『ミスター・ベイツvsポストオフィス』製作総指揮3名にインタビュー“ ドラマ化してと訴えてくるようだった”

2000年代英国で十数年もの間に700人以上もの無実の郵便局長らが、 ITシステムの欠陥を要因とする問題により窃盗や詐欺などの罪に問われ、家も財産も名声も失い、そして投獄される者や屈辱に耐えられず自殺者まで発生した――。そんな英国史上最大規模の冤罪スキャンダルを描いた『ミスター・ベイツvsポストオフィス』。6月2日(日)にミステリーチャンネルで独占日本初放送を控える本作だが、製作総指揮を務めたナターシャ・ボンディ、パトリック・スペンス、ジョー・ウィリアムズらのインタビューが到着した。

『ミスター・ベイツvsポストオフィス』あらすじ

新たな会計システム「ホライゾン」が導入された後、英国各地の郵便局で帳簿の数字が合わない事案が発生し始めた。しかし郵便局長のアラン・ベイツ、ジョー・ハミルトン、ノエル・トーマス、リー・キャッスルトンらがポストオフィスに助けを求めても、彼らは「問題があるのはあなたたちだけだ」と主張する。頑固なアラン・ベイツは、帳簿への署名も不足額の埋め合わせも拒み、いつかポストオフィスが間違っていることを証明しようと固く決意する。ポストオフィスが郵便局長たちに嫌がらせをし、さらには横領、不正会計の罪で起訴し始めると、アランは犠牲者たちを集めて、ポストオフィスへの反撃の先頭に立つ。

製作総指揮インタビュー

『ミスター・ベイツvsポストオフィス』製作の経緯を教えてください。

ナターシャ・ボンディ:2020年の初めに、サンデー・タイムズ・マガジンでケイティ・グラスがこのスキャンダルについて書いた素晴らしい記事を読んだのがきっかけです。

被害者の身に起こったことを知って、衝撃を受けました。リトル・ジェムは事実を基にした番組を製作する会社ですが、私は翌日職場にその雑誌を持ち込んで、この記事をドラマ化すべきだと言いました。ドキュメンタリーよりもドラマ向きだと感じたからです(当社でドキュメンタリーも制作しますが)。非常に大きなテーマを含み、いろんな要素が絡み合い、長期間にわたるストーリーだからです。被害者の経験は読んでいて心が痛みましたね――精神的苦痛、人間関係の崩壊、財産の喪失、生活の破綻、地域社会との隔絶…。まるでその強烈なストーリーがドラマにしてくれ、と訴えかけてくるようでした。

でも私たちはドラマ製作の経験に乏しいため、共同プロデューサーが必要でした。エージェントの紹介だったか、私の同僚のベン(・ゲイル)と会社の駐輪場の同じ場所に自転車を停めていたからだったかは忘れてしまいましたが、いずれにせよ、パトリック(・スペンス)に声をかけました。パトリックとジョー(・ウィリアムズ)はストーリーの内容を辛抱強く聞いて、すぐに理解してくれました。

物語をどのように脚本に落とし込んだのでしょうか?

パトリック・スペンス:それについては悩む必要はありませんでした。(リトル・ジェムの)ナターシャとベンのすばらしい人脈があったからです。ITVのポリー(・ヒル)とケビン(・ライゴ)が犯罪以外の事実を基にしたドラマを作りたいと考えていた時期だったのもタイミングが良かった。最初から理想的な放送局と組めたのは幸運でした。ITVという後ろ盾を得たことで、ジョー(・ウィリアムズ)と彼のチーム、そしてナターシャが、自信を持って脚本を練り上げるという大仕事に取りかかることができた。それはけっして平坦なプロセスではないですからね。

ジョー・ウィリアムズ:事実を基にしたドラマを作る際によくあるのは、題材となる本やドキュメンタリーを選び、すでにある物語を脚色する方法です。でも今回のケースは違いました。というのも、すでに報道されていたものの、マスコミはかなり長い間この事件を放置していたからです。手に入る資料に目を通し、郵便局長たち本人や、彼らと長年関わってきた多くの支援者に直接会って取材しました。この物語がどのように始まり、どこに行き着くのかを把握するまで約1年かかりましたね。私たちが取り組んでいる間にも、物語は進展し続けていました。例えば、最終話の控訴院のシーンは、製作当初はまだ現実になってはいませんでした。製作と物語が同時進行していたのです。それでも、この物語の主人公はJFSA(“郵便局長に正義を”連合)の英雄であるアラン・ベイツにすべきだということはすぐに分かりました。そのことに気づけたのは、ナターシャのおかげでしたね。

ナターシャ・ボンディ:ジョーと彼のチームは、タイムラインの作成と、1冊の本にもなりそうな量のバイブル(企画要綱)を書き上げるという超人的な仕事を成し遂げました。情報は山のようにあって展開も複雑ですし、登場する郵便局長や関係者の数も多いですからね。まさに膨大な仕事量でした。

パトリック・スペンス:ジョーは13万ワードのリサーチ資料を執筆し、それを脚本のグウィネスに託しました。彼と同じくジャーナリストの経験を持つグウィネスはこの資料を受け取り、独自にリサーチを行い郵便局長たちと親密な関係を築きました。これらすべての努力が本作のドラマチックな物語を生み出したのです。

数ある要素(情報)の中から、どのように中心となる題材を選んだのでしょう?

ジョー・ウィリアムズ:グウィネスと作業を進めるうちに、物語の中心は郵便局長たちとJFSA、そしてアランが経てきた道のりしかないと思いました。ほかにも取り入れられる要素はたくさんありました。郵便局長の同盟NFSP(民間受託郵便局長全国同盟)が関与する事件の二次的なスキャンダルを掘り下げることもできましたが、結局のところ、主要キャラクターを絡ませつつ大きなテーマとして物語に取り込むのは難しかった。ホライゾンというシステムの詳細や、最終話の裁判で明らかになったことについても同様です。ひとつのシリーズにまとめるには、あまりにも情報が多すぎた。私たちはその都度 “これは取り入れるべきか?” “これはアラン・ベイツと郵便局長たちの物語に必要だろうか?”と自問自答を繰り返しました。彼らこそがこの物語の要であり、視聴者が関心を寄せる対象だからです。

アラン・ベイツは、すぐにこの物語のヒーローとして浮上しました。誰もが想像するヒーローではないかもしれませんが、アランは正真正銘のイギリスのヒーローです。アランはJFSAを立ち上げ、ポストオフィスを相手に一般市民とは思えないほど大儀のために奮闘し続けました。20年以上も闘い続けた強靭な精神力は称賛に価します。初期段階から彼が物語の主人公になるのは明白でした。

法的問題はどのように対処しましたか?

ジョー・ウィリアムズ:慎重になる必要はありましたが、すでに高等法院の判決が2件下されていたので大いに助かりました。また、情報公開請求がすでに行われていたので、ポストオフィスの役員会議の様子を少しだけ知ることができました。この様子を扱ったシーンは、情報公開請求で得られた黒塗りの会議録をもとにしています。審問が進めばさらに多くが明らかになると思いますが、公的に入手した資料をベースにしたので不安はありませんでした。

パトリック・スペンス:言葉を選んで話しますが、この問題についてポストオフィスに取材したとき、彼らの態度に謙虚さや後悔の念が感じられなかったのは驚きましたね。

なぜこの事件は、長年見過ごされたのでしょう?

ナターシャ・ボンディ:“ポストオフィス”という言葉には独特の地味な印象があります。殺人事件や連続殺人鬼などとは無縁の世界です。ポストオフィスといえば、どこか退屈で、馴染みのある存在といったイメージ。ここで起きた悪意ある出来事とは到底結びつきません。それこそがこの物語の肝であり、長い間見過ごされてきた原因です。今でさえ、この事件について話しても知らない人がいます。ここ3年間、徐々にではあるものの、ニュースで報道されるようになったにもかかわらずです。人々の興味をそそる事件ではないのでしょう。

パトリック・スペンス:そこで私たちの出番です。この事件はイギリス史上最も重要な冤罪事件であり、おそらくすぐに史上最大の冤罪事件となるでしょう。にもかかわらず、まだ知らない人が大勢いる。だからこそ、語り手として、この事件を多くの人に広めるという最も基本的な役割を担う機会を与えられて光栄に思っています。最初にITVに企画を持ちこんだのは、できるだけ多くの視聴者に届けたかったからです。数百万人の視聴者を抱えるITVならそれを実現できます。私たちの役目は、郵便局長たちの傷を癒す手助けになるような形で彼らの物語を描くことだと確信しています。癒しを必要とする人々が大勢いるからです。全国民がこのドラマを観て彼らの悲惨な経験を知れば、郵便局長たちが気持ちを整理して、多大なる被害や苦痛から立ち直る大きな助けになると考えています。

なぜこのタイミングだったのでしょう?

ジョー・ウィリアムズ:被害者への補償は現在も続いています。これもまたこの事件の二次的なスキャンダルですが、手続きは遅れていて、何千人もの人々が対応を待っている状態です。政府が長く時間をかけているあいだに亡くなる人もいます。取材中に出会ったある郵便局長は補償金を受け取ることなくこの世を去りました。

ポストオフィスの幹部社員が郵便局長と争い続けた理由は何だと思いますか?

ナターシャ・ボンディ:私たちも大勢の弁護士や法廷弁護士に、なぜこんなことになったのかと尋ねましたが、答えを持ち合わせている人はいないと思います。ポストオフィスという神聖なブランドをなんとしてでも守り抜くという、奇妙で根深い企業の集団思考、という以外にはね。もしかしたら、彼らはこう考えていたのかもしれません。偉大な会計システムであるホライゾンは自動化された賢いコンピューターなのだから、郵便局長の立場を利用して他人の金を奪う泥棒を捕まえることも可能だ、と。コンピューター・システムを過信するあまり、コンピューターに欠陥があるとは夢にも思わなかった、ということなのかもしれません。

※本インタビューは2023年、英国での放送前に行われたインタビューです。現在の状況と異なる場合がございます。

『ミスター・ベイツvsポストオフィス』は6月2日(日)16:00よりミステリーチャンネルにて一挙放送。

『ミスター・ベイツvsポストオフィス』ミステリーチャンネル公式ページ

(海外ドラマNAVI)

Photo:Photo:『ミスター・ベイツvsポストオフィス』© ITV Studios Limited 2023