負のスパイラルが憧れの家族に隠された憎悪をえぐり出す!北欧ホラー『ハッチング―孵化―』

北欧映画、特にフィンランドと聞くと、どうしてもアキ・カウリスマキ監督(『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』『過去のない男』)を思い浮かべてしまうが、近年、他国との合作が多いものの、『ライダーズ・オブ・ジャスティス』や『TOVE/トーベ』など、個性豊かなエンタテインメント作品が数多く公開されている。

 

中でも異色なのが、今年1月に開催された第38回サンダンス映画祭のプレミア上映で世界を驚愕させたフィンランド発の衝撃ホラー『ハッチング―孵化―』。少女が孵化させた卵が、絵に描いたような幸せな家族の裏に潜むおぞましい真の姿をさらしていくというダークストーリーだ。

『ハッチング―孵化―』レビュー

1200人のオーディションから選ばれたシーリ・ソラリンナが主人公の少女ティンヤの“二面性”を鬼気迫る演技で体現し、フィンランドの名女優ソフィア・ヘイッキラが理想の家族像を作り上げ、娘を所有物として扱う自己中な母親を怪演している。

冒頭、北欧フィンランドならではの明るく洗練された幸せ家族が映し出される。もうこれだけで、なぜかゾワゾワ胸騒ぎがする。この空気感は何なのか、演出家の成せる技なのか、それとも北欧特有の奇妙さなのか。そんな違和感に悶々としていると、突然、一羽の鳥が出現し、家族の笑顔を恐怖と怒りに一変させる…。なんとか鳥を“撃退”するが、ティンヤはその鳥が産んだと思われる卵をこっそり拾って秘かに育てていく。やがて卵は孵化し、ここからジワジワと、この“わざとらしい一家”のメッキがはがされていく。

『ハッチング―孵化―』レビュー

「いったい何が生まれたのか?」…ここは観てのお楽しみにしておくが、この世に生まれた“それ”は、やがて恐怖の軸となって猛威を振るう。ただ、その行動の根源が、育ての親ティンヤの心の奥底に抑え込んでいる“本音”というところが実にやっかいで面白い。

例えば、部活のライバルに敵意を抱くと、“それ”はティンヤに変わってその子を痛めつける。母親が別の子を可愛がれば、“それ”は嫉妬心から殺人鬼へと変貌する。つまり、ティンヤと“それ”は完全に“同期”しているのだ。

ティンヤはもともと心優しい少女。なんとか母親の期待に応えようと必死にがんばるが、その反動で、抑圧された気持ちが心の底にどんどん溜まり、その感情が“それ”をどんどん凶暴化させていく。

『ハッチング―孵化―』レビュー

完璧な家庭を作り上げ、その映像を世界に向けて配信する自己中、自己満の塊である母親は、メッキがはがされるたびに、こちらはこちらでどんどんサイコパス化していくが、この負のスパイラル、“それ”を抹殺してしまえば終わりか…といえば、そうはいかない。なぜなら、“それ”はティンヤであり、ティンヤがそれ”、だから。逃げ場のない状況下、想像を超えた驚愕のラストに、観客は北欧ホラーの容赦なき恐ろしさを知ることになるだろう。

映画『ハッチング―孵化―』は、4月15日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国順次公開。

(文/坂田正樹)

Photo:『ハッチング―孵化―』© 2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Väst