『ブレイキング・バッド』とアメリカのドラッグ事情 ~麻薬密輸の歴史と流通~

第66回エミー賞授賞式にて見事有終の美を飾った『ブレイキング・バッド』。ドラマシリーズ部門作品賞をはじめ、主演男優賞ブライアン・クランストン、助演女優賞アンナ・ガン、助演男優賞アーロン・ポールなど、合計6部門で受賞するなど高い評価を得た本作。前日譚となるスピンオフドラマ『ベター・コール・ソウル』も人気を博し、本国ではついに完結を迎えた。

一人の善良な化学教師が、メス(メタンフェタミン=覚醒剤)の製造に関わっていくうちに、やがて麻薬業界を取り仕切っていくまでに変貌する様を、独特のユーモアセンスを織り交ぜて描いた本作品をよりいっそう楽しんでいただくために、この記事ではアメリカとメキシコの麻薬事情について少しふれてみよう。

 

アメリカとメキシコ国境~麻薬密輸の歴史~

現代のアメリカ都市部でも根強く蔓延るドラッグ問題。『ブレイキング・バッド』のドラマの中でもどんどんドツボにハマっていくウォルターとジェシー。トゥコにはじまり、サラマンカ一族の極悪非道なメキシコの麻薬カルテルや、街の有力者の皮をかぶったガス・フリングからも次から次へと命を狙われることに...。『ブレイキング・バッド』は、メキシコ国境に接したニューメキシコ州アルバカーキが舞台。今回はアメリカとメキシコ国境で脈々と行われてきた麻薬密輸の歴史について見ていこう。(協力:山本昭代 氏)

 

麻薬密輸の歴史

メキシコとアメリカ間の国境を挟んだ密輸は、19世紀から日常的に行われていた。メキシコとアメリカの国境地帯には、ツインシティと呼ばれる、もとはひとつの街であったところに国境が引かれ、北と南に分けられた都市がある。19世紀半ばのアメリカ・メキシコ戦争の結果、アメリカ領となったためである。そのような地域では、家族が国境のこちらとあちらに分かれて住み、日常的に行き来し、多くの庶民は国境のあちら側とこちら側で値段を異なるものを運ぶことで収入を得ていた。国境は障害というより、それがあるからこそ人が集まり、経済や制度の違いを利用して利益を得るための「資源」だった。

【1920~60年代】酒の密輸からヘロイン、マリワナへ

1920年代のアメリカの禁酒法時代には、アルコール飲料が国境の川や運河やフェンスを越えて運ばれた。1930年代に禁酒法がなくなると、こんどはヘロインやマリワナが運ばれるようになる。1960年代、ベトナム戦争と北米のヒッピームーブメントの時代にはマリワナの需要が高まる。ベトナム戦争の兵士は戦争で麻薬の使用を覚えたものも多かった。マリワナの栽培や密輸は違法ながらも地域に根付いたものとなり、栽培農家は地元の軍や警察、州政府などに税金代わりに金を渡していたという。

【1970~90年代】主流はコカインに。インフラ整備により密輸の規模も拡大

1970年代、アメリカが豊かになるに従って、コカインが主流に。コカインは当初、コロンビアマフィアがおもにカリブ海経由でマイアミなど東部の港に送っていた。アメリカ麻薬取締局がこのフロリダルートを壊滅させると、コロンビアマフィアはメキシコマフィアと手を組み、コカインはメキシコを経由して運ばれるようになる。1990年代後半、北米自由貿易協定により、アメリカ・メキシコ国境地域の都市の交通網が整備され、国境の交通量が飛躍的に伸び、密輸に有利なインフラも整備される。

1980年代までは、まだ国境を挟んだ親族や知人のネットワークを通じた、いわば家内産業的な、小規模で比較的のどかなものだった。しかし1990年代後半以降には、密輸の規模が大きくなり、手段も洗練されたものになるに従い、暴力的な面がさらにエスカレートしてくる。

 

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アメリカ国内での流通について

メキシコから入ってきた麻薬がどのようなルートをたどるか、一例だが紹介しよう。

テキサス州エルパソ(一部小売) → シカゴ(大部分が小売) → 一部はニューヨーク、マイアミなどへ運ばれる。

(※エルパソは劇中でもハンクが赴任した場所。屈強なハンクでさえ、エルパソでの麻薬カルテルの容赦ない残忍なやり方に恐怖心を抱き、戦意を喪失させられた。)

 

運び屋や小売りは誰がやっている?

トラックでの輸送は、多くは犯罪歴のない、金に困った運転手が引き受けるが、ギャングの仲間が運ぶことも。メキシコ・ラテン系同士のネットワークの中で仕事が融通されることが多い。小売りは、大部分が地元の、おもにメキシコ系ストリートギャングが、それぞれの決まった場所で行う。メキシコのカルテルはたいてい、そこまでは関わらないが、直接支配しているところもある。

麻薬を必要としている、麻薬なしではいてもたってもいられないアメリカ人がいるからこそ、成り立つ流通ネットワーク。途中のどこで取り締まっても、モグラたたきのように、別のルートを経由して運ばれるという。

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『ブレイキング・バッド』の世界さながら、メキシコの麻薬カルテル間の対立や連帯の関係は、仁義なき世界の戦国時代であるだけに始終変わっているので、この瞬間にもどんどん変化しているといわれている。

(出典:「EL MUNDO DEL NARCO もうひとつのメキシコ ~麻薬カルテルと暴力の文化」より引用)

アメリカのドラッグカルチャーを理解して『ブレイキング・バッド』をもっと楽しもう

いかがだったろうか。こんなに脈々と続いてきたドラッグ密輸ルート&麻薬カルテルがいるメキシコ国境の街で、突然そこにはまり込んだ元化学教師のウォルターとチンピラジャンキーのジェシー...。彼らの市場をひっくり返すほどの上等なメスを精製し、しかも「俺の言うとおりに売れ!」なんて...。ああ、命を狙われてしまって当然ということに違いない...。

 

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(海外ドラマNAVI)

 

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