『ダウントン・アビー』世界をとりこにする英国のオタク魂

魂は細部に宿る― このドラマには、この言葉がふさわしい。

本シリーズの物言わぬ影の主役ダウントン・アビー邸には、ハイクレア城という本物の城館を使い、豪華絢爛な内装は、貴族の生活の華やかさを雄弁に語る。徹底的にこだわり抜いた美しい衣装に身を包む俳優たちは、俳優名よりも、むしろあえて役名で呼びたくなるぐらい。それも、役に徹した職人気質のイギリス俳優ならでは。

自分ならではの細部にあくなき情熱を注ぐ者を"オタク"とあえて呼ぶならば、この『ダウントン・アビー』は、イギリスのオタク魂から生まれた。

とにかく仕事が細かい!
ついでにキャラクターたちも、独自のコダワリが細かい!
というか、キャラクターたちが個性ありすぎ。個性の演出も細かい!
だから、何度見ても発見がある。
古いものと新しいものの共存を目指した絶え間ない努力を、この国のドラマはまだまだ細かく続けているのだ。

「伝統と革新」、「プライドと知性」、そして「紳士淑女のエレガンス」――
イギリスが培ってきた美徳をドドーンと詰め込んだのが、この『ダウントン・アビー』という大ヒットシリーズなのだ。

パッケージにずらりと並んで写る『ダウントン・アビー』の住人たちのドヤ顔は、
「自分たちらしさをとことん突き詰めたら、世界に認められちゃいましたけれども」
と、言わんばかり。

時代モノ好きはもちろん、苦手とする人たちをも虜にする"ザ・貴族劇場"の3つの魅力をご紹介しよう。

 

魅力その1:英国コスチューム・プレイの固定観念を破った革新作!
イギリスのコスプレもの、つまり時代モノは、たいがい文学作品を原作にしたものと相場が決まっていた。
美しい田園風景、エレガントなドレス、アフタヌーンティーの優雅なひとときに、身分違いの恋、プライドゆえにすれ違ってしまう恋、もしくは禁断の恋などなど、上流社会の優雅な生活を描いた作品が主流だった。

そこに一石を投じたのが、アメリカの名匠ロバート・アルトマンだった。それが2001年、アルトマンが描いた『ゴスフォード・パーク』だ。今までどちらかが主役で、どちらかが脇役になっていた階上と階下の世界を1つの作品に詰め込んだのだ。

そして、1930年代のイギリスを舞台に衰退する貴族社会を使用人たちの視点から、使用人に頼りきりのくせに、彼らを"誰でもない者"と扱う階上の人々を、どこかダメ会社の重役たちのように、アメリカ人の名匠は皮肉たっぷりに描き出した。

しがらみ、見栄、プライド、古い体制への固執、新しいものへの拒絶...。こうした伝統と格式に縛られたイギリスのコスチューム・プレイに、開拓精神の国の新たな視点を吹き込んだのだ。

このアルトマンの挑戦を支えたのが、イギリス人脚本家のジュリアン・フェローズだ。本物の貴族階級出身の彼だからこそ、描くことができたリアルな世界は高く評価され、アカデミー賞脚本賞を受賞した。

このジュリアン・フェローズこそが『ダウントン・アビー』の企画・脚本・製作総指揮を務める立役者だ。

『ゴスフォード・パーク』は、殺人事件を解決するミステリーという形をとることで2時間少々の映画にまとめているが、アルトマン監督とフェローズが描こうとしたのは、真犯人の謎解きではなく、新しい時代の流れの中で変わっていく、使う者と使われる者の関係、そして格差社会という世界の縮図だ。

10数年の時を経て、フェローズは2時間の映画では収めきれなかった人間模様をダウントン・アビーという屋敷に舞台を移し、テレビドラマに"リノベーション"!

アメリカ人巨匠の視点をしたたかに取り入れて、古い貴族劇場を改築し、新しい価値を見出した。

 

舞台となる20世紀初頭は、電気や電話などの新しい技術が一般化され、新しいものと古いものが混在する時代だ。

社会を支える技術が変われば、考え方が変わり、考え方が変われば、働き方が変わり、働き方が変われば、人生が変わる。

今までの地盤が揺らぎ始め、新しいものに戸惑い、どこに向かっていいのか迷う時代こそ、前に進む勇気が求められる。それは、今の時代に通じないだろうか。新しいものに翻弄されたくないが、今までの価値観だけでは生き残れない。時代に追いつこうと頑張りすぎて疲れてしまった現代人こそ、ダウントン・アビーという世界の中で、何を捨て、何を守るべきかを再確認させられる。

魅力その2:英国の知性とプライドが宿ったお仕事ドラマ
『ゴスフォード・パーク』が、衰退していく貴族社会をどこか感じさせる作品だとすれと、『ダウントン・アビー』は何が残ったのか、何を残さなければならないのか、という観点がより濃く描かれている。

前者の貴族たちが、社員を人とも思わないダメ会社のダメ重役だとすると、ダウントン・アビーの当主ロバート・クローリー(グロンサム伯爵)は、使用人を大切にし、私利私欲よりも、ダウントン・アビーという屋敷の存続を何よりも優先させて生きている人格者だ。

 

経営者が立派だと、社員の意欲も高くなり、屋敷に対する愛が深くなり、愛が深くなれば、仕事に対する誇りを持つようになる。ゴシップや小さなゴタゴタはあるものの、基本的に使用人は主人のために最善を尽くす。このダウントン・アビーに宿る"仕事魂"が熱いのだ。

ロマンスもある、ゴシップもある。

しかし、本シリーズが女性だけでなく、男性ファンも獲得したのは、仕事ドラマとしても見ごたえあるからだろう。

仕事ができても信用されないやつ、反対に普通に仕事するだけで、誰からも一目置かれる人物、転職を考える人もいれば、今の仕事に全人生をかけてきた人もダウントン・アビーにはいる。
「労働の人生だ」というと味気ないというか、悲しい響きすら覚えるが、「働くことは、生きることだ」というとどうだろうか。

階下の登場人物たちは、愚痴や皮肉を言いながらも、誇りを持って働いている。どんな小さなキャラクターにもそれぞれのエピソードやコダワリがあり、そこには常に"働くこと"が絡んでくる。

 

さらに第2シーズンでは、第一次世界大戦という重大な転機が訪れ、時代が加速度を増して変わっていく。ダウントン・アビーを安定大企業に例えると、大企業でさえ油断はしていられないということだ。大企業ものんびり構えていては、いつ倒産するかわからない時代に突入し、生き残るためには変わらなければならない...そんなことで経営者である当主は頭を抱えるのだ。

ただ生き残るのではなく、誇りを失わずに生き残るにはどうしたらいいのか、
彼らの悩める姿に、現代社会で自分らしく働くことのヒントが見つかるかもしれない。

魅力その3:秘密とウソを使い分ける英国エレガンスの真髄
思ったことや考えたことをそのまま素直に言ったりすることは、なかなかない、皮肉と遠回しのイギリス文化は、ウソは少ないが、語られないものが多い。

まさに、秘密とウソの使い分けがうまいお国柄。

本音と建前がある日本も、かなりつかみ所がない国だと言われるが、本音を語りにくい文化という意味ではイギリスと通じるところがある。

皮肉で空気を読むようさりげなく要求し、微笑みで本音をごまかす。実は、これこそが、ドラマのミステリーを生み出す。

つまり、真犯人ではなく、"真意と真心"を探し当てるドラマなのだ。

プライドが邪魔して素直に言えない思い、謙虚なゆえに語られないさりげない優しさ。受けとる方の感度が悪くて、まったく空気が読めずに、すれ違いが生じたり、言わなかったがためにウソだと誤解が生まれたり...。ときには自分自身の心にもウソをつくことがある。

 

気持ちを素直に言葉にすることは、彼らには何よりも難しいことなのだ。
子供の頃はいとも簡単に素直になれたのに、大人になればなるほど、それが難しくなるのは、なぜなのだろうか。

英国ドラマの魅力は、この"もどかしさ"を抱えたキャラクターたちが多いことだ。素直になれないという不器用さは、どんな完ぺきな人間も、「もう、照れ屋さんなんだから!」とかわいく見せる。

本シリーズでは、人間関係のゴタゴタの先に見えるのが、この"真意と真心"だからこそ、下世話になりすぎず、エレガントなのだ。

自分と相手の立場を考えて、"言うべきこと"と、"言わないほうがいい"こと、さらには"あえて言う必要がないこと"をエレガントに判断する。

どのキャラクターも、あえて胸にしまっている秘密がある。それは他のキャラクターは知らない。知っているのは、視聴者であるあなたや私だけなのだ。

人の秘密をのぞき見ている感覚、秘密を共有しているようなゾクゾク感を絶妙に演出してくれる。
マギー・スミスが演じる先代グランサム伯爵未亡人バイオレットおばあさまは、ウソと秘密、そして皮肉を見事に使い分ける貴族チーム最強のキャラクターだ。

しかも、ウソと秘密を見分ける感度もハンパではない。何でも見抜いてしまうのだ。「言葉にしなくちゃわからない」なんてダダをこねたら、「あなたが鈍いだけでしょ」と一蹴されそうだ。

 

このドラマを見ると、大切なのは、相手の行動を見て感度を鍛え、相手を知っていくことなのだと思い知らされる。これは格差社会を描いた、ただのソープオペラではなく、どんな立場にも思いが宿る人間観察ドラマだ。

楽しみながら、いつのまにか、心根からエレガントに生きるために必要な英国式たしなみを学ぶことができる。

それぞれのコダワリを持つ『ダウントン・アビー』の住人たち。ぜひ、お気に入りのキャラクターを見つけてほしい。


『ダウントン・アビー』シーズン1 リリース情報

ブルーレイ-BOX ¥6,800+税
DVD-BOX ¥4,800+税(全7話)

NBCユニバーサル・エンターテイメントより好評レンタル/発売中
Photo:『ダウントン・アビー』
(C) Carnival Film & Television Limited 2010. All Rights Reserved.
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