『リトビネンコ暗殺』永遠の免罪ブラックホール。暗殺の背後で笑う者とは?

世界中を震え上がらせた事件の10年間に及ぶ捜査の全貌を完全映像化した衝撃のノンフィクションドラマ『リトビネンコ暗殺』(全4回)が、「スターチャンネルEX」で本日12月22日(木)より独占配信となる。

国家が関与する犯罪

この世で最も深い闇は、国家が関与する犯罪の中にある。本作『リトビネンコ暗殺』は、その闇の中から暗殺の証明を積み上げようとする英国ニュー・スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の警官たちの奮闘を再現する。黒幕とされるロシアの元首プーチンはしかしその数々の闇の中心で常に「証拠はない」と嘯く。嘘と策略で肥大した彼の自我は、現在のウクライナ侵攻とそれに伴う数々の戦争犯罪にもつながっている。それらすべての罪の告発からも自由でいられるためには、彼は永遠に権力の座にとどまるしかなく、憲法を変えまでして大統領の任期制限を撤廃し、たとえ退任したとしても、生涯刑事訴追から免れるという大統領特権法を作ったのである。

『リトビネンコ暗殺』第3話より

主役はプーチン

プーチンとは一体何者なのか?

民主政では信じられない謀殺の経緯を本作で死のベッドにあるリトビネンコは淡々と語る。その告発を精力的になぞりながら、本作の主役は実はプーチンだ。リトビネンコだけではない。人を殺すことをなんとも思っていない彼の政権下で、34人もの反プーチン派ジャーナリストが殺されたり不審死を遂げている。1952年、スターリンの死の5カ月前に生まれた現ロシア大統領は、強制収容所で2000万人を殺したとされるその冷酷な独裁者の、代を超えた唯一正統な直系なのかもしれない。

小柄でいじめられっ子だったウラジーミル・プーチンは、レニングラード大学を卒業後にソ連国家保安委員会(KGB)の対外情報部員となってもそう有能さが目立つ人物ではなかった。それがソ連崩壊に伴うKGBの消滅で故郷レニングラード(現サンクトペテルブルク)に戻り、白タクの運転で生計をつないだのちに大学時代のツテと元KGBでの経験をもとに政治の世界に入り込む。まずはサンクトペテルブルク市長の汚職疑惑をもみ消すために副市長に抜擢され、そこからロシア大統領府副長官、KGBの後身であるロシア連邦保安庁(FSB)長官、ついで首相にまで上り詰めるのだ。

『リトビネンコ暗殺』第1話より

プーチンを首相に昇格させたエリツィン

その出世はエリツィンなしにはあり得なかった。1991年12月のソ連崩壊で初代ロシア連邦大統領に横滑りしたエリツィンは、大衆的人気を博しながらも政策面では無能を晒して急激な市場経済への移行で失敗。政治そっちのけで飲酒癖はますます悪化し、それに対して「経済的大量虐殺だ」と対立した議会(最高会議)を戦車で砲撃してまで権力にしがみつく暴挙に出る。

国営企業の有償民営化で肥大するオリガルヒ(新興財閥)と結託することで1996年の大統領選でかろうじて再選を果たしたものの、第二次エリツィン政権はますます政治腐敗の度合いを高める。当時の権力争いの中でユーリ・スクラトフ検事総長がこのエリツィン汚職問題を捜査していた。そこでエリツィンは1998年、元KGBの手腕に期待してプーチンをFSB長官に据える。そして間もなく、スクラトフはゴールデンタイムのロシアのテレビで、ホテルの一室で若い娼婦二人と戯れる自身の裸体の盗撮映像を放送されることになって失脚するのだ。

これはロシア語で「コンプロマート(毀損情報)」と呼ばれるKGBの常套手段(米国大統領になった男が、同じような娼婦相手のセックステープでプーチンの意のままになっていたという噂もここから来ている)。エリツィンはこの功績でプーチンを首相に昇格させ、退任後の自分を絶対に訴追・糾弾しない忠実な番犬としての彼を後継者に決める。

『リトビネンコ暗殺』第3話より

テロを自作自演?

ところがこれまで裏方を歩いてきた47歳の首相は、次の大統領選で勝利するには無名すぎた。首相任命からわずか15日後の1999年8月31日、彼にとっては実に都合のよい事件が勃発する。「ロシア高層アパート連続爆破」。翌月16日にかけてモスクワなど3都市で5件の爆破が起き、住民に300人近い死者を出したこの事件をプーチンはすぐにチェチェン独立派の「連続テロ」と断定し、テレビで「必ず始末してやる」と勇ましく宣言したのちにチェチェン再侵攻(第二次チェチェン戦争)を行う。

しかしこの「連続爆破テロ事件」自体が謀略であったという疑惑が拭いきれない。本作の主人公、英国に亡命した元FSB職員のリトビネンコは自著「ロシア闇の戦争 プーチンと秘密警察の恐るべきテロ工作を暴く(Blowing Up Russia: Terror From Within)」で、“事件はチェチェン侵攻の口実を得ようとしていたプーチンを権力の座に押し上げるため、FSBが仕組んだ偽装テロだった”と内部証言している。

というのも住民の通報で未遂に終わった「6番目の現場」で見つかった時限爆弾は、ロシア軍のRDX爆薬だったのだ。しかも目撃された爆弾設置者の長距離電話先がFSBだったことも判明。言い逃れできなくなったFSB長官は「これは訓練で爆薬はダミーで砂糖だった」と強弁したが、誰が信じるだろう。だとすればプーチンの大統領当選は、目的達成のためには自国民300人の死も厭わなかったこの自作自演の上に成り立っているわけだ。

『リトビネンコ暗殺』第2話より

政敵の排除と暗殺

翌2000年に第2代ロシア連邦大統領に当選したプーチン批判の急先鋒だったリトビネンコは、その6年後にウランの100億倍の比放射能を有するポロニウム210を緑茶に盛られて殺される。その詳細は本作で再現されているとおりだ。誇張はない。英国は調査報告書でこれを“FSBのトップであり大統領であるプーチンが承認した殺人”と結論づけたが、プーチンは“リトビネンコはFSBがわざわざ殺しにかかるような重要な人物ではなかった”と一蹴した。

実はこれと同じセリフを、プーチンは敵対した著名ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ暗殺事件でも発した。“大した人物でもないのになぜ殺す必要があるのか? 彼女は殺す価値もなかった”。ポリトコフスカヤは自宅アパートのエレベーター内で、10月7日に射殺された。その日はプーチンの誕生日だった。リトビネンコは自身の殺害直前にこの彼女の死もプーチンの仕業だと非難し、25日後の11月1日にポロニウム210を飲まされる…。

政敵の排除、暗殺はまだまだ続く。2015年2月にはプーチンのクリミア併合を強く非難していたリベラル派の有力政治家ボリス・ネムツォフがクレムリン近くの橋の上で射殺される。「プーチンが最も恐れる男」と評される政治活動家アレクセイ・ナワリヌイは2020年に飛行機上で毒を盛られたがドイツに緊急搬送されて一命を取り留める。しかし翌年に帰国するとすぐに収監され今現在も服役中。『リトビネンコ暗殺』はそれら全てを象徴する再現ドラマなのだ。

国家の犯罪の闇が深いのは、罪を犯す者と罪を裁く者が同一であるという、永遠にどこにも開かれない免罪のブラックホールを形作っているからだ。『リトビネンコ暗殺』は、その中心で笑うプーチンを炙り出す。

『リトビネンコ暗殺』第1話より

 

『リトビネンコ暗殺』(全4回)は、「スターチャンネルEX」で独占配信中。また、「BS10 スターチャンネル」では2023年2月5日(日)の第1話先行無料放送後、翌6日(月)から独占日本初放送となる。『リトビネンコ暗殺』公式サイトはこちら

(文/北丸雄二)

Photo:『リトビネンコ暗殺』©ITV Studios Limited All rights reserved.