『ゲーム・オブ・スローンズ』に現地アメリカはどう反応してきたか?

10月末のハロウィンの夜、ご近所や友達が集まる隣家のパーティに招かれた。そこで、ヨーロッパのクルーズ旅行から戻ってきたばかりという若いカップルと少しばかり話をした。イタリアと周辺の計7ヵ所を11日で周る行程だったという。うらやましく思いながら、どこが一番良かったですかと尋ねると、「クロアチア!」と二人は口をそろえ、さらに次のように続けた。

「紛争が起きた東欧の国という印象しかなかったけれど、『ゲーム・オブ・スローンズ』(以下『GOT』)を見て興味が湧いたんです」と。

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大河ファンタジードラマの『GOT』を見てクロアチアに行きたくなったのは、このカップルだけではない。本作に登場する七王国の王都、キングズ・ランディングの主要なロケ地となった同国のドゥブロヴニク市は、番組の影響で観光客に人気の街となっているそうだ。さらにはロケ撮影に必要なエキストラやスタッフ、関連業者など数千人規模の雇用が生まれ、今後もロケ地としての需要が高まると見込まれている。この現象を受けて、ドゥブロヴニク市長は、「『ロード・オブ・ザ・リング』が(撮影地の)ニュージーランドにもたらしたのと同じ恩恵を、『GOT』がこの街にもたらしてくれることを期待している」と話している。

同じく本作のロケ地となったスペインや北アイルランドも、やはり『GOT』効果で経済は良い刺激を受けているということだ。

『GOT』の人気の裾野の広さは本当に計り知れないもので、上の例のように、普段の会話でもちょくちょく話題に上る。そこで本コラムでは、視聴者やエンタメ業界を含む、アメリカ社会が本作にどう反応してきたかを、番組開始当時から振り返ってみようと思う。ただし、シーズン1からシーズン5までのネタばれ(シーズン6もちょっとだけ)はどうしても避けられないので、まだ見ていない人は、ここで読むのを止めていただいた方がいいだろう。

◆原作未読の人が受けた衝撃

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『GOT』は、ジョージ・R・R・マーティンの人気小説シリーズ「氷と炎の歌」を原作とするTVドラマだ。映像化するのは、『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』『SEX AND THE CITY』などを製作・放送してきたケーブル局HBOとあって、番組が始まる前からファンタジーファンの期待はとても高かった。

とはいえ、原作小説やファンタジーのファン以外に人気が広がるのかどうか、不安視されていたことも事実。大勢の登場人物や複雑な世界観の描写には時間がかかるもので、物語が本当に動き出す前に、視聴者が離れていってしまうのではないかという危惧が、メディアでは伝えられていた。一話につきおよそ600万ドル(約6億円)という膨大な制作費を同局が投じることを、途方もないギャンブルと指摘する声もあった。筆者の身辺を見渡しても、シーズン1の半ばあたりまでは、番組のクオリティの高さに感心しつつも様子見という人が大半だったように記憶している。

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明らかに空気が変わったのは、シーズン1第9話の「ベイラー大聖堂」が放送された時だ。ネッド・スターク公が斬首刑に処される展開は原作ファンには周知だったが、読んでいない人にとっては、ショーン・ビーン演じる、それまで主人公と思っていた登場人物がスパッと殺されてしまったわけで、あまりにも衝撃的だった。その驚きは、これから一体どうなるんだ?という興味につながり、放送翌日のエンタメ界は同作のニュースで持ちきりとなった。

シーズン1が終了する頃には、ミスUSAなど著名人が話題にするようになり、批評家やメディアがこぞって出来栄えを褒め称えた。そして、その夏に開催されたオタクの祭典(かつ、エンタメ界からも注目される大イベント)のサンディエゴ・コミコンでは、『GOT』のプロモーションにHBOが力を入れ、出演俳優や製作者の参加するパネルトークに大勢のファンが詰めかけて大盛況となった。原作の最新巻「竜との舞踏」はベストセラーとなり、マーティンのサイン会場には長蛇の列ができた。さらには、ティリオン役のピーター・ディンクレイジが、番組放送1年目にしてゴールデン・グローブ賞とエミー賞の助演男優賞を受賞しファンを喜ばせた。

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シーズンを重ねるごとに番組の知名度はますます上がり、人気番組『サタデー・ナイト・ライブ』『セサミストリート』『シンプソンズ』などでネタにされるようになった。本作に出演するエミリア・クラーク(デナーリス役)、メイジー・ウィリアムズ(アリア役)、ソフィー・ターナー(サンサ役)、ナタリー・ドーマー(マージェリー役)、ローズ・レスリー(イグリット役)といった英国の俳優たちは、ハリウッド進出の足がかりを得た。さらに、アメリカの親が子どもに付ける名前として、「アリア」「ティリオン」「シオン」といった登場人物の名前が急浮上。一方で、番組に寄せられる関心のあまりの高さに、違法ダウンロードの件数も断トツ、というHBOとしては困った名誉も授かることになった。

本来は大人向けのドラマだが、ハイティーンの世代の間でも人気が高いようで、以下のような作中の有名なセリフを彼らが引用するのを耳にしたことがある。

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Winter is coming.
冬来たる
(※スターク家の標語)

The Lannisters send their regards.
ラニスター家からの挨拶だ
(※シーズン3第9話より)

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You know nothing, Jon Snow.
何にも知らないね、ジョン・スノウ
(※イグリットのセリフ)

(ベルを振る動作とともに)Shame, shame...
辱めを、辱めを...
(※シーズン5第10話より)

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Hodor!
ホドー!
(※ホドーのセリフ)

◆番組の人気を不動にした凄惨なシーン

さて、シーズン1で描かれたネッドの斬首刑も驚きだったが、シーズン3第9話「キャスタミアの雨」は、それに輪をかけてショッキングな内容だ。ネッドの妻キャトリン、長男ロブと、ロブの身重の妻タリサは、フレイ家の宴会に招かれたが、城主ウォルダー・フレイの裏切りにより、宴会のさなかに無残にも殺されてしまう。一般に、"レッド・ウェディング(血塗られた結婚式、釁られた婚儀)"と呼ばれるシーンで、これにより本作の物語は新たな転機を迎えた。

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本エピソードを初見の人が目を丸くして、「オー、マイゴッド!」と絶叫する様子を映した動画が、YouTubeに多数アップされた。当時の衝撃は今でも語り草になっており、今年の4月末には、本作をお気に入りの番組に挙げているオバマ大統領が、ホワイトハウスでの記者会夕食会のスピーチで、レッド・ウェディングをネタにジョークを放ったほどだ。

衝撃的な場面が話題になる一方で、シーズンごとの、見ごたえのあるクライマックスに向けたストーリー構成が評価されていることも言っておかなければならない。王都に攻め入るスタニス軍との戦いを描いたブラックウォーターの戦い(シーズン2)や、"壁"の向こう側の野人を相手取っての黒の城(カースル・ブラック)における死闘(シーズン4)、堅牢な家(ハードホーム)に襲来したホワイト・ウォーカーとの戦い(シーズン5)、そして、シーズンを経るごとに強大になっていく3匹のドラゴンが、エッソス大陸を震撼させるスペクタクル。これらが、特殊視覚効果と多数のエキストラを動員した、映画規模の見せ場となって視聴者を唸らせている。

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◆強い批判を浴びた性暴力シーン

裸や暴力シーンが多いことで知られる『GOT』だが、地上波よりも規制が緩いケーブル局で放送されているため、時折物議を醸すことはあっても、大きな問題に発展したことはなかった。しかし、性的な暴力シーンとなると話は別だ。

とりわけ強い批判を浴びたのは、シーズン5の第5話「"壁"の決断」のラストシーン。残忍な性格の持ち主であるラムジーと挙式したサンサは、その夜、ウィンターフェルでかつて一緒に育ったシオンの目前で、ラムジーから性的暴力を受ける。

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実はこれまでも、デナーリスとカール・ドロゴの初夜の場面(シーズン1)や、毒殺されたジョフリー少年王の棺の傍らで、嫌がるサーセイにジェイミーが迫る場面(シーズン4)が、ファンから問題視されていた。原作小説と違い、どちらも女性の合意を得ない性交として映像化されたためだ。ファンから見ると今回のサンサのシーンはさすがに一線を越えてしまったようで、しかも原作小説ではラムジーと結婚するのが別の女性だったことも怒りを増幅させた。そして製作陣だけでなく、本来なら責任はないはずの原作者の元にも抗議のメールが殺到したのである。

同エピソードの放映後、フェミニズムの視点からポップカルチャーの情報を伝えるサイトThe Mary Sueは、「今後、『GOT』の宣伝を目的とした記事は書かない」と宣言し、多くのファンが同調した。しまいには、軍隊におけるレイプ被害者の保護を推進したクレア・マカスキル上院議員が「この番組を見るのはもう沢山」とツイートしたことから、CNNが取り上げるほどの話題に発展した。

なぜこんなに問題視されたのか? それは、強い嫌悪感を煽り立てるシーンを、ストーリーテリングの観点から見て必要ないのに用いたから、というのが大方の理由のようだ。過去シーズンで、ラムジーがサイコな奴であることも、サンサが男性の虐待を受けたことも、すでに十分に描かれている。ならば、物語を進める上で、本当にここで性的暴力のシーンを入れる意味はあったのだろうか?

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もう一つ、かねてから多くのフィクション作品に対し、女性キャラクターが行動に出る強い動機づけとして、性的暴力が安易に用いられている、という批判があることも、今回の騒動の背景になっている。

圧倒的な抗議を受けて、製作総指揮者のデヴィッド・ベニオフとD・B・ワイスは、性暴力描写を今後はトーンダウンすることを決めた。

◆フェミニズムの気運を盛り上げたシーズン6

製作陣の新たな方針を踏まえ、今年の4月から6月にかけて米HBOで放送されたシーズン6は、明らかに女性キャラクターの扱いが変わっていた。いまだ完結に至っていない原作小説を、ドラマがすでに追い越してしまった現在、それが原作者の意向を踏まえてのことなのか、それともドラマ独自の方針なのかは分からないが、ファンは概ね好意的にとらえているようだ(なお、前述のThe Mary Sueは、まだ慎重に今後の展開を見定める姿勢でいる)。奇しくも今年、最終的に敗れはしたものの、ヒラリー・クリントンが女性初の候補として大統領選に出馬した中での放送となった。

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また本シーズンは、今まで謎となっていた要素が一部解明され、登場人物それぞれの旅路が収束し始めて物語が佳境を迎えていることから、これまでで最も満足度が高いシーズンとしても評価されている。今年のエミー賞では昨年に続いて作品賞などを受賞し、さらに通算受賞数で史上最多となる快挙も成し遂げた。

刺激の強い内容で批判を浴びることもあるが、映像化が難しい長編エピック・ファンタジーをTVドラマとして成功に導いた『GOT』は、ドラマ史に燦然と名を残す作品であることは間違いない。そんな本作も、残すところあと2シーズン。終わりが近いのは残念だが、ぜひとも最高の結末を迎えてほしいものだ。

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Photo:『ゲーム・オブ・スローンズ』(C) Everett Collection/amanaimages/(C) Capital Pictures/amanaimages/(C) 2016 Home Box Office, Inc./ジョージ・R・R・マーティン (C)Izumi Hasegawa/HollywoodNewsWire.net