全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)が43年ぶりにストライキに突入し、プロデューサーでもあるトム・クルーズが制作会社、配信会社との仲介役を買って出たそうだが、溝は埋められず、25回目の来日は実らなかった…。組合の会長フラン・ドレシャーは、各社経営陣に対して激しい口調で訴えたが、その核となる主張が、配信作品での待遇改善とAI使用の規制。
皮肉にも、7月21日(金)より公開されるシリーズ最新作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』は、サブスクでは味わえない劇場鑑賞必至の超大作であり、俳優のAI化に最も抵抗した“象徴的”な作品だと言える。
映画『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』レビュー
想像を遥かに超えるクライマックス
ストーリーは、一見ややこしそうに思えるが、整理するといたってシンプル。IMFエージェント、イーサン・ハント(トム)らが、チーム一丸となって全人類を脅かす《新兵器》を悪の手に渡る前に見つけ出す、というもの。
CGやAIを主軸としない、まさにプロフェッシナルたちの綿密な計算と妥協なき鍛錬で作り上げた本作は、一つ一つの映像に重量感があり、息遣いや鼓動、恐怖、さらには負傷した肉体の痛みまで伝わってくる感覚は(劇場で体感すべきという意味で)実に映画的だ。
やや露出過多のきらいもあるが、本作は、予告編、メイキング、本編映像出しなど、情報を惜しげもなく発信している。
ゆえに、バイクによる断崖絶壁ダイブやパラグライダーの曲乗り、ルパン三世でお馴染みの黄色いフィアット500も登場するカーチェイスなど、すでにアクションシーンが半端ないことは未見の方でもたっぷりと学習済みだと思うが、特に“大自然”の中を“爆走”する“密室空間”という長距離列車の特性を生かしたクライマックスは、トムが「最も楽しみしていた」というだけあって我々の想像を遥かに超えてくる。
観客はその迫力と緊張感から、目は釘付け、体は金縛り状態になること必至だ。
“絆”こそが最強のパワー
また今回は、トム演じるイーサンをはじめ、いつものメンバー(ルーサー役のヴィング・レイムス、ベンジー役のサイモン・ペッグ、イルサ役のレベッカ・ファーガソン)に加え、新ヒロイン、グレース役のヘイリー・アトウェル(『アベンジャーズ/エンドゲーム』)が加わり、チームがより強固なものに。
シリーズによる積み上げもあって、裏切りが裏切りを呼ぶダークなスパイの世界において、“絆”こそが最強のパワーになることをメッセージとして強く打ち出している。
もちろん、その絆を脅かすクセの強いヴィランが次々と登場するのだが、サプライズは、第1作以来のカムバックを果たしたキットリッジ(ヘンリー・ツェーニー)だ。悪というより敵対者と言ったほうがいいかもしれないが、イーサンの忘れがたき過去を知る彼が物語の鍵を握る。
そのほか、謎の殺し屋パリス役のポム・クレメンティエフ(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズ)、謎の権力者カブリエル役のイーサイ・モラレス(『バッド・ボーイズ』『ザ・タウン』)が初参戦。
とりわけ韓国とフランス系ロシア人の血を引くポムの異様な殺気と孤独感は、本作の大きな収穫であり、今後、ハリウッドで引っ張りだこになる予感。来日が実現していれば、インタビューする予定だったので、ストライキが悔やまれる。
スタントにこだわる理由
最後に余談だが、2022年、カンヌ国際映画祭で開催されたマスタークラス(特別講義)でトムは、「なぜ、自分でスタントを行うことにこだわるのか?」と質問され、こう答えている。
「例えば、ジーン・ケリー(『雨に唄えば』など)に、“なぜ自分でダンスをするのか”と聞いた人はいないですよね」と。トムにとって観客に没入感を与えることに徹することは、俳優の仕事の一部。そんな彼に、この質問の意味が理解できなかったらしい。
動きを通してキャラクターを表現してきた身体的な俳優トムを、「危険だからもうやめて!」という母親目線の言葉では、誰も止めることはできないのだ。
だったら、仲間のために、世界平和のために、そして全ての映画ファンのために、命がけで挑むトムの肉体表現をとことん楽しもうではないか。それが彼の真骨頂なのだから。
(文/坂田正樹)
Photo:『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』©2023 PARAMOUNT PICTURES.