『ブレイキング・バッド』を観るべき8つの理由

世界的に高く評価される大ヒットシリーズ『ブレイキング・バッド』。2008年にシーズン1が始まって以降、2013年の放送終了までに、アメリカ・ドラマ界の最高峰と言えるエミー賞作品賞を2度受賞、主演のブライアン・クランストンはベスト男優賞を4度連続獲得、主人公の相棒役を演じたアーロン・ポールは助演男優賞を3度獲得。アメリカでファイナルシーズン終了後もイギリスをはじめ、アジア、南米と世界各国で視聴者を延ばし続け世界的大ヒットとなった。そんな大人気作の魅力を紹介しよう。

『ブレイキング・バッド』とは

だが、このシリーズは開始当初から注目度が高かったわけではない。どちらかというと、このドラマほど、"食わず嫌い"されてきたシリーズはないのではないだろうか。

このドラマを一行で説明すると――

「末期がんを宣告されたしがない化学教師が、家族のためにドラッグ精製に乗り出し、ドツボにハマっていく異色ドラマ」

つまり、イケメン刑事が事件を解決するわけでもなく、人気の1話完結型でもなく、謎が謎を呼ぶミステリーでもない。主人公は50歳のオッサンで、続けて観ないといけない連続モノ、しかもガンやドラッグ、裏社会、暴力といったシリアスな問題を取り扱うという、当時のドラマ界のトレンドをまったく無視した内容で、確かにちょっと敬遠したくなる。

しかし、"それでも"このドラマは大ヒットを飛ばしているのだ。しかも、シーズン1のビジュアルが強烈だ。

白のブリーフをはいたオッサンが、荒野に銃を持って立つ。

挑戦的だ。こびる姿勢いっさいなし。何なんだ、このオッサンは…。ただ者ではないと興味をそそる者もいるかもしれないが、一部の視聴者はこのビジュアルだけで「果たしてこれに手をだしていいものなのだろうか…」と迷うはずだ。しかし、もう一度しつこく言うが、"それでも"世界中で大ヒットを飛ばしているのだ。この"白のブリーフ"を乗り越えた先には、どんな人間ドラマが待っているのか。まだ疑心暗鬼な"食わず嫌い"の方のために、なぜ、「ドラマ界に衝撃をもたらした観るべき作品」と言われているのか、その理由を紹介していこう。

『ブレイキング・バッド』を観るべき理由

男の孤独とプライドは、国境を越える!

世界中の男たちが、みんな、ブラッド・ピットのように、かっこよくて、成功して、しかも妻も子どもも大切にするパーフェクトだったらいい。ブラピのような50歳だったらどんなにいいだろうか。

しかし、現実はそんなにうまくいなかない。

妻の尻に敷かれ、安月給を愚痴られ、息子にはじゃけんにされ、それでも家族のためならばと歯を食いしばって仕事にでかける。家のローンの足しになればと、仕事の後にバイトだってする。父親は忍耐が必要だ。

このドラマの主人公ウォルター・ホワイトは、そういう男だ。10歳以上年下の妻は、どこか幼く、好き勝手なことを言い、夫に守られていることに気づかずに、自分が全部面倒を見てると思っている。いくら家族のために頑張っても、それが当然で、とりわけ感謝されるわけでもなく、彼自身、感謝されることも望んでいない。高校の化学教師だが、特に生徒に人気があるわけでもなく、尊敬もされていない。
誠実だが、地味で目立たない男。生徒にバカにされても、バイト先のムカつく上司にこき使われても黙っているのは、プライドがないからではない。家族のため、というプライドがあるから、自分を殺す。それが突然、末期がんを宣告されてしまう。しがない教師の保険では、当然高額医療など保証されない。どこまでも地味でまじめな父親が、家族のため、お金のために、自分の唯一の特技である"化学"を使ってドラッグ精製に手を出していく。もちろん家族には秘密で…。

仕事で、家庭でうまくいかない時、「本当のオレは…」と密かにめちゃくちゃ強い自分や悪の世界に君臨する妄想を抱いたことはないだろうか。このドラマは、人生の折り返し地点をとうにすぎた50歳の男が、それを実際に実現していく姿を描く。そうしてドラマ史上、最もサエないオッサン主人公が、次第に一目置かれる男になっていくのだ。しかも、その"男っぷり"を一番身近な家族は知らない…。スーパーマンの正体を知らない同僚が、クラーク・ケントをけなすのと同じ構造だ。

しかし、ウォルターは正義の味方ではない。悪の道を選んだからこその緊張感が、さらに彼をタフにしていく。バレたら終わり。すべてを失う。だからバレないためなら、何だってやる。どんな嘘もつく。荒野で白のブリーフで立つのだって恥ずかしいなんて言っていられない。ウォルターは、ヒーローでもなく、悪役でもない、「男」という生き物そのものなのだ。こんなキャラクターは今までなかった。

ウォルターを演じたブライアン・クランストンは、2008年からエミー賞主演男優賞を3年連続で受賞した実力派俳優。名優アンソニー・ホプキンスは「私が知りうるかぎり、最高の演技」と大絶賛するほど。さらに、『TIME』誌が選ぶ"2013年最も影響を与えた、架空のキャラクター"では本作のウォルターが1位を獲得している。

それはブライアンはウォルターを通して、「男」という生き物を体現しているからにほかならない。誰もが演じてみたいが、演じるのは相当な演技力を要する複雑な役。この前代未聞の難役に挑み、男の意地、孤独、愚かさ、不器用さ、愛らしさ、苦しみ、喜び、そして死と向き合う覚悟、すべてを見せてくれる。「男」という普遍的な役だからこそ、国境を越えて世界中で共感を生んでいるのだ。

そして、ウォルターに出会った者は言う――「そう、男ってそうだよね」と。

世代を超えたオッサン&ワカゾーのコンビが斬新!

ウォルターがいくら最高に深いキャラクターだと力説したところで、やはり世のドラマファンがどうしても期待してしまうのが、イケメンキャラだろう。本シリーズ、ほとんど唯一と言ってもいい、イケメンキャラが、ウォルターの相棒となるジェシー・ピンクマンだ。

ピンクマン――名前からしてチャラい。そう、チャラチャラで、中身もペラッペラのワカゾーで、ウォルターが綿密に計画を立てても、ジェシーが何かしらやらかして、次々と問題を起こしていくのだ。ウォルターの元教え子で、息子ほど年は離れているので、ほとんど出来の悪い息子のように扱われるが、意外に情にもろい人情派。シリーズを重ねるごとに、どんどんいい男に成長していく。思わず、見守りたくなる愛すべきダメ男なのだ。

演じるのは、TV界でキャリアを積み、同シリーズで一躍注目の若手俳優となったアーロン・ポール。彼はジェシー役で、エミー賞ドラマシリーズ部門の助演男優賞に2009年から4年連続でノミネートされ、10年と12年には同賞を受賞している。映画『ニード・フォー・スピード』で主演に抜擢されたほか、リドリー・スコット監督の『エクソダス:神と王』など、大作への出演が続いた。最近では、本作のスピンオフ『ベター・コール・ソウル』Netflixのヒット作『ブラック・ミラー』シーズン6に出演

あなたもいつのまにか共犯者!?物語に巧みに埋め込まれた罠

「ドラッグ精製」という言葉につられて、ついドラッグの世界を描いたドロドロ系ドラマを連想する人もいるかもしれないが、これはドラッグに溺れた人々の悲惨な姿を描いたアンチ・ドラッグ作品ではない。さらに言えば、末期がんと闘うお涙ちょうだいの感動ストーリーでもない。

だが、とにかく心を揺さぶられる。時には痛いぐらい。そして、心を熱くしてくれる。時には叫びたくなるぐらい。それは、このドラマは常に視聴者に問いかけているからだ。モラルとは何か。何が善で、何が悪なのか。それがこの作品のテーマであり、物語の心臓部だ。

その境界線は曖昧で、視聴者はウォルターと共に常にグレーゾーンに立たされる。彼を許せば共犯者だ。そして、視聴者はどこかでダメだとわかっていながら、彼を許してしまう。本シリーズは、「シェイクスピアの悲喜劇のようだ」と言われるが、『ハムレット』に次のようなセリフがある。

「物事には本来、善も悪もない。ただ人の考えによって決まる」

まさに、これがこの作品の根底に流れる揺るぎない問いかけなのだ。「あなたならどうする」と視聴者も試されている。だから、どんどんハマっていく。

ドラマ史上、屈指の精巧な脚本!

本シリーズは、テレビをつけたら、たまたま放送しているのを見つけて、「なんだ、このドラマはめちゃくちゃ面白いじゃないか!」とハマっていく…という人が多かった。実際、2008年の初回放送では視聴者数140万人足らずだったが、回を重ねるごとに、その数は雪だるま式にどんどん増え、シリーズを更新するごとに記録を更新。最終シーズンまで右肩上がりの数字をキープし、シリーズフィナーレは1000万人以上に膨れ上がった。

連続モノのドラマでここまで視聴者数をキープするのは並大抵のことではない。それがかなったのは、1本の長編映画を作るように、シリーズ通して考え抜かれた精巧な脚本があったからにほかならない。特に何気ない小道具や意外な人物が、あとで重要なカギとなったりするので、隅々まで見逃せない。

本シリーズの脚本は、全米脚本家組合が選ぶ「TVシリーズの優れた脚本101」で第13位にランクインしている。ちなみに1位は『ザ・ソプラノズ~哀愁のマフィア』だが、モダンホラーの巨匠スティーブン・キングは、『ザ・ソプラノズ』を超えるドラマだと大絶賛。米エンターテインメント・ウィークリー誌の、その年を振り返る「My Top 20 of 2011」で、『ブレイキング・バッド』を1位に選んでいる。

人間味あふれすぎるサブキャラたち!

世の中、そんなよくできた人間なんていない。そう言わんばかりに、本シリーズにはいわゆる"優等生的な人間"は面白いほど登場しない。一癖ある人物ばかりで脇キャラたちからも目が離せない。特にウォルターの妻スカイラーとその妹マリーの姉妹は強者。女ってこういう生き物だよな…と思わずうなずく、あるある的なわがままだけでなく、姉と妹でこじれた時の手に負えなさとそれにアタフタする夫たちと、まさに等身大の家族の姿を描いている。この姉妹の関係も"女たちのサイド・ストーリー"として目が離せない。

そして、もう一人、強烈な個性を発揮するのが、ウォルター&ジェシーの弁護士となるソウル・グッドマンだ。モラルもへったくれもないお調子者の弁護士は、本シリーズでは最高のコメディリリーフとして活躍。ソウルが出ると、ちょっとホッとして和むということで人気となり、彼を主人公にしたスピンオフ『ベター・コール・ソウル』も大ヒットを記録した。その他にもジェシーの悪友たちやヤバすぎる売人など、個性的なキャラクターたちが続々と登場。敵役でも不思議と嫌いにならないのは、それだけどこか人間味があるからだろう。ちょっとした行き違いが大きなトラブルを招いていくだけに、誰がどんなことをしでかして、ウォルターたちを危機に陥れていくのかも注目してほしい。

リアルな危機を描いたダークドラマへの挑戦

米HBOとShowtimeは、クリエイターのヴィンス・ギリガンが『ブレイキング・バッド』の企画を持ち込んだ時、即却下したという。それぐらい挑戦的な企画だった。アメリカではメタンフェタミン、通称クリスタル・メスが、特に地方都市で広がり、深刻化していた。家庭用キッチンで気軽に作れるため、すぐに手に入り、ダイエット薬にもなるという軽い気持ちで始める若者が多かったが、ドラッグの破壊力は最悪だった。安易に手を出して、地獄を見る…そのリアルな世界をドラマの設定に持ってくるなど危険すぎる。しかも化学教師の主人公が自らメスを作るなど、ドラッグ賞賛ドラマとも取られかねない。しかし、その現実を見て見ぬフリをすることほど、危険なことはない。特別な世界の特別な人間ではなく、ごく普通の人間が陥りかねないほど身近にあるものだという危機を伝えている。
プレミアチャンネルやネットワーク局では作ることができない、放送ギリギリを狙ったきわどい内容なだけに、ありきたりのドラマに飽き、TV離れをしていた視聴者をも引き戻したのだろう。「久々にドラマにハマった」という声が目立つのも、このシリーズの特徴だ。

ダイナミックな映像美とディテールへのコダワリ

タイトルになった「Breaking bad」は「体制や因習に逆らい、(悪い事を)やりたいようにやる、ワルになる」という意味の南西部のスラングからきている。
反体制と言えば、60年代から70年代、反体制的な若者たちを描いたアメリカン・ニューシネマを思い出すが、ニューメキシコを舞台に、乾いた荒野を雄大に映し出す『ブレイキング・バッド』の映像世界は、ニューシネマ時代を彷彿とさせる。細かいカットにまでコダワリ、まさに映画が自由だったあの時代を狙ったかのような映像演出は、TVドラマの域を超えていると絶賛されている。

実は、メタンフェタミンが南西部に登場し始めたのは、まさにアメリカン・ニューシネマの時代、バイカー・ギャングと呼ばれる者たちが運び屋となっていた。あの頃、ドラッグはどこかかっこいいものであり、荒野は自由を満喫する場所だった。しかし、時代が変わり、ドラッグは破滅への入り口となり、『ブレイキング・バッド』で映し出される荒野は、誰もいない孤独な場所であり、悪の墓場のように変わっている。ヴィンス・ギリガンはTV界や映画界にはぎこる偽善やきれいごとのヒーロー神話に逆らい、ドラマの自由を求めて"アメリカン・ニュードラマ"を作ったとも言えないだろうか。本シリーズも、ニューシネマ時代の作品同様に、ダークで哀しいが、どこか胸がスッキリする。

ちなみに、ドラマに登場する車もかなりクラシカルで、古き良き時代を思い出させるコダワリの一品が目立つ。すべてギリガンの好みらしいが、車好きにはなかなかたまらないかもしれない。

このドラマはファンのために!クリエイターが下した英断

2013年、ファイナルシーズンを迎えた本シリーズ。最終回までの盛り上がり方は、まさに『LOST』を超えるほどの現象となった。しかも、ウォルターとジェシーの長い旅路は、必ずファンが納得するように完結させると、クリエイターのヴィンス・ギリガンは約束していたのだ。しかも、シーズン3の段階で、シーズン5での終了を宣言したのだ。これもTV界では衝撃的な出来事だった。シーズンを重ねるごとに視聴率が上がっていくマジック・シリーズだっただけに、シーズン8までの更新は軽いと見られていたからだ。人気シリーズになるほど、とにかく長く続ける…というのが局の姿勢だ。そして視聴率が下がってきたら打ち切りにする。しかし、ギリガンは安易な延命はしないと言い放ったのだ。局の都合ではなく、ファンのために。そういう意味でも、今までのしきたりから外れた異色作とも言える。

いろんな意味でドラマ界に挑戦し、革命をもたらした野心的なドラマ! ぜひ"食わず嫌い"はやめて、なぜ、ウォルターは"白のブリーフ"で荒野に立つハメになったのか。その理由を確かめてほしい。

『ブレイキング・バッド』はNetflix、Amazon Prime Videoで配信中(2023年6月現在)

(海外ドラマNAVI)

Photo:『ブレイキング・バッド』©2008-2013 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.