ハリウッドではここ20年ほどで日本人俳優の進出が増えてきています。渡辺謙さんや真田広之さんはもちろん、若手世代も「映画界」ではよく見かけるようになりました。しかし「ドラマ界」は事情が微妙に異なるようで...。尾崎英二郎さんが、自身の体験も交えてその事情を紹介します!
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~海外でこそ、実力が試される日本語力~
さてここまでは「英語の力」について述べてきましたが、日本人俳優にとって、英語だけではなく、むしろ「日本語の力&センス」も海外作品の現場では非常に問われるということにも触れたいと思います。
第二言語を使って演じるというのは、非常に繊細で、安定するかも微妙で、リスクのあるチャレンジです。この難しさはなかなか活字ではお伝えしきれないのですが、
「短いセリフなら簡単でしょ?」
ともし問われたとしたら、決して簡単ではないですよ!と答えます。
例えば、謙さんと真田さんが米国市場に参入した『ラスト サムライ』では、トム・クルーズさんも日本語のセリフに挑戦しています。
トム演じるオールグレン大尉が、明治の新政府軍に射撃を指導する場面があります。日本の新兵が構えている銃口の先にオールグレン自身が的になって立ち、
「撃て!!」
と叫ぶシーンを覚えていらっしゃるでしょうか。
「撃て(うて)」という単語は、通常は話す際の発音であれば「う」に力が入ります。
試しに、カタカナの部分に強く力を入れて下記を読んでみて下さい。
「ウて。」
と、「ウ」にアクセントを置くのが普通です。
しかし「ウ」に気持ちを入れて、迫力を出して言おうとすると、
「ウゥゥてっ!!!」
となります。トムが演じた時のイントネーションは「ウゥゥて!!!」になってしまっていました。それだと残念ながら日本語の持つ迫力は少し減ってしまいます。
それでもトムの演技そのものは気迫に満ちていたのでシーンは成立していたのですが、もし仮に僕が彼に「日本語セリフ」を指導する身であれば、
「うテェェッ!!!」
と、「テェェ」の方に力を込めるように伝えたでしょう。
なぜなら、この場面の「撃て」は軍隊式の命令ですから、「うテェェッ!!!」と叫んだ方が、シーンとしても、観客の耳にもしっくりくるからです。もちろんオールグレンは日本語が完璧である必要はありません。でも「うテェェッ!!!」の響きの方がトムの渾身の表情にいっそうマッチしたはずです。
このように、わずか2文字のセリフであっても、シーンの状況やその時に伴う感情によって、勢いやイントネーションは変わるのです。
言語というのは、それが英語であれ日本語であれ、そういう側面を知った上で、演じている際のニュアンスや効果の緩急を自在に変えていく必要があります。
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僕が日本人として海外の作品で心がけていることの一つに、
「たとえ米国や海外の作品であっても、"日本語のセリフ"こそ、日本の視聴者や観客が聴き取れる、そして伝わりやすい音で発話する」
ということがあります。
日本人としての看板を背負っているんだから当然でしょ?と思われるかもしれませんが、この点がおろそかになってしまっているケースは海外作品だと多々あります。
特に、元々の台本が英語で、
「このセリフを日本語で演じてほしい」
と制作側からリクエストされている場合、日本語への書き換えはその俳優本人に委ねられることがよくあります。
そこで起き得る失敗例は、
■文脈や役柄の特徴を掘り下げずに、自分流に直訳して演じてしまうこと
■自分が言いやすい、自分本位の(楽な)単語や言い回しに置き換えてしまうこと
■台本の理解力が足りず、誤訳のまま演じてしまうこと
この3つは、制作側に日本語を熟知した人がいない限り、良し悪しが判らないので、妙な日本語訳のままの演技でも放送・配信されてしまうという残念な事態が起こります。最悪の場合、日本人が日本語で演じているのに、日本の視聴者が聴いても「ん??? 今、何て言った??」「この人、日本人じゃないのかな?」という印象を与え、その結果、作品のクオリティを下げてしまうのです。
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~単語の選択で人物の背景が見えてくる~
Netflixのサイバーパンクドラマ『オルタード・カーボン』に出演した際に僕が選択した日本語を例に解説してみたいと思います。
僕が演じたのはサイトウというヤクザのボスでした。自分の手下であるレイリーンという女性(ディーチェン・ラックマン)に、目の前の敵(ウィル・ユン・リー)を殺すよう命令します。
レイリーンは敵に銃口を向けています。引き金を引くだけで相手を撃ち殺せる立場ですが、撃ちません。その敵は、レイリーンにとって大切な人だったからです。
サイトウの英語のセリフは短いです。
「Kill him, you worthless whore!」
「Kill him now!」
これを日本語にして演じるのですが、翻訳者はいませんでした。
まず、「Kill him」をどう訳すか。
「彼を殺せ」という直訳はダメです。"彼"では丁寧すぎます。「奴を殺せ」もダメです。目の前に男が立っていて、差し迫った状況で、"奴を"などといちいち言いはしないでしょう。
そこで僕は、
「やれよ」
を選択しました。音としても長さは「Kill him」とほぼ同じ。日本人視聴者が聴いた時、言い方で「殺せ、撃て」という意味であることはもちろん瞬時に伝わります。何より、自分の感情に乗る一言でないといけません。
次に、「you worthless whore!」をどう訳すか?
「whore!」は売春婦や娼婦のことです。しかし、"売春婦(ばいしゅんふ)"では音として長すぎる。"売女(ばいた)" では突然聴いた視聴者は何のことかわからないかもしれません。"あばずれ"だと、やはり音節がありすぎて、リズムや迫力が損なわれます。
そこで、
「このアマ」
を選択しました。
アマなら、手下の女性レイリーンに命令していることがわかります。しかも"このアマ"なら、サイトウがこの女性を大切にしていないことが明らかになります。
難しいのは、「worthless」です。
直訳すれば、"価値の無い"という意味。ダメな女、と言いたいところでしょう。しかし、「ダメな女」や「価値の無いアマ」ではヤクザ言葉としてはしっくりせず、リズムと迫力に欠けます。
僕は、サイトウとレイリーンの関係性を考えました。台本には詳しく書かれてはいませんが
サイトウは武器の密輸や売春斡旋やドラッグ売買などあらゆる犯罪を犯してきた経歴の男で、当然、このレイリーンにも様々なことを命令一つで有無を言わさずやらせてきたのだろう、と。
しかし、大事なところでレイリーンが撃てない。言うことをきかない。
そこで一言、
「使えねぇな、このアマ」
と訳しました。つまり全体では、
「やれよ。...使えねぇな、このアマ!」
「やれっつってんだよぉっ!!」
(now! は訳す必要もありません。演じ方でどうにもなるので)
としました。
この訳し方でオーディションに臨み、役を勝ち獲ったわけですが、撮影当日、本番直前のリハーサルで実際にそのシーンを演じてみると一つのリクエストが監督から出ました。
「やれよ。...使えねぇな、このアマ!」
だとセリフの長さがこれでもまだ長いので、少しだけコンパクトにしてくれと。
自分なりに練ってきた演技プランを急遽変えるのはあまり嬉しいことではないのですが、演出上、短くしなければなりません。本番のテイクはもうすぐに始まってしまいます! ここで、僕は急ぎ判断に迫られました。(数分間で決めなければいけません)
セリフの何を切って、どう繋げれば、元々のシーンの大意が視聴者に伝わるか?
「やれよ」は最初の命令ですから切れません。「このアマ」を切ってしまうと、サイトウが女性を見下す下衆な態度が伝わりません。
なので、「使えねぇな」をカットし、
「やれよ、このアマ!」
「...やれっつってんだよぉっ!!」
と、本番のテイクで演じました。"使えねぇ(worthless)"を切った分だけ苛立ちを込めて演じた、この2行が完成作に収められています。
ちなみに、日本語吹き替え版のセリフはというと、
「さっさと殺せ! やれっつってんだよ!」
になっています。翻訳に正解はないので、これでもシーンのエッセンスを失うことはありませんが、"さっさと"を冒頭に入れることで、「Kill him」といきなり言われる衝撃がやや失われてしまうのと、"殺せ"と直訳することで、サイトウの横暴さの響きが少し欠けてしまった感は否めません。「このアマ」にあたる"whore"が訳に含まれていないのは意外です。
面白い例ではあるので、是非、演じた俳優本人の音声と、吹き替えの音声の双方を、「日本語訳における単語の選択の工夫」という観点から聞き比べてみて下さい。
何が言いたいのかというと、ほんの短い単語やフレーズの意図やニュアンスに至るまで、考え抜いて撮影現場で演じないと、それが編集された(海外では日本語を理解する人が立ち会わないまま編集される場合が多い)時に、ちゃんと日本の視聴者が聴き取れる言葉で、しっかり伝わるニュアンスで、届いてくれないという恐れがあるので、音声やイントネーションの細部に至るまで俳優自身が常にこだわって演じる必要がある、ということです。
制作サイドに日本語のダイアローグコーチや言語考証・文化考証の担当の方がいない限り、間違ったまま放送・配信されてしまうことはよく起こります。なのでそれを「海外作品だから仕方がない...」と放置するのではなく、俳優自身が演じる段階でできるだけこだわってセリフや表現に反映させる、ということを日頃から努めるようにしています。
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もう一つ、日本語で演じた例をご紹介します。
前述したDCの人気ドラマ『レジェンド・オブ・トゥモロー』で、本多監督の登場シーンに大切なセリフ(ネタばれになるので全てのやり取りをここには書きません)があったのですが、その最後の一行は、
あるアイデアを気に入り、何かひらめいたように
「The King...of Monsters... I like that...」
と口にするというものでした。
僕はまず、この場面の舞台が日本である上に一人でポツリと呟く場面だったので、このセリフは日本語で演じた方が、日本の雰囲気や監督の人柄が出せると思い、脚本家や製作陣にそう伝えました。するとその案にOKが出て、本番では日本語と英語の2パターンを演じることが許されました。実際完成作で使われたのは嬉しいことに日本語の方で、この日本語の音声は予告編でも使用されたので、予想以上に大事な意味を持ちました。
"The King...of Monsters..."については、すぐにいい日本語のフレーズを思いつきました。日本でもSFや怪獣映画がお好きな方々にはお馴染みの呼称です。
(是非、日本でも配信されている本作をご覧になってみて下さい!)
では、"I like that" はどう日本語に置き換えたか?
「それはいい」という直訳では口語っぽさが無いですし、「気に入った」では一人で呟いた感じが出ません。「よし、決めた」とまで言ってしまうと、断定の意味が強すぎます。
そこで僕は、
「いいな...」
と、一語にして演じました。
短く訳したわけですが、多くを口にしない方が伝わることがあります。その方が思慮深さがある感じ、ひらめきの先に物語が続くように感じたのです。これは微妙なニュアンスの話ですから、その理由を監督やスタッフにその場で説明したりはせず、自分の独自の判断で演じました。
自分のシーンを生かすも殺すも、自分のセンス次第です。どの言葉を、どう言ったら、一番効果的なのか?ということを、いざという局面で判断が下せるだけの引き出しを増やしていくしかありません。
但し「独自の判断」や「自分のセンス」と言っても、多くのドラマシリーズが一話につき何億円、最大で十数億円をかけて創っているという状況下ですから身勝手な真似をすることはできません。作品に厚みを増すことに貢献する責任をひしひしと感じつつ、と同時に、日本の視聴者の皆さんにも納得してもらえる(言語的な)質に高めていくことを常に目指しています。
いかがだったでしょうか。
異国の産業のドラマシリーズの中で重要な人物を演じる際に、英語であれ日本語であれ、どれほどのこだわりで演じているかを皆さんに知ってもらえることで、これからも士気を高く保って挑んでいくことができます。
今後は、このコラムの内容を踏まえて、僕らが演じている日本人の役柄や物語に注目していただければと思います。
Photo:
渡辺謙と真田広之
©AVTA/FAMOUS
『ラスト サムライ』のトム・クルーズ
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『オルタード・カーボン』
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『レジェンド・オブ・トゥモロー』撮影現場
(尾崎英二郎さん提供)