24人の人格を持つビリー・ミリガンを題材にした新作サイコ・スリラー『クラウデッド・ルーム』がApple TV+にて独占配信中。ここでは、同作を魅力的な作品に仕上げている理由を深堀してみよう!
目次
犯罪を犯した人間がもしも精神を患っていたら?
犯罪を犯した人間がもしも精神を患っており、異なる人格をその精神にいくつも宿した人物であったとしたら、果たしてそれは有罪なのか? あるいは無罪なのか? これは、現実の世界においても、フィクションの世界においても、人々の間で論議され続けている疑問と言えるだろう。
その昔、多重人格障害=解離性同一性障害を抱えた人物が“とある事件”を起こし注目を集めた。その精神に24人もの人格を宿したビリー・ミリガンによる一連の事件である。この事件がきっかけとなり、精神的な病と事件の関係性を問う議論が表面化されていったのだ。
今では映画や海外ドラマの題材となることが多い「解離性同一性障害」であるが、最初に人々の関心を集める嚆矢となったのが、何を隠そう同事件であったのだ。
ビリー・ミリガン事件とは?原作小説に記された衝撃的事実
合計24人もの人格を宿した青年
そもそものお話は、今から約46年前に遡る。1977年、アメリカ・オハイオ州において、三人の女性が強姦され、強盗に遭うという事件が発生した。
事件の容疑者として逮捕されたのは、当時22歳だったビリー・ミリガンという青年であった。逮捕されたビリーは裁判の準備を進める中で、担当弁護士に対し、衝撃的な事実を告げる。
「自分はビリー・ミリガンではなく、ビリーは今眠っている」と証言したのだ。不審に思った弁護士は、精神科医などを呼び寄せ調査を開始。すると驚くべきことに、彼の精神の中には合計24人もの人格が宿っており、ビリーの置かれた状況によって、最も適した人格が現れるというのだ。
養父からの虐待がきっかけ
ビリーは幼き日に養父から耐え難い虐待を受けており、それがきっかけで多くの人格が生まれることになった。中にはレズビアンの女性や強烈なイギリス訛りで会話をする男性、暴力的な人格まで存在していたという。
この衝撃的な事件は全米を震撼させたが、さらに大きな注目を集めたのは、事件の判決であった。なんと、ビリーには多重人格による精神疾患を理由に無罪の判決が下ったのだ。この判決には批難と驚きの声が続発し、判決の是非を問う抗議活動までもが行われた。
そんな事件の一部始終を綴ったダニエル・キイスによる著作「24人のビリー・ミリガン」は、世界各国で出版されることにあり、ビリー・ミリガンの名を有名にしたのである。
『クラウデッド・ルーム』あらすじ
銃乱射事件の真相を、容疑者の青年が語り始める…
Apple TV+にて配信中の海外ドラマ『クラウデッド・ルーム』は、1970年代のアメリカを舞台に、銃乱射事件を起こした青年ダニー・サリヴァン(トム・ホランド)と尋問官ライア・グッドウィン(アマンダ・セイフライド)による対話から事件の真相を炙り出していく構成となっている。
前述の「24人のビリー・ミリガン」を原作に、青年がいかにして事件を起こすことに至ったのか、過去と現在をカットバックさせながら描き出していく。物語はまず、このダニーという青年が何者なのかという輪郭をハッキリさせることからスタートする。
内気な少年だったダニーは、高校では目立たない存在であり、人気者たちからは馬鹿にされるような生徒。自宅に帰れば、義理の父親に忌み嫌われ、恐怖を感じる日々。唯一の理解者と言えば、ジョニー、マイクといった親友たちで、彼らと共に過ごす時間は安らぎをもたらしていた。
ある日、ダニーは一目惚れした女子生徒を誘い出すために、マリファナを調達。なんとか気を引くことには成功したが、これがきっかけで退学処分、さらには暴力的な同級生からも目をつけられてしまう。そんな彼を救ったのが、“幽霊屋敷”として知られる隣家に越してきたイツァクという男性であった…。
主人公ダニーの混乱を追体験
あらすじを読んだだけでは恐らく、どこにでもいるような少年が狂気的なサイコと化していく、いわゆる青春スリラー的なジャンルの作品かと思われることだろう。
正直に言おう、筆者も最初はそのような印象を持っていた。だがしかし、話数を重ねていくうちに、何やら言いようのない違和感を覚えるようになっていく。
ダニーの淡い恋物語や友人との絆が明確にされていく中で、周囲の人間が怪訝な視線をむけていたり、ダニーの友人が声をかけても反応がないといった異様な光景を目の当たりにする。
次第に、この人物は実在しているのか?という映画『シックス・センス』的な疑問にさいなまれていくようになるのだ。この謎を解き明かすカギはすでにタイトルによって提示されており、『クラウデッド・ルーム』とは、直訳すると「混雑した部屋」となる。つまりはダニーの頭の中(部屋)は、人で溢れかえっているということになるのだ。
セリフの節々、小さな行動にもヒントが
そしてダニーのセリフの節々、小さな行動にも多くのヒントが隠されている。もうお気づきだろうが、本作は多重人格障害を患った人間には他の人格がどのように見えているのかをリアルに映し出し、視聴者はまるで自身の頭の中にも複数の人格が存在しているかのよう錯覚をもたらすのだ。主人公ダニーの混乱を追体験させるかのように。
この脳内がクラッシュ状態になる感覚が言いようのない快感をもたらし、次から次へと謎を解き明かしていきたい衝動に駆られる。そんな面白さが秘められた作品に仕上がっている。
スパイダーマンのイメージは皆無!トム・ホランドの圧倒的演技
トム・ホランドの新境地
本作の主人公はダニー・サリヴァンという名前で登場するが、実はこのダニーという存在は、ビリー・ミリガンの中に実在する人格の一人である。内気な性格でいつも怯えている青年というタイプの人格であるようだが、この性格を見事に体現した演技を披露するのが、人気俳優のトム・ホランドだ。
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)版のスパイダーマンを演じていることで有名な俳優であるが、本作で魅せる表情の数々からは、一切と言って良いほどスーパーヒーローのイメージはない。
いつもおどおどと背中を丸めた立ち姿で、外界を恐れているかのような目つき、自信なさげな語り口…自信にあふれたスパイダーマンとは正反対の役どころを見事に演じ切っているのだ。ホランド自身も徹底した役作りを敢行したようで、撮影終了後には疲れがピークに達したと語っている。
事実、本作の撮影終了後に、ホランドは1年間の休養を宣言している。それほどまでに過酷な撮影だったことを視聴者にもひしひしと感じさせるトム・ホランドの演技からは、まさに名優と呼ぶべき貫禄すら感じさせる。彼の新境地が垣間見える作品としても非常に魅力的な作品である。
実力派の俳優陣のサポートにも注目
また、ダニーの尋問を担当することになるライア・グッドウィン役に扮したアマンダ・セイフライド、ダニーの実の父を知る英国紳士ジャック役のジェイソン・アイザックス、ダニーに大きな影響を及ぼす謎めいた女性アリアナ役のサッシャ・レインなど、実力派の俳優陣がホランドの名演を引き出す完璧なサポートぶりを見せており、彼らのバイプレイヤーぶりにも注目だ。
派手さを求めず、リアリティを究極まで追求した作風が独特のApple TV+に、新たな傑作が誕生した。犯罪を犯した人間がもしも精神を患っており、異なる人格をその精神にいくつも宿した人物であったとしたら…本作を視聴後、あなたの判断はもしかしたら覆っているかもしれない。
(文/Zash)
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Photo:『クラウデッド・ルーム』Apple TV+にて独占配信中