Apple TV+『ハイジャック』と『24-TWENTY FOUR-』の共通点【レビュー】

これから旅に出る人々で賑わう空港。誰もが快適な空の旅を楽しもうと晴れやかな表情をしている。その中に、ただ一人、浮かない顔をし、足取りが重い男性が一人。彼こそが、この物語の主人公となるサム・ネルソンである…。

Apple TV+にて配信が始まったサスペンス・スリラー『ハイジャック』はそんな導入から幕を開ける。
この男は何者なのか…その素性を一切明かさない形で物語が進んでいき、乗り合わせた飛行機で突如ハイジャック事件が発生! 飛行機という密閉された空間における極限の恐怖を描き出していくことになる。

劇中のあらゆる場所に伏線が散りばめられた、まさに極上のサスペンス・スリラーであるが、回を重ねるごとに、あの大ヒットドラマを彷彿させる魅力が浮き彫りになっていく。

ここでは、そんな新作ドラマ『ハイジャック』の面白さを紐解いていこう。

Apple TV+『ハイジャック』レビュー

ドバイ発ロンドン行きの便でハイジャック勃発!事件解決に立ち上がったのは…

航空券を片手に搭乗ゲートを潜り抜け、飛行機に乗り込む乗客たち。ドバイ発ロンドン行きのKA29便は6時間のフライトを経て、無事に目的地へと到着するはずだった。

しかし、離陸して早々に、5人組の犯行グループによるハイジャックが発生! 機内の乗客約200人は人質に取られ、コックピットも手中に収められてしまう。地上との連絡手段も絶たれ、完全に制圧されてしまったKA29便であるが、そこで一人の男が立ち上がる。事態の深刻さに気がついたサム・ネルソン(イドリス・エルバ)は、犯人グループのリーダー格に協力を申し出る。

なぜ乗客の一人がハイジャック犯と協力関係を結ぼうとするのか…。そこには大きな理由があった。彼の正体は企業間の交渉を生業とする、凄腕の交渉人だったのである。

本作は何の前触れもなく、突然、藪から棒にハイジャック事件が発生する。まるで登場人物たちと感情がシンクロするかのように、視聴者も突然の展開に面食らうこと請け合いで、何がどうなっているのかさっぱり理解できないパニック状態に陥る。

だが、それが良い。むしろ、そうでなくては本作の魅力が最大限発揮されないのである。

主人公は何者…?

こういったサスペンス・スリラーの常套手段としては、まず犯人の素性、もしくは主人公の素性を明確にしてから、本筋に入っていく。犯人の目的やら、主人公の私生活などを観る者に提示してからの方が感情移入を誘いやすいからだ。

しかし本作は、全く持って情報を提示しない。主人公が何者なのかさえハッキリしない。どうやら、乗務員とは顔見知りのようで、飛行機を頻繁に利用しているようだということぐらいしかわからない。そこで視聴者は、もしかして航空保安官か何かかな?という予想を立てる。こういった「ハイジャックもの」における主人公の職業としては恐らく最適解であろう。

だが、その予想は第1話のラストで完全なるミスリードであることが明らかになる。彼は企業間の交渉人、いわば交渉のスペシャリストだったというのだ。まるで製作陣が視聴者に「そんな安易な考えではこのドラマは攻略できないよ」という挑戦状をたたきつけているようである。

つまりは序盤から回りくどい説明などを一切抜きにして、物語が進むその過程の中で、徐々にキャラクターの輪郭をハッキリさせていくという手法をとるのだ。かなり効率のいい脚本構成となっており、視聴者は終始退屈せずに楽しむことができるようになる。

究極の没入感

一つ一つの行動、登場人物たちの目線の動き、なぜかトイレに落ちていた銃弾…どれもが後の伏線となっており、手に汗握るとはまさにこのこと、チープな言い回しになってしまうが、ハラハラドキドキとはまさにこのことなんだなと思わせる展開が連続していく。

特に第3話「空砲は空論か?」は傑作回だった。量子力学における思考実験である「シュレーディンガーの猫」を引き合いに出しながら、犯人の銃弾は空砲なのか?空砲ではないのか?という疑問をほぼ1エピソードかけて解決しようとする。

視聴者はイドリス・エルバらと一緒になってこの難問に挑まなければならなくなるわけだが、この没入感と言ったら凄まじい。思わず額から汗が出てきてしまうほどの緊迫感を漂わせ、あっという間に1時間が過ぎ去っていく。

それほどまでに、本作は究極の没入感を生み出す作品なのである。

大ヒットドラマ『24-TWENTY FOUR-』との共通点

リアルタイムで物語が進行

さて、どうにもこうにも続きが気になって仕方がない作品である『ハイジャック』を視聴していると、随所に“ある海外ドラマ”が思い起こされる。

それは、かつて日本でも社会現象級の大ヒットを記録したリアルタイム・サスペンス『24-TWENTY FOUR-』だ。

1シーズン24話でテロ事件の起きた一日を描くという画期的な手法で話題を独占した同作であるが、実はこの『ハイジャック』もリアルタイムで物語が進行していく。

KA29便がドバイを出発し、目的地であるロンドンへと向かう6時間のフライトとその前後を全7話で描き切ろうと言うのである。そのため、登場人物が機内にいる時間をわれわれ視聴者も共有することになる。だからこそ、これほどまでの没入感と感情移入を引き起こすのである。

それでいて、ただ機内のみを映し出しているだけでは、ドラマとして持たないというデメリットがあるため、それを解消すべく、本作は上空と地上の両観点から一つの「ハイジャック事件」を描いている。

こういった部分も『24-TWENTY FOUR-』と類似している部分であり、同作もまたジャック・バウアーとジャック以外の視点から物語を展開させていた。

ジャック・バウアーのようなキャラクター性

さらに、ジャック・バウアーの名前が出たということで、主人公の話に移らせてもらうが、本作の主人公であるサム・ネルソン、彼もまたジャック・バウアーのようなキャラクター性を発揮して魅せる。

サムは機内にいるすべての人間を救うために、自らが悪役となって、犯人グループとの交渉に入る。そして、なんとか地上へSOSを送ろうとする。たとえそれが自らを傷つける行いであっても。その勇敢な行いが、やがて地上へと届いていくことになるのだ。

それはかつてのジャック・バウアーも同じだった。国を守るために自らが犠牲になることはしばしば。あたかも自分がテロリストであるかのような濡れ衣を着せられてもテロを阻止しようとした。また、こと家族に関しては不器用な性格である点も重なる。

『24-TWENTY FOUR-』を一度でも視聴したことのあるファンであれば、その勇敢な姿に既視感を覚えること間違いなしだ。

かつての大ヒットドラマとの類似点も多数! ここまで続きが気になりすぎて、夜も眠れない海外ドラマは久しぶりだ。

物語が今後どういったところに“着陸”するのかも大いに気になるところだが、本作の特性上、きっと一筋縄ではいかないものになることだろう。

目的地の天候はおおむね良好、フライトは6時間余り…シートベルトをしっかりと締め、快適な空の旅をお楽しみください。
(文/Zash)

Photo:Apple TV+『ハイジャック』