アメリカで先月、エボラ出血熱の二次感染が起きた。筆者が住むカリフォルニア州ではパニックこそ起きなかったが、目に見えないウィルスの怖さと、感染を拡大しかねない保健当局の不手際に、フラストレーションと不安を人々は感じていたように思う。
エボラ出血熱に限らず、目に見えないウィルスの脅威は、これからもやむことはないだろう。危険なウィルスの研究に取り組む科学者たちは、人類の命運を分ける大きな戦いの最前線に立っているといえる。
そんな科学者たちの姿を描いた作品として、強く印象に残るのは『アンドロメダ...』という映画だ。
★『アンドロメダ...』(1971年)
『ジュラシック・パーク」などで有名なマイケル・クライトンの小説を原作に、『ウエスト・サイド物語』のロバート・ワイズ監督が手がけた本作は、厳重に密閉された地下研究施設で、未知のウィルスを調査する科学者チームの物語。
米ニューメキシコ州の片田舎に落下した人工衛星の機体に、未知のウィルスが付着していた。周辺の住民はそのウィルスの感染により大半が死亡してしまったが、なぜか老人と赤ん坊だけが生き残る。精鋭の科学者チームは、生存者を回収し厳重に密閉された地下研究施設のなかで、ウィルスの謎の解明に取り組むことになる。
地下のフロアを下りながら、汚染防止措置を一歩一歩進めていくプロセスに、まずは引き込まれる。日常から孤立した無機質な空間では、壁の色やチームのユニフォームも単色で統一。4人の主要な科学者は、デビッド・ウェイン演じる主人公を除き、おじさんやおばさんばかりという顔ぶれで、リアルだ。
そして、生存者が生き延びた理由を探る知的な面白さと、一癖も二癖もあるウィルスを相手に苦闘する独特の緊張感。閉ざされた小世界を舞台に、外の世界の運命にかかわるスケールの大きな題材を扱う面白さが存分にあった。
同様のシチュエーションを用いた作品は、決して多くはない。次に紹介する映画は、ある意味で『アンドロメダ...』とは対照的だ。
★『死霊のえじき』(1985年)
本作は『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』『ゾンビ』に続く、ジョージ・A・ロメロ監督によるゾンビ三部作の最終章。アメリカは地上にゾンビが蔓延し、人間との人口比は40万対1(!)という、圧倒的に絶望的な状況に陥っていた。そんななか、フロリダ州郊外の地下基地に、女性科学者のサラを含む少数の人間たちがたてこもり、ゾンビの研究を行っている。
研究はなかなか成果があがらず、施設を管理する柄の悪い軍人と科学者の摩擦は増すばかり。捕獲したゾンビを飼い慣らそうとする科学者は糸口をつかみかけているのだが、ギスギスした空気と、いっこうに打開策が編み出せない日々の繰り返しで、サラはすっかり疲れ果てていた。そして、ついに破局の日が訪れてしまう。
『アンドロメダ...』のハイテク施設に比べて、自然の洞窟を利用したと思われる本作の地下基地はなんとも荒んでいて、人間が崖っぷちに追いやられている感が半端ない。しかもこの映画では結局、科学は人類を救えないのだ。
以上、図らずも、科学者の勝利と敗北を描いた2作品を紹介したが、閉ざされた舞台の面白さを生かした科学者主体のお話はもっとあっていいと思う。ようやく今年に入って登場した新作が、『HELIX -黒い遺伝子-』だ。
★『HELIX -黒い遺伝子-(読み:ヘリックス クロイイデンシ)』(2014年)
今年の1月から、米Syfyチャンネルで放送された本作は、北極のバイオ研究施設で起きたウィルス感染の謎を描くサイエンス・スリラー。未知のウィルスと、凶暴化した感染者が繰り出す恐怖を二重に畳みかけることで、上で紹介した2作品両方の魅力を取り入れたような設定になっている。
ウィルスの感染が発生したという知らせを受けて、疾病対策予防センター(通称CDC)の科学者チームは、北極の研究施設に調査に向かう。そこで見つかったのは、人類を破滅に追いやる可能性のある新種のウィルス。背後にひそむ巨大企業の思惑もからみ、やがて目を覆うような惨劇が引き起こされる。
ウィルスの感染者は、本作では「ベクター(媒介者)」と呼ばれる。正気を失って凶暴化し、俊敏な身のこなしと怪力を発揮する。そして、強い感染力をもつ黒い体液をまきちらしながら、人間たちに次々と襲いかかり、新たな感染者をつくりだすのだから始末に負えない。
そう、ベクターはいわば、『ワールド・ウォーZ』や、『ドーン・オブ・ザ・デッド(2004年)』、『28日後...』に出てきた、猛然と駆け足で人間に襲いかかるゾンビみたいなものだ。グロい描写がけっこうあるので、スリラーを超えてホラーだよこれ!と感じる人もいるかもしれない。
その一方で、登場人物たちの織りなす人間模様も大きな主軸となっている。チームリーダーのアランは、研究施設にいる弟のピーターが感染者のひとりだと知って気が気でない。チームメンバーであるアランの元妻ジュリアは、ピーターと親密な関係になってしまった過去があり、今もアランとの間に気まずい空気が漂う。
そして同じくチームに加わったサラは、恩師アランに思いを寄せており......と、事情は複雑。しかも、登場人物みなが意外な秘密を抱えており、最後の最後までサプライズが待ち受ける。
研究施設のハタケ所長役として、真田広之がレギュラー出演しているのも見逃せない。ウィルスの秘密を知る重要な役柄で、全話に登場する。最初はミステリアスな印象だが、徐々に内に秘めた感情がおもてに表れるようになり、そこが本作の見どころにもなっている。
舞台となる研究施設は、『アンドロメダ...』級、もしくはそれ以上のハイテク施設だが、さらにユニークな特徴がある。巨大施設の外側は、どこまでも真っ白な極寒の地が広がっており、いわば二重の閉鎖環境になっているのだ。物語は施設周辺の村落に暮らすイヌイットも巻き込んで進展するので、13話を通して単調な感じは抱かせない。
研究所員の私室では、晴れた日には白銀のまばゆい光が窓から差し込み、不思議な開放感を味わわせる。この感覚は音楽にもいえることで、ときに使用される往年の軽快なポップスが、かえって映像の恐怖を引き立たせている。
そんなユニークな舞台で、どんな惨劇が引き起こされるのか。一話ごとに一日が経過する形式を採用し、物語を巧妙にヒートアップさせていった本作は、アメリカでは好調な視聴率を維持した。すでにシーズン2の放送も決定ずみだ。
放送局のSyfyは、かつての看板番組だった『バトルスター・ギャラクティカ』が2009年に終了してからというもの、本格的なドラマ作りからはしばらく遠ざかっていた。しかし最近、再びクオリティの高いドラマ製作に本腰を入れており、『HELIX -黒い遺伝子-』をその先駆けとして位置づけている。それだけに、SFサスペンス系のドラマが好きな人はチェックしておくといいだろう。
Photo:『HELIX-黒い遺伝子』(c)2014 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.