プレスツアーに見るアメリカTV業界の現実

 

TCA(Television Critics Association)=テレビ評論家協会)プレスツアーは、全米から会員220名余りが年に2回ロサンゼルスに集まる年中行事である。新番組創作の動機、配役の苦労話などをクリエイターが披露し、キャストが内容や役どころを語るパネルインタビュー、オールスター・パーティーやセットビジットなどが実施される。評論家にとって貴重な情報源であると同時に、地上波やケーブル局の制作部のお偉方、制作陣やキャストに直にインタビューできるチャンスでもある。

TCAは20年余り前に設立された協会で、もともと新聞や雑誌など紙媒体のテレビ評論家を代表して、団体交渉をして評論家を守ることが使命であった。テクノロジーの進歩で、紙媒体が減少し、最近はオンラインのみの評論家にも門戸が開かれつつある。時代の流れを感じるが、ジャーナリズムと宣伝活動の境界線を明確にした組織として、映画や他の業界の評論家から高く評価されている組織だ。通常、「ジャンケット」とよばれるイベントは宣伝活動=接待だが、TCAプレスツアーは自費参加の情報収集活動で、評論家は中立の立場を維持する。

08年1月のプレスツアーは、WGA(米脚本家組合)のストで中止となったため、09年冬のプレスツアーは2年振りであった。しかし、08年夏のツアーより更に寒々としていた。新番組は激減、何よりも地上波局の「お先真っ暗」を通り越した、投げやりな態度見え見えの対応に「評論家は敵ではありませんよ」とムカつくことしきり。

NHKのような公共放送PBS(米国民の教育を目指して設立された非営利団体。354会員局は地元の視聴者や企業から運営資金を集め、PBSが第三者から購入した番組に放映権を支払うシステム。ドキュメンタリー、ニュース番組、子ども用教育番組やBBCから輸入した作品などが主流。)は1日半に渡って、15作品を紹介。中でも、米国の先住民族アメリカ・インディアンの目から語る建国史『We Shall Remain』シリーズは、目からウロコが落ちる画期的なドキュメンタリーだ。オバマ政権を歓迎する多種多様な人種は「真の市民権」を得た満足感に浸っているので、時を得た作品といえる。白人が描いてきた歴史とは明らかに違うし、ジェロニモの末裔などの証言も興味深い。

●ユニークな作品が売りのケーブル局
ベーシック・ケーブル局は30作品余りを2日半に詰め込んで紹介。TNTの『Trust Me』は昨年エミー賞に輝いた『Mad Men』の現代版ともいうべき、広告代理店を舞台にした職場ドラメディー。「溺れる広告マンは藁をも掴む」的行動の破廉恥さが大いに笑える、グリア・シェパード(『クローザー』のブレンダ・ジョンソンを世に送り出した)が制作に関与する作品だ。他に特記すべきなのは、ケーブルの世界以外では存在し得ない脚本のない即興コメディ『Head Case』と中世を舞台に現代社会を斬る『西遊記』風異色コメディ『Kröd Mändoon and The Flaming Sword of Fire』の2作だ。

『Head Case』はビバリーヒルズで開業する臨床心理学博士エリザベス・グッド(アレクサンドラ・ウェントワース)と著名人のカウンセリング風景を綴る作品。ゲストは『デスパレートな妻たち』のクリエイター、マーク・チェリーから、ウェントワースがかつて共演したよしみで参加したジェリー・サインフェルド(『となりのサインフェルド』)まで。
『Kröd Mändoon~』はレジスタンス運動家クロッド・マンドゥーン(ショーン・マッガイヤー)と4人の従臣の冒険物語。背景が中世、会話は極めて現代風のちぐはぐな組み合わせが何ともおかしい。地上波局から総スカンを食らったので、6話まで一気に書き下ろしたところ、クリエイターのビジョンが受けて、Comedy Centralが買ったという曰く付きだ。

プレミア・ケーブル局HBOは、昨年エミー賞候補に挙った『In Treatment』やシーズン3に入る『Big Love』などの継続番組を含めて8番組を披露。暗~い、衝撃的な作品がお得意のケーブル局の中でも老舗のHBOが、心温まる作品を制作したことは特記に値する。
ケビン・ベーコンが主役ストローブル中佐を演じる『Taking Chance』は、テレビ映画。イラクで戦死した若き海兵隊員を、故郷に送り届ける米国横断の旅日記は、無駄な戦争に心を痛める善良なアメリカを描く感動と涙、涙の実話だ。戦闘シーンがなく、ドキュメンタリー風に淡々と描かれている点が見事だ。
HBOとしては異色の心温まる新番組は、アフリカが舞台の女探偵モノ『The No. 1 Ladies" Detective Agency』。これもオバマ政権を見越してか、単なる偶然なのか? アレクザンダー・マッコール・スミスの同名のベストセラー小説をテレビ化、原作に忠実にボツワナ魂を描いている。初の大役を射止めたR&B歌手ジル・スコットと、助手グレース・マクーツィを演じるアニカ・ノニ・ローズ(『スターター・ワイフ』のラベンダー)が好演している、ほのぼの探偵ドラマだ。

一方、Showtimeの新作は『United States of Tara』と『Nurse Jackie』の2本。
スピルバーグ監督のアイデアを『Juno』でアカデミー賞脚本賞を受賞したディアブロ・コディが解離性同一性障害(=旧称、多重人格障害)を患う主婦の過激なドラマを創作した。タラ・グレッグソン(トニー・コレット)は、ワイルドで盗癖のある十代のT、1950年代の完璧主婦アリス、ベトナム帰還兵バック(男性)の3人格に変身する。夫マックス(ジョン・コルベット)も、娘ケイトや息子マーシャルもすっかり慣れっ子で、「また、お母さんが変!」程度の反応だが、心の傷は計り知れない。
子どもには親を選ぶ権利も、障害を持ちながら子どもを生んだ親を非難する知恵も、環境を変える力もない。情緒不安定で無責任な親を「当たり前」と信じるしかない子どもを観ると、不憫で救助したくなる。
『Nurse Jackie』もストレスを職場の不倫、鎮痛薬依存などで解決しようとする看護婦の鑑ジャッキー・ペイトン(イーディー・ファルコ)を描く過激ドラマ。HBOの選択とは正反対で面白い。

●地上波局の現状
地上波局は、経費削減を旗印に掲げ、資料をまとめたバインダーに始まり、インタビュー後に例年行われて来たオールスター・パーティーまでを廃止。FOXのみが例年並みのパーティーをハリウッドのレストランで開催し、『BONES-骨は語る-』のエミリー・デシャネルやデビッド・ボレアナズ、『Dr.HOUSE』のヒュー・ローリー以下ほとんどのキャストと制作陣、『24』のキーファー・サザーランド、メアリー・リン・ライスカブ、ジョン・ボイト、『プリズン・ブレイク』の佳境で新たに加わったキャスリーン・クィンランやロバート・ネッパー、『レスキュー・ミー~NYの英雄たち』のデニス・リアリーのほか、新番組では『Dollhouse』のエリザ・ドュシュク、『Lie to me』のティム・ロスやケリー・ウィリアムス等が参加した。ちなみに私は『HOUSE』コーナーで、関係者と歓談しながら夕食を楽しんだ。
ハリウッドにあるピーチ・ピットに『90210』のキャストが勢揃いしたのはCWCBSパラマウントのパーティーだが、レストランがうなぎの寝床のようなレイアウトになっているため、身動きがとれない上、どこに誰がいるのかも不明で、早々に諦めて帰る評論家が多かった。今回のセットビジットは、継続番組『CSI』『The Big Bang Theory』『The Mentalist』の3本と、新番組『Trust Me』の4本。

地上波局の新番組で面白そうなものは、『Lie to me』(FOX)、『Cupid』と『The Unusuals』(ABC)、『Southland』(NBC)の4本と寂しい限りだ。
「人間は嘘をつくもの」を信条に、嘘の背後に潜む感情を読み取るキャル・ライトマン博士(ティム・ロス)が、難問を解決する心理ミステリーが『Lie to me』。政治家や著名人の表情がサンプルとしてふんだんに使われていて面白いが、回を重ねる毎にしまりがなくなってきたので、先行きが怪しい。
昨夏から前宣伝が盛んに行われた『Dollhouse』も蓋を開けてみたら、過剰評価されていたことが明らかだ。

ABCのオススメ2本は、10年前に同局で打ち切られたロマンチック・コメディのリメイクという前代未聞の『Cupid』と、珍事件を捜査するNY市警察のワケあり刑事達のドラメディ『The Unusuals』。
NYに舞い降りたキューピッドを今回演じるのはボビー・カナヴァーレ(『サード・ウォッチ』)で、100組のカップルをまとめてオリュンポス山に戻るのが使命と主張する。妄想か、神か? 俗名トレヴァー・ピアースと名乗る青年を精神鑑定し、行動を監視する羽目になった心理学者クレア・マクレー博士(サラ・ポールソン)との絡みが面白い。
『The Unusuals』はパイロット版を観ていないが、 珍事件にも引けを取らない奇人変人が集まったNYはローワー・イーストサイド地区の殺人課のデカ達の物語。『レスキュー・ミー』のクリエイターであるピーター・トーランが本作のコンサルタントをしていること、アンバー・タンブリンの初めての大人役が楽しみという個人的な好みである。作家からテレビに転向したクリエイターのノア・ハウリーの「事件解決ではなく、扱う事件が登場人物をどう変えて行くかがテーマ」のコメントから、人間ドラマを期待できそうと判断したし、惨殺シーンや陰湿な事件は扱わないと宣言しているのがうれしい。

ER』完結後、NBCが同時間枠にジョン・ウェルズ、クリストファー・チューラック、アン・ビーダマンの手になる『Southland』を発表する。『サード・ウォッチ』も創作したチームの新作は、新米警官ベン・シャーマン(ベンジャミン・マッケンジー)と、訓練を任命されたベテラン警官ジョン・クーパー(マイケル・カドリッツ)を中心に、広域を守るLAPDの刑事と警官を赤裸裸に描く。パイロット版は「へー、地上波局でそこまでやってよいの?」とびっくりするほどの衝撃的な描写満載。ケーブル局の『ザ・シールド』に追いつこうとしているようだ。『サード・ウォッチ』のように、親近感が湧くキャラクターを期待したい。
しかし、NBCは平日午後10時のドラマ枠をジェイ・レノのトーク番組で埋めると昨年暮れに発表し、評論家やドラマ好きの視聴者から総スカンを食らっている。詰問を避けるためか、NBCエンタテインメント/ユニバーサル・メディア・スタジオの共同会長ベン・シルヴァーマンは姿を現さず、NBCの今後の編成や経営、特に地上波局最下位から如何に抜け出すかなどを聞きたくてうずうずしていた評論家の怒りを買った。この期に及んで評論家を怒らせてどうする? それとも、どうせ最下位だから、欠席の理由を勘ぐられて何を書かれてもよいという姿勢なのか? NBCも地に落ちたものだ。

09年冬のプレスツアーの模様をご報告したが、ツアー20~30年ベテラン評論家たちに「こんなお粗末なツアーは前代未聞」と言わしめた背景には、WGAのストの余震、未だに見えてこないSAGのストの見通し、不況、配信形態の過渡期など、複雑な要因がある。昨年末より、映画業界は興行成績がよいが、景気が悪いと手軽で安価なエンターテインメントに走る米国民も、WGAのスト後、テレビには愛想を尽かしたようで、視聴率は軒並み低下の一途を辿っている。09夏のツアーは如何なる雰囲気の中で実施されるのだろうか?

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【発売・販売元】ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント

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※各2話収録 全22話(各話約45分)
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【発売・販売元】ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント

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