クリス・パインの汚れ役が見どころ!実話を元にしたサスペンス・ドラマの秀作『I Am the Night(原題)』

去年の暮れに『I Am the Night(原題)』の予告編を初めて見たときは劇場用映画だと思ったものだ。映画『ワンダーウーマン』の監督パティ・ジェンキンスと、ワンダーウーマンの恋のお相手スティーブを演じたクリス・パインのコラボ作だ。ところがである。これがTVシリーズで、それもクリスが汚れ役を演じるというではないか! 期待値が急上昇した。

 

クリスといえば、『スター・トレック』シリーズではキャプテン・カークを、ワンダーウーマンではダイアナことワンダーウーマンの恋のお相手と英雄的な役どころが多い。だがこのドラマではアル中ヤク中のダブル中毒でとんでもなくボロボロの三流記者ジェイ・シングルタリーを演じている。落ちぶれ記者を演じるクリスの演技は真に迫っていて、見ているのが辛くなるほどだ。彼はハンサムだけが売りの俳優ではないということがよくわかる。

さてここで、『I Am the Night』を堪能していただく上で、皆さんに知っておいていただきたい事件がある。

通称「ブラック・ダリア事件」だ。

戦後のアメリカで起きた犯罪のなかでも「ブラック・ダリア事件」は、その残忍さと現在も未解決であるということから最も悪名高い猟奇殺人事件の一つに数えられている。

被害者のニックネームから名付けられたというこの事件が起きたのは1947年ロサンゼルス。

上半身と下半身を手術用器具で切断されて手足もバラバラにされた若い女性エリザベス・ショートの惨殺死体が発見された。胸を中心に遺体のあちらこちらからは皮膚が剥がされており、顔は傷つけられていたばかりか口がナイフで割かれ身体中もおびただしく傷つけられていた。他にも文字にしたくないほどの猟奇さで、その遺体の状態に全米が戦慄したと言われる。

当然のことながら、マスコミが連日のように報道したこの事件は全米でセンセーションを巻き起こし、関係のない輩までが「我こそ真犯人!」と名乗りを上げる狂気沙汰が横行し、警察の真犯人割り出し捜査を大混乱におとし入れた。

ニセ犯人に混じって数人の重要参考人が浮かび上がった。巨額の富を持ち、警察を手玉に取りマフィアともつながりがあったと言われるロサンゼルスの産婦人科医ジョージ・ホデルだ。自宅の豪邸にある地下で平然と違法中絶を営み、残忍でグロテスクな絵画が趣味でその豪邸では良からぬことが起きているというのは公然の秘密となっていた。

「ブラック・ダリア事件」被害者の遺体の切断方法が非常に正確で医学的だったことから、ホデルが犯人の最有力候補に上がっていた。ではなぜ警察は何もしなかったのか? これはホデルの息がかかったロサンゼルス市警の悪徳捜査官たちが、ホデルを守るために証拠隠滅及び揉み消し操作を行なったためであるとされている。

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Was it cruel to keep the truth from Fauna? Can you blame him? #IAmTheNight

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『I Am the Night』は、忌まわしい事件が起きて10年以上が経ったネバダ州の貧しい町から始まる。女子高生パット(インディア・アイズリー『アメリカン・ティーンエイジャー 〜エイミーの秘密』)が黒人の友人たちと共に歩いていると通りがかりのいじめっ子たちから、「お前は白人でも黒人でもないはみ出しっ子だ」と嘲られる。落ち込んで家に着いたパット。彼女の母親ジミー=リー(ゴールデン・ブルックス『ハート・オブ・ディクシー ドクターハートの診療日記』)は、ひと目で黒人とわかる女性だ。ずっと見知らぬ黒人の父を持つ混血であると言い聞かせられ育てられてきたパットは、生まれて初めて自分の出世について母親を問いただす。だが母親は、パットの本当の両親はロサンゼルスの大金持ちであるということ以外は頑なに隠そうとするのだった。

不信感を募らせたパットは、母親の部屋に隠されていた自分の出生届を見つけ、生みの親の住所を探し当てる。そして自分の本名が「ファウナ・ホデル」であることも突き止めるのだった。家を後にロサンゼルスに向かうファウナ。

一方、ロサンゼルスでは三流記者ジェイ(クリス)が酒浸りドラッグ漬けの日々を送っていた。10数年前、ジェイは新鋭の記者で周囲からも期待されていた。だがスキャンダルに巻き込まれエリート記者としての自分の人生を破滅に追い込むことになる。

その事件以来、どこからも記者として雇ってもらえないジェイは、酒とドラッグで朦朧とする頭の中で「スクープになるネタさえあればカムバックが果たせるはず...」と絶えず繰り返していた。

その間、ネバダ州からロサンゼルスへと歩みを進めていくファウナ。ロサンゼルスでどん底にいるジェイにはこの見知らぬ少女が、あの忌まわしい未解決殺人と自分を結びつける鍵となることを知る由もなかった――。

本作のもう一つの見どころはこのドラマの原作が実在のファウナ・ホデルの手記「One Day She Will Darken」をドラマ化し、彼女がジェンキンスとともに製作総指揮に関わっていたということだ。残念なことにファウナはこのドラマの製作終了後にガンで他界している。

ファウナという女性についてはドラマのネタバレとなってしまうのでこの場で多くは語らないが、彼女の生い立ちやその後の生活を知ったとき、本シリーズがただのサスペンス・ドラマではないことに気がつく。『I Am the Night』は、人間の持つ暗闇を垣間見させてくれると同時に、想像を絶する逆境に立ち向かう人たちへの静かなエールを送っている作品にも思える。

(文・ Akemi Kozu Tosto/神津トスト明美)

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『I Am the Night』