2016年の配信スタート以来、7年間にわたり、エリザベス2世と英王室の姿を描いてきたNetflixオリジナルドラマ『ザ・クラウン』がついに最終章を迎えた。全60話にわたる大河ドラマが完結するにあたり、改めて今作が与えた影響について、最終章が現地イギリスでどのような反応で迎えられたかを交えながら、英国在住30年ライターが検証していこう。
『ザ・クラウン』は、英Left Bank Picturesと米Sony Pictures Televisionの共同制作、ピーター・モーガン(『クィーン』『フロスト×ニクソン』)の企画・製作総指揮・脚本により、エリザベス2世の治世を追ったもので、2016年11月にシーズン1の配信がスタート。
約70年と英国史上最長在位の君主だったエリザベス2世の治世をドラマ化するにあたって、2シーズンごとにキャストが入れ替わるというスタイルを採用。主役エリザベスを、シーズン1・2はクレア・フォイ、シーズン3・4はオリヴィア・コールマン、シーズン5・6はイメルダ・スタウントンが演じた。ほかにも、エディンバラ公フィリップ殿下役でマット・スミス、トビアス・メンジーズ、ジョナサン・プライス、チャールズ皇太子役でジョシュ・オコナー、ドミニク・ウェスト、マーガレット王女役でヴァネッサ・カービー、ヘレナ・ボナム・カーター、レスリー・マンヴィルなどが出演し、人気・実力を兼ね備えた英俳優を中心にした豪華キャストが話題を集めた。
ゴールデン・グローブ賞やプライムタイム・エミー賞、全米映画俳優組合賞、英国アカデミー賞を受賞。シーズン4は第73回プライムタイム・エミー賞で主要7部門を制覇するなど、世界的に高い評価を受けてきた。ファイナルシーズンとなるシーズン6は、パート1が2023年11月16日、パート2が12月14日と、前後半の2回に分けて配信され、合計6シーズン(各シーズン10話)の全60話で物語が完結した。
ザ・クラウンの最大の功罪とは?
『ザ・クラウン』は実話に基づくヒューマンドラマだが、内容はあくまでフィクション。しかし、史実や実際に起きた事件を元にしており、宮殿内部や衣装などの細部にまでこだわった上に、役者たちがあまりにも実在の人物に寄せて再現率高めの役作りをしたため、ドラマの内容や王室メンバーの描写が正しいと信じる視聴者が続出。ドラマがどこまで事実でどこまで脚色なのかが毎回問題になった。2020年には当時の英文化相が「若い視聴者がフィクションを事実と勘違いするのではないかと懸念する。Netflixはフィクションであることを明確にしておくべき」と発言。
最終章の舞台は、1990年代後半から2000年代前半にかけてと比較的最近のため、実際に起こった出来事を記憶している視聴者が多く、存命の登場キャラクターも多いにもかかわらず、ますます過去の事実とフィクションとの境が曖昧になるという事態が起こっている。
例えば、シーズン6パート1では、ダイアナ元妃が事故死する前夜、恋人のドディ・アルファイドがダイアナにプロポーズする様子が描かれる。実際にはプロポーズしたという事実はないというが、その一方でドディがパリのリッツホテルの近くにある宝飾店で婚約指輪を購入した姿が監視カメラの記録に残っており、ドディはプロポーズする予定だったと父親が審問で発言したのは有名な話だ。またパート2では、キャロル・ミドルトンが娘のケイトとウィリアム王子の出会いを画策し、二人が同じ大学に通うためにケイトの志望校を変更させるなど、積極的に出会いを仕掛けた様子が映し出されているが、これが事実を元にしているかどうかは明らかになっていない。
最終シーズンの英メディアの反応は?
シーズン6パート1では、ダイアナ元妃とドディ・アルファイドの関係、パリでの彼らの衝撃的な事故死、続くパート2では変化を求められる英王室やウィリアム王子とキャサリン妃のロマンス、チャールズ皇太子とカミラ妃の結婚などが描かれている。そんな最終シーズンへの各メディアの評価はなかなか手厳しい。レビューサイト Rotten Tomatoesはユーザー評価56%で、高い評価を誇ったシーズン1〜4と比較するとかなり低め。英Times紙は5つ星中の星2つで、「かつての秀作ドラマは、Hallmark Channel並みのメロドラマになってしまった」と評価。英Guardian紙は「見事に脱線してしまった。いかにして『ザ・クラウン』は品格あるドラマからTV界の惨事になったのか」と辛口だ。
これまでにも『ゲーム・オブ・スローンズ』や『SHERLOCK/シャーロック』など、シーズンフィナーレが不評だった人気ドラマは多いが、今作もそれまでが高評価だっただけに、最終章はファンから不満の声が続出する結果になってしまったようだ。
英ロイヤルファミリーの光と影
イギリス国民と英王室の関係というのも実は複雑だ。君主制を支持し、王室メンバーをこよなく愛するロイヤリストがいる一方で、君主制に反対する、あるいは王室にまったく興味・関心がない層も少なくない。そんな中で、『ザ・クラウン』はエリザベス女王の結婚と即位からスタートし、当時の政権との関わりや社会背景を交えながら、女王や王室メンバーの知られざる素顔を描き、イギリスをはじめ世界中で人気を集めた。立憲君主制の存続や王室の存在意義を問いながらも、エリザベス2世がいかに公務に一生を捧げた人生であったかを丁寧に辿り、女王やその他の王室メンバーのイメージアップにも貢献したと言える。2022年にエリザベス2世が96歳で逝去した際には、国葬の様子が世界中に中継され、女王がどれほどイギリス人に愛される存在であったかを見せつけたのも記憶に新しい。女王逝去後に『ザ・クラウン』の視聴者数が急増したとも伝えられた。
最近では、ハリー王子とメーガン妃をめぐる一連の騒動や過熱報道が話題を集め、現実世界の面白さがドラマを超える事態になっているが、チャールズ国王やウィリアム皇太子のイメージ戦略もまずまず成功しており、王室の影響力は依然として大きい。経済誌Forbesによると、英王室はイギリス経済に年間およそ27億ドル(約4000億円)の利益をもたらしているという。バッキンガム宮殿の衛兵交代は昔からロンドン観光の目玉であり、ロイヤルウェディングなど王室関連のイベントは世界中の注目が集まるニュースになる。
事実とフィクションの境界を行ったり来たりしながら、王室の虚構と現実を描いた『ザ・クラウン』が残したレガシーは、今後少しずつ明らかになっていくだろう。ともあれ、『ザ・クラウン』は、エリザベス2世=王室がイギリスの伝統とプライドであることを体現し、一人の人間として生きる君主とロイヤルファミリーに対する私たちの興味を掻き立て、好奇心を満たしてくれるドラマだったのは確かである。
『ザ・クラウン』が最終章を迎えたこの機会に、シーズン1からシーズン6まで一気見してみるのもよいだろう。同作はNetflixにて独占配信中。
(文/Yoshie Natori)
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Photo:『ザ・クラウン』©Daniel Escale/Netflix