕掛ける巧妙な罠には、犯人だけでなく視聴者も騙されるのではないだろうか。
フランスで実際にロケが行われており、エピソードの冒頭からモンマルトルのサクレ・クール寺院(ここでポワロとジェーンが知り合う)が登場。そのほかにも、エッフェル塔をはじめとしたフランスの観光名所が端々で映り込む。また、ドラマならではの脚色として、イギリスの名テニスプレイヤー、フレッド・ペリーが優勝した1935年の全仏オープンが再現されており、だからこそ多くのイギリス人がパリに集っていたという流れになっている。なお、飛行機に再度乗ったポワロが、被害者が吹き矢で殺されたかどうかを確かめるべく、機内で犯行を再現して乗客たちとジャップ警部の冷たい視線を浴びるというコミカルなくだり、原作ではポワロではなくフランス側の刑事のフルニエが行っているが、ポワロが自ら取り組む方がよりユーモラスでいい脚色と言える。
愛国殺人
ポワロのかかりつけの歯医者が自殺する。直前に患者として彼と会っていたポワロが、その死について調べ始めたところ、さらに第2、第3の死者が見つかり…。
原作の原題はマザーグースの童謡をもとにしたタイトル「One, Two, Buckle My Shoe(いち、にい、私の靴のバックルを締めて)」のため、靴が重要なアイテムで、ドラマでも序盤から何度も靴がアップで映し出される。ポワロたちが通う歯科病院の前で遊ぶ女の子たちが口ずさんでいるのがその童謡だ。ちなみに「愛国殺人」というタイトルは、アメリカ版の題名「The Patriotic Murders」をもとにしている。
ポワロの主な推理術は、心理学を活用しながら、人との対話を通して辻褄の合わない部分を見つけたり、犯人がうっかり漏らした情報を得る形だが、ここではシャーロック・ホームズもかくやというほどの観察眼を発揮。人が履いている靴の新旧だけでなくストッキングの質の違いにまで気づいている。
このエピソードで家の芝刈りをしたり、留守の妻に代わってお茶を淹れる姿も見られるジャップ警部は、原作小説では1940年に出版されたこの作品が最後の出番に。しかし、ドラマで同役を演じるフィリップ・ジャクソンはこのエピソード以降も出演し続け、シリーズ全70話のうち40話に出演した。これは、ポワロ役のデヴィッド・スーシェ、ヘイスティングス役のヒュー・フレイザーに次いで3番目の多さとなる。
『ヨーロッパミステリー 名探偵ポワロ』シーズン4は、BS11にて7月22日(月)より毎週月曜日 18:00~20:00に放送(※2話連続放送)。
(海外ドラマNAVI)
Photo:『名探偵ポワロ』シーズン4 © ITV Studios Limited 1992