惹きつける映像を生み出す、監督の"右腕"とは?

今回は、日本ではあまり話題としては触れられない、しかし映画やTV制作では最重要とも言える職人の仕事について語ろう。

"Director of photography"(会話ではよく"DP"と呼ばれる)=撮影監督という仕事がある。"Cinematographer" とも称されるこのポジションは、アメリカ映画では必ずオープニングクレジットに早い順番で登場する役割だ。わかりやすく言えば「撮影/"絵"作りの責任者」である。

監督(Director)の考える、撮りたいショットの内容や意図を誰よりも深く理解し、カメラワークや位置や距離、画角を変えるレンズの選択を決め、そのシーンとショットに最も合った映像の構図と照明をイメージする。そしてその具体的なプランをカメラマンや照明係に指示するのだ。

日本では、撮影部(カメラクルー)と照明部にはそれぞれチーフがいて、独立した存在として作業を進めるのが通常である(※作品によっては"撮影監督"のスタイルをとるものもある)。日本の現場との違いは、米国の"Director of photography"は、カメラクルーと照明クルー両方の上に位置し、"絵" を描く役割を全うする、絶対的な存在だということだ。

誤解を生みそうなのでさらに説明すると、監督という役職は、出演キャストの選抜/シーンの進め方/俳優の感情の演出など、全"演出"過程に関わる。一方、撮影監督は出演者の感情の演出などには一切関わらない。あくまで"絵(picture)"を生み出すだけ。助監督(Assistant Director)は現場にいる出演者/クルー/エキストラなど全員に指示を伝達して、全体の動きをコントロールする係だ。文字通り、絵作りをアシストする役職だが、撮影監督のような最終的な権限はない。

映画やTVドラマは、監督の指示による、感情的/身体的な動きの演出と、撮影監督の活写による視覚的な映像実現、その二つが絶妙に絡み合って皆さんの目の前に届けられる。

それだけ重要なポジションなのだ。監督の右腕となる"DP"の腕一本で、その作品の作風やクオリティが決まってしまうと言っていい。

昨年、ロバート・ダウニー・Jrが怪演した『トロピック・サンダー/史上最低の作戦(Tropic Thunder)』を観た。いわゆるおバカ映画なのにやけに映像が綺麗だなぁと思って観ていたが、エンドクレジットを見て納得。この映画のDPは、『ラスト サムライ』を撮り上げたジョン・トールだった。トール氏は、1994年の『レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い』と、1995年の『ブレイブハート』で、アカデミー賞の撮影部門で2年連続受賞を果たしている大御所。アメリカの映像産業の技術者たちの中で彼の名を知らない者はおそらくいないだろう。野外の自然光を生かした撮影に長けていて、広大で迫力ある景色や森の中の奥深さを撮らせたら最高の名手だ。『ラスト サムライ』での、霧の立ちこめる林の奥から馬上の侍たちの影が迫ってくる映像は記憶に新しいだろう。彼の力量が、『トロピック~』を格調高いコメディ映画に仕立ててしまったのは疑う余地がない。

 

アメリカでは、優秀な撮影監督がのちに監督デビューを果たすケースもよく見られる。

1980年代に『ダイ・ハード』や『ブラック・レイン』の撮影で、アドレナリンが出まくるような"追い詰められる"状況をスリリングな映像で表現したヤン・デ・ボンは、1990年代に『スピード』で監督業に乗り出し、デビュー作にして大成功を収めた。
身近なところでは、僕がお仕事させて頂いた『HEROES/ヒーローズ』シーズン2の第10話「陰謀」を監督したアダム・ケインは、シーズン1第1話「創世記」では撮影監督だった。彼がテイク毎に要求する非常に明確で細かな演出指示に圧倒されながら演じたのを覚えている。それだけハッキリしたこだわりのあるビジョンの持ち主だということだろう。

さて、この撮影監督というポジション、当然のことながら卓越した"絵心"がなければ務まらない。

スクリーンがキャンバスであるなら、照明は絵の具の色である。優れたデッサンや写実的な絵画のように、光を巧みに当てることで影も同時に生まれ、その映像に奥行きや深みが生まれる。反対に"絵心"がない監督や撮影監督が作る作品は、わかりやすくきれいに映そうとして人物やセットにまんべんなく照明を当ててしまい、結果4コママンガのように平面的な絵が出来上がってしまう。

アメリカのTVドラマが、まるで映画のような味わいと迫力で魅せるのは、もちろん演技や編集の優秀さもさることながら、この立体的な絵作りの力によるところも大きい。

以前、『ラスト サムライ』でお世話になったヘアスタイリストの方に招かれて、FOXテレビのスタジオ内の『Dr.HOUSE』の撮影中のセットにお邪魔させてもらったことがある。セット自体はもちろんよくできていたが、驚いたのは後日、初めて番組の放送を観た時だった。病院の廊下やロビーに、まるで本物の太陽の光が差し込んでいるように見えたのだ。非常にリアルな明かりだった。見学した時は、なんの変哲もない、いわゆるセットに見えたのに...。

リアルな光と影、これだけでも視聴者や観客は物語にのめり込みやすくなる。日本でも、高い支持を誇る大河ドラマや、近年では凝った照明を作っている『相棒』、影で迫力を生んだ往年の『必殺』シリーズなど、ドラマの人気度と優れた絵作りは決して無関係ではない。逆に、TVや映画を観ている時に、「あ、これセットだな...」とか、「スタジオの明かり、そのままだな...」とか、「コントみたいだな、この映像...」、と少しでも我々に思わせてしまったら、作り手の負けである。その時点で視聴者/観客は物語に没頭できないからだ。

カメラワークや照明に工夫の見られない作品には、まともな時間(=予算配分)がかけられていない、と思って間違いない。

そんな視点からいろんな作品を観ていただければ、吟味する"眼"は養われ、より面白く楽しんでいただくことができるだろう。

先日、NYでコロンビア大学の映画学科の短編映画に出演する機会をいただいた。大学のフィルムといっても、某プロダクション会社がバックアップした優れた製作体制だった。学生とプロの混成チームである。その打ち上げパーティーの時に、若い照明チーフが言った。例えば、部屋でろうそく一本の明かりしかないシーンを撮っているとする。実際のセットでは、人物や壁や家具にもあらゆる角度から照明は当たっている。「でもね、観客に、(ろうそく以外の)照明が当たってる、と感じさせたら、その仕事はダメなんだよ」

学生フィルムの若いクルーのその言葉に、僕は心の中で唸った。

こういう一人ひとりの、妥協のない意識が、尊い。

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Photo:『Dr.HOUSE』 (C) 2004-2006 Universal Studios. All Rights Reserved.