二つの現代版ホームズ、『SHERLOCK』と『エレメンタリー』の違いと魅力(あるいは、新大陸の民がいかにして大英帝国の大ヒットドラマを迎え撃ったか)

スマホを駆使してさっそうと事件を解決する、モダーンなシャーロック・ホームズを、この頃よく見かける。英国BBC製作の『SHERLOCK シャーロック』に続き、今秋から米国CBS製作の『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』が始まったのだ。後者では、ホームズがニューヨークの街を闊歩している。

英国版『SHERLOCK』と米国版『エレメンタリー』

ともに「もし今この時代にホームズがいたら」という視点で描かれている点では同じだが、それぞれのテイストとアプローチは、けっこう違う。ひょっとすると、そば屋のカレーうどんと、カレー屋のカレーうどん位の違いはあるかもしれない。

もちろん、後発の『エレメンタリー』側には、『SHERLOCK』側から「そのアイディア、パクったよね?」と訴えられないために、アプローチを変えなくてはならない、という切実な裏事情もあるだろう。そこで今回は、この二つの現代版ホームズのアプローチの違いと、それぞれの魅力を検証してみたい。まずは、ドラマの形式から。外反母趾の例もあるように、外枠は中身に影響を与えるので、馬鹿にできないのだ。

『SHERLOCK』は1エピソードの尺が90分と、テレビ映画並みの充実度。この時間の中にCMは含まれないので、実質的な長さは日本の2時間ドラマに勝るとも劣らない。それに加えて、同ドラマは編集のテンポがすこぶる速く、またホームズは超早口でまくしたてるので情報量はハンパなく、その密度はその辺の映画の比ではない。その上、ホームズたちが命を狙われたり、濃厚な展開がてんこ盛りなので、 1エピソード見終わったらお腹いっぱい。そのせいか、1シーズンにつき3エピソードしかないが、物足りない感じはしない。

それに対し、『エレメンタリー』はフツーの連ドラ形式。1エピソード60分で、CMを抜いたら正味45分ほど。『SHERLOCK』の半分だ。比べると、前者ほどの満腹感はないものの、コンパクトな時間で毎回きっちりミステリーを解決してくれ、いわば腹八分目。一日の終わりにリラックスして観るのにちょうどいい長さで、1シーズン20エピソード以上たっぷり楽しめるのも嬉しい。その昔、故・大原麗子さんが出演していたウイスキーのCMで「すこし愛して、なが~く愛して」というコピーがあったが、『エレメンタリー』はまさにそんな心持ちで、まったり付き合えそうなドラマだ。

原作との距離感

『SHERLOCK』の各エピソードの事件は、それぞれアーサー・コナン・ドイルの原作小説をベースに脚色されている。といってもドラマの舞台は現代なので、もちろん原作そのままではないし、一つのエピソードに複数の原作が使用されていたりもする。それでも、わかる人にはどの小説が元ネタになっているかわかるし、ファンであればそれらの原作がどのように料理されるか、楽しみに違いない。

逆に、『エレメンタリー』で起こる事件は、原作を元ネタにしていない。各エピソードの事件はライター陣の創作なので、シャーロキアン的な楽しみ方は期待できない。しかし、原作をほとんど覚えていない(私のような)視聴者にとっては、そんなの関係ねぇ。チントンシャンテントン。純粋に現代モノのミステリーとして楽しめる。

『エレメンタリー』では事件に限らず、多くの設定に独自のアレンジが施されている。舞台はNYだし、ホームズはいきなり麻薬中毒からのリハビリ中で、ワトソンはそのシッター役として出会う。ホームズとハドソンが同居する部屋の家主であるはずのミセス・ハドソンに至っては、物語中に存在すらしない。原作者が聞いたら、「ちょっと待った」コールが出てもおかしくないほどの変わりようだ。

つまり、『エレメンタリー』では、ストーリーに必要なキャラのエッセンスのみを原作から抽出している、と言えるかもしれない。まだ姿こそ現していないものの、第6話ではアイリーン(原作でホームズが一目おいていた女性)の名前が出てきたし、そのうちモリアーティ教授も登場するらしい。

だが、その「キャラ」の中にこそ、『SHERLOCK』と『エレメンタリー』の最大の違いがある。もちろん、ワトソン君のことだ。

ワトソン君

『SHERLOCK』でワトソン君を演じているマーティン・フリーマン(『The Office』)は、なかなか魅力的だ。 顔もホームズ役のベネディクト・カンバーバッチより整ってる(これは好みの問題か?)し、雰囲気もある。その上、マーティンは今回のワトソン役で、英国アカデミー賞助演男優賞受賞を獲得した実力派。彼を超えるワトソンをさがし出すのは厳しいかもしれない。

だから、というわけでもないのだろうが、ワトソン君を女性にしてしまったのが『エレメンタリー』の思いきったところ。名前がジョン・ワトソン(John Watson)ならぬ、ジョーン・ワトソン(Joan Watson)というのも可笑しい。

そのジョーン役に抜擢されたのがルーシー・リュー。『アリー my Love』でブレイクし、映画『チャーリーズ・エンジェル』や『キル・ビル』で世界的に名が売れた彼女、スレンダーボディのわりになぜかタフな役柄が多い。今回もちょいちょい美脚を披露しつつも、ホームズと対等に議論する「強い」キャラだ。そういう意味では、マーティン版ワトソン君よりも、むしろ男性的かもしれない。

女でありながら男勝りで、そのくせセクシーなワトソン。彼女のキャラを構成するこれらの要素が、ホームズとの関係になにをもたらすのか、気になるところ。クリエイターは今のところ、「二人を性的な関係にする予定はない」と言っているようだが、魅力的な男女を一つ屋根の下に置いといて、ライター陣が果たしてこの先ロマンスもなしに物語を進行させ得るのか、おおいに疑問だ。毎回くり広げられるミステリーの裏で、そんな二人の微妙な関係(とライターの我慢大会)を楽しめるのも、『エレメンタリー』ならではの醍醐味といえるだろう。

それにしても、『エレメンタリー』はこのようにワトソン君を「米国女子」にアレンジしておきながら、なぜホームズだけ「英国男子」のまま据え置いたのだろう? ヒロインが活躍するドラマが人気のこの御時世、女ホームズもアリだと思うのだが。名前も「シャーロット・ホームズ」かなんかにして、ルーシー・ワトソンとの女子バディものにすれば、試みとしても新しいし、話題にもなりそうなのに。

ともあれ、かように大胆なアレンジを加えている『エレメンタリー』だが、それでも『SHERLOCK』と通底する部分はある。それは、ホームズのキャラが生み出す面白さだ。その驚異的な観察眼と推理能力によって、ミステリーが解明されるときの快感。また、周囲の人の気持ちを顧みず、ズケズケと本当のことを言ってしまうホームズが、至極まっとうな感性のワトソン君と衝突するときの可笑しさ。

こういった、いつの時代にも変わらない魅力があるからこそ、最初に原作が発表されてから120年以上経った今もホームズはドラマ化されているのだろうし、今後も形を変えて語られ続けるのだろう。個人的には、近い将来、女性版ホームズが登場することを期待している。あるいは、お姉キャラのホームズとワトソンも面白いかも。もし今ここにアーサー・コナン・ドイルがいたら、それについてどう思うか、聞いてみたいものだ。ほぼ間違いなく、ダメ出しされるだろうけど。(海外ドラマNAVI)

Photo:『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』©2012 CBS BROADCASTING INC. ALL RIGHTS RESERVED./『SHERLOCK/シャーロック』(C) Hartswood Films 2010