毎年、アカデミー賞授賞式の前日に開催されているゴールデンラズベリー賞、通称ラジー賞をご存じだろうか? スタートは1981年と、1929年に始まったアカデミー賞に比べればかなり若輩だが、毎回一部で話題を集めている。というのも、アカデミー賞が「ここ一年で最も優れていた映画や演技を称える」賞であるのに対して、ラジー賞はその逆、「ここ一年で最もダメだった映画や演技を称える(イジる)」賞だからだ。
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ラジー賞の起源は映画ファンの思いつき
ジェームズ・ディーンやフランシス・フォード・コッポラ、ベン・スティラーも通った名門大学UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の映画・テレビ部門を専攻したジョン・J・B・ウィルソンが、アカデミー賞授賞式の日に友人たちを招いて開いたディナーの席で、即興でその年の最も優れていなかった映画を称えたことがラジー賞の始まりだという。その後まもなくしてCNNのような大手メディアも同賞を取り上げるようになった。
なお、ゴールデンラズベリー賞の「ラズベリー」は、舌を唇の間にはさんで出す音(ブーイング)から来ており、転じて「酷評」「悪口」といった意味。ラジー賞に選ばれた映画関係者、俳優に贈られるトロフィーにはちゃんとラズベリーがかたどられている。アカデミー賞と同じように作品賞・監督賞・主演男優賞・主演女優賞・脚本賞といった部門が存在。ただし、いずれも「最優秀」(Best)ではなく「最低」(Worst)が各部門の頭につく。
年によって設定される限定部門も見逃せない。そちらはさらにイジり度合が高くなり、「1億ドル以上稼いだけど脚本がクソな映画」(1996年度:受賞作は『ツイスター』)、「人命と公共財産を最も軽視している映画」(1997年度:『コン・エアー』、2019年度:『ランボー ラスト・ブラッド』)といった項目が繰り広げられる。
ラジー賞に最も愛される男、シルヴェスター・スタローン
これまで42回開催されているラジー賞の最多受賞者はシルヴェスター・スタローン(11回)。俳優だけでなく監督や脚本家、プロデューサーも自ら務める彼は、ラジー賞の様々な部門で対象となってきた。ノミネート総数は30を超える。
11回の受賞の内訳は、主演男優賞で4回(1984年度の『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』、1985年度の『ランボー/怒りの脱出』『ロッキー4/炎の友情』、1988年度の『ランボー3/怒りのアフガン』、1992年度の『刑事ジョー/ママにお手あげ』)、助演男優賞で1回(2003年度の『スパイ・キッズ3-D:ゲームオーバー』)、監督賞で1回(1985年度の『ロッキー4/炎の友情』)、脚本賞で1回(1985年度の『ランボー/怒りの脱出』)、最低カップル賞で1回(1994年度の『スペシャリスト』)、そして10年ごとに発表される1980年代・1990年代の主演男優賞。極めつけは、過去の候補者・受賞者の中から選ばれる特別賞で、2015年度に贈られた。
トム・クルーズ、マドンナ、パリス・ヒルトンもターゲットに
シルヴェスターが何度も槍玉に挙げられたように、人気者はラジー賞のターゲットになりやすい。トム・クルーズ(2017年度:『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』)、ケビン・コスナー(1991年度:『ロビン・フッド』、1994年度:『ワイアット・アープ』、1997年度:『ポストマン』は主演男優賞&監督賞のダブル受賞)、ブルース・ウィリス(1998年度:『アルマゲドン』『マーキュリー・ライジング』『マーシャル・ロー』)、ベン・アフレック(2003年度:『デアデビル』『ジーリ』『ペイチェック 消された記憶』)、アダム・サンドラー(1999年度:『ビッグ・ダディ』、2011年度:『ジャックとジル』『ウソツキは結婚のはじまり』、2012年度:『俺のムスコ』)、ウィル・スミス(2013年度:『アフター・アース』)といった大作映画に出演するスターも受賞者リストに名を連ねている。
エディ・マーフィはラジー賞の影響でしばらく俳優業から休養したという。2006年の『ドリームガールズ』で念願のアカデミー賞を手にすることができなかった彼は、その後『マッド・ファット・ワイフ』でラジー賞3部門を受賞した上、2000年代の主演男優賞にも選ばれた。「クソみたいな映画を作るのはただでさえ楽しくないのに、さらにはラジー賞で史上最低の俳優に選ばれてしまった。だから、一度休むタイミングだと思ったんだ」と本人はのちに語っている。
もともと演技を本職としていない人もラジー賞の餌食になりやすい。9回受賞のマドンナ(1986年度:『上海サプライズ』、1987年度『フーズ・ザット・ガール』、1993年度『BODY/ボディ』、1995年度:『フォー・ルームス』、2000年度:『2番目に幸せなこと』、2001年度:『007/ダイ・アナザー・デイ』、2002年度:『スウェプト・アウェイ』など)を筆頭に、マライア・キャリー(2001年度:『グリッター きらめきの向こうに』)、ブリトニー・スピアーズ(2002年度:『ノット・ア・ガール』、2004年度:『華氏911』)やリアーナ(2012年度:『バトルシップ』)、パリス・ヒルトン(2005年度:『蠟人形の館』、2008年度:『Repo! レポ』& 『The Hottie and the Nottie』)、キム・カーダシアン(2013年度:『Temptation: Confessions of a Marriage Counselor』)もラジー賞を(本人たちは望んでいないだろうが)盛り上げてきた。
アカデミー賞とラジー賞を両方持つ俳優たち
とはいえ、演技力に定評のある人ならラジー賞と無縁でいられるとも限らない。アカデミー賞を受賞した1948年の『ハムレット』をはじめとしたシェイクスピア作品の数々で主演を務めた名優ローレンス・オリヴィエですら、ラジー賞を2度(1980年度:『ジャズ・シンガー』で助演男優賞、1982年度:『インチョン!』で主演男優賞)受賞している。
そのほかにも、チャールトン・ヘストン(2001年度:『キャッツ&ドッグス』『PLANET OF THE APES 猿の惑星』『フォルテ』)、マーロン・ブランド(1996年度:『D.N.A.』)、アル・パチーノ(2011年度:『ジャックとジル』)、レオナルド・ディカプリオ(1998年度:『仮面の男』)、エディ・レッドメイン(2015年度:『ジュピター』)、ジャレッド・レトー(2021年度:『ハウス・オブ・グッチ』)、フェイ・ダナウェイ(1981年度:『愛と憎しみの伝説』、1993年度:『派遣秘書』)、ライザ・ミネリ(1988年度:『ミスター・アーサー2』『レンタ・コップ』)、サンドラ・ブロック(2009年度:『ウルトラ I LOVE YOU!』)、キム・ベイシンガー(2017年度:『フィフティ・シェイズ・ダーカー』)といった面々が映画賞の最高・最低双方で評価された経歴を持つ。
受賞辞退者が多い中、会場まで受け取りに来たスターも
業界人の多くはラジー賞に選ばれることは不名誉だと考えており、大半は選出されても受賞を辞退している。そんな中、受賞をある意味名誉なことだと考えられるユーモアのセンスを持ち、会場に現れて直々にトロフィーを受け取る人もごく一部ながら存在する。その最初の一人はオランダ出身の監督ポール・ヴァーホーヴェンで、1995年度に『ショーガール』が13部門でノミネートされ、うち7部門で受賞と、その年を席巻した時には、自身に贈られたトロフィー2つ(作品賞・監督賞)をハリウッドの授賞式で受け取った。「今日、『ショーガール』は最低映画として7つの賞を受け取ったが、この映画の批評を読むよりも面白い経験だった」と話し、会場からスタンディングオベーションを送られた。
最も鮮やかなお手並みだったのは、ハル・ベリーではないだろうか。2004年度に『キャットウーマン』で主演女優賞を受賞したハルは、その3年前に『チョコレート』の演技で手にしたオスカー像も持って授賞式に登場。片手にオスカー、片手にラジー賞のトロフィーを持った彼女は、オスカーを手にした時に感激して落涙した時のリアクションを再現し、会場を大いに盛り上げた。
そのほかにはサンドラ・ブロック、トム・グリーンも授賞式に出席してトロフィーを受け取っている。ちなみに、サンドラは2010年3月6日に『ウルトラ I LOVE YOU!』でラジー賞を受け取った後、翌7日に『しあわせの隠れ場所』でアカデミー賞を贈られており、2日間で両方の賞を手にした珍しい例だ。
また、授賞式に足を運んではいないものの、デヴィッド・エイゲンバーグ(2010年度:『セックス・アンド・ザ・シティ2』)やジェイミー・ドーナン(2015年度:『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』)、ドウェイン・ジョンソン(2018年度:『ベイウォッチ』)もラジー賞を受け取っている。
It’s the #Oscars and Hollywood’s biggest night!
So let me go ahead and take this “L” right on the chin for Baywatch.
Win some, lose some.. but hey, that’s the way love goes. @RazzieAwards #Baywatch💩🥪 #AndTheWinnerLosesOn pic.twitter.com/2ICyzfVHSV— Dwayne Johnson (@TheRock) March 4, 2018
ちなみに、これまで18人しか達成していない偉業であるEGOT、つまりTV界のEmmy(エミー賞)、音楽界のGrammy(グラミー賞)、映画界のOscar(アカデミー賞)、そして舞台のTony(トニー賞)というエンターテイメントの最高峰に位置する栄冠を4つとも受賞した者だけに与えられる最高の栄誉を手にした一人、ディズニー映画の数々の名曲を生み出してきた作曲家アラン・メンケンは、実は1992年度のラジー賞でオリジナル主題歌賞(『ニュージーズ』)を受賞しており、“REGOT”を達成している稀有な人物だ。彼のラジー賞は数あるトロフィーと一緒に並べられているという。
今年のラジー授賞式もスターぞろい!
現地3月11日に発表される第43回ラジー賞では、アカデミー賞主演男優賞を2度受賞した名優トム・ハンクスがなんと3部門にノミネート。主演男優賞(『ピノキオ』)、助演男優賞(『エルヴィス』)、コンボ賞(『エルヴィス』でのトム・ハンクスとテカテカした顔&馬鹿げたアクセント)というのがその内容だ。今年はそのほかにも、ロバート・ゼメキス(『ピノキオ』)、ダイアン・キートン(『Mack & Rita』)、ペネロペ・クルス(『355』)、ジャレッド・レトー(『モービウス』)というアカデミー賞受賞者、そしてラジー賞常連のシルヴェスター・スタローン(『サマリタン』)などと、豪華な候補者が名を連ねている。果たしてその中で受賞するのは誰なのか、そして授賞式に登場したり後日トロフィーを受け取る人物は現れるのか、翌日のアカデミー賞授賞式と合わせて楽しみだ。
Photo:トム・ハンクス ©NYKC/FAMOUS/シルヴェスター・スタローン ©JESUS APARICIO/FAMOUS/マドンナ ©FredDuval/FAMOUS