『ブロードチャーチ ~殺意の町~』 疑い始めたら止まらない! ミステリーの本場イギリスが仕掛ける巧みな疑惑のワナ

一人の少年の変死体が、小さな町の日常を壊していく......。
英国で驚異的な視聴率を叩き出した大ヒットミステリー『ブロードチャーチ ~殺意の町~』。同国では初放送当時、「誰が犯人なのか」と盛り上がり、ちょっとしたブームになったほど。さらに、批評家たちからの評価も高く、"英国TVを代表するドラマの一つ"と称された。現在は、シーズン3が待機中だ。

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悲劇の先に何が見えるのか。
ミステリーの本場英国が、緻密に疑惑を織り込んだ物語。その魅力の紐を解いていこう。

 

■すべては、少年の死から始まった...

舞台は、イギリス南西部にある小さな町。美しい海岸線が広がる海の町で、夏の観光シーズンでその経済は成り立っている。

想像してほしい、日本のどこかにある素朴な海岸沿いの田舎町を...。
梅雨が終わり、いよいよ夏の到来。町も観光で活気づく矢先に、海岸で少年の遺体が発見された...しかも、地元の少年。それが全国ニュースになれば、小さな町の日常は一変する。
遠い国の話だが、大都市と田舎の格差がある国ではどこでもありえる話だ。しかも同じ島国のイギリスなので、より田舎と都会の関係など想像しやすい。東京などの都市部から、車で3時間弱で行ける風光明媚な観光地。

本作の舞台となる架空の町ブロードチャーチは、そういう町だ。都会より、コミュニケーションが密で、時間の流れがゆるやかで......。
そこで事件が起きた。しかも、町では前代未聞の殺人事件。
被害者は、近所の人なら誰もが知っている8歳になる地元の少年だ。

町の住民は、ほぼ顔見知りという小さなコミュニティだ。当然、動揺が広がる。外から侵入した殺人鬼の仕業なのか、この町に住む人間が殺人鬼なのか。
もし、この町の住民ならば? 隣に殺人鬼が住んでいるかもしれない不安に揺れ、友人同士、疑いの目を向けることになる...。
容疑者は、少年の関係者全員。それは被害者家族も例外ではない。
毎回、その疑いの粉が振りまかれ、誰が犯人なのかドギマギする......と、ここまでの説明では、よくありそうな犯罪ミステリーだろう。
しかし、このドラマは、典型的な犯罪ミステリーという顔を持ちながら、"真犯人"捜しは大本命ではない。これはある意味、"エサ"なのだ。その証拠に、シーズン1で"真犯人"は明らかになったにもかかわらず、その後のシーズン2の人気も健在だ。

 

■小さな世界を崩壊させる、大きな波紋を描く

シーズン1が根底で描いていくのは、コミュニティの崩壊だ。
家族のような町、そして家族という最も身近なコミュニティが、殺人事件という悲劇によって崩れ始める。
二人の刑事が捜査を進めるにつれ、一つずつ"何か"が壊れ、秘密が暴かれ、当たり前だったものが、音を立てて崩れていく。
"普通の人"などいない。誰しもが、秘密と過去を抱え、毎日を生きるために何かを封印している。犯人捜しのミステリーから端を発したこの物語は、次第に登場人物たちの素顔を明らかにしていく群像劇へと変わっていく。
殺人事件の捜査だけでなく、事件の周辺の人々の、それぞれの物語が絡んでくるのだ。悲しみ、痛み、焦り、不安など、彼らは本当のところ、何を心の奥底に抱えているのだろうか。観る者は、いつしか、真犯人と同時に、登場人物たちの本心が気になり始める。

従来の犯罪ミステリーは、真犯人に向かって、何本もの道がのびていく。蛇行をくり返し、まるで迷路のように。真犯人というゴールに到達すれば終わりだ。
だが、このドラマは、真犯人は一つの通過点でしかない。

少年の死という石を投げ込み、幾重にも広がる波紋。
この波紋が町全体を覆っていくイメージだ。
第1の輪、第2の輪...と一話ごとにその波紋を追い、事件がどのような影響を人々に与えたかを描いている。たとえ、真犯人を捕まえたところで、大切な人を失った悲しみはチャラにならないのだ。そこからまた別の苦しみが生まれる...。
犯人が逮捕されても、まだ事件は終わらない。だからこそ、このドラマには、よくある"真相の引き延ばし作戦"は不要なのだ。

 

■人生を変える事件、そこから動き出す人間関係

悲劇は人の人生を変える。
ある事件をきっかけに、過去を振り返り、現在が変わり、未来が見えなくなる。
事件の容疑者にされた登場人物たちは、今までの"平和な日常"を失っていくわけだが、その様子を英国の芸達者な俳優たちが見事に演じている。
ひとり、ひとり、その人の物語がそのまま一本のドラマになりそうな濃いバックグラウンド。そんな秘密を持ちながら、すべてを語らず、片鱗を見せる、ちょい出し演技がこれまた絶妙。誰が犯人でもおかしくない雰囲気を出している。

そして、強者ぞろいのアンサンブル・キャストたちのウソと真実を見極めていくのが、デイヴィッド・テナントとオリヴィア・コールマンが演じる対照的な刑事コンビだ。
デイヴィッドは、10代目『ドクター・フー』を演じているほか、名門ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに参加し、舞台『ハムレット』で高い評価を得る大スター。『ドクター・フー』以降の本格主演である本ドラマでのアレック役は新たなアタリ役となった。
そしてオリヴィアもまた英国ではトップ女優。コメディからシリアスまで何でもこなす芸達者ぶりで、舞台、テレビ、映画とオールマイティに出演する実力派女優としてリスペクトされている。2014年、英Radio Timesが選ぶ「テレビ界で最も影響力のある女性」で、局の重役たちを押さえ、トップに選ばれるほどの人気だ。人情味あふれるルックスで、表情が豊かなのが魅力的! 本作でも、陰鬱な空気の中で、オリヴィア演じるエリーの存在が、ある意味、癒し処となっている。

まず、デイヴィット演じるアレック・ハーディ刑事は、大都市の警察にいたため殺人事件の捜査も豊富。自分のルールで捜査を進める敏腕刑事だ。しかし、過去にある殺人事件で失態を演じ、田舎の警察に都落ちした......という"ワケあり"キャラ。それに対し、オリヴィア演じるエリー・ミラー刑事は、地元しか知らず、教科書通りの捜査を進めるタイプ。
いつも気難しい顔をしているアレックと、庶民的で親しみやすいエリーというまったく違うタイプの二人が、事件を追いながら、少しずつ絆を築いていくのが見どころの一つ。
小さなコミュニティで、全員が容疑者になる......すべてを疑う方針のアレックに反発し、疑うよりも信じたいと思っていたエリーが、いつのまにかアレックの影響を受けて、本物の刑事へと成長していくのだ。
そして、事件は二人の人生をも変えていく...。

事件捜査、容疑者たちの秘密、そして二人の刑事の絆と、とにかくいろいろなドラマが凝縮されたシリーズ。
細部にまで仕掛けが施されている、油断も隙もないドラマだ。ただし、一度手を出したら、最後まで一気に観たくなるので注意しよう!

 

『ブロードチャーチ ~殺意の町~』は、11月4日(水)よりDVDリリース開始。

Photo:
『ブロードチャーチ ~殺意の町~』 (C)amanaimages
デイヴィッド・テナント (C)amanaimages
オリヴィア・コールマン (C)WENN/amanaimages
『ブロードチャーチ ~殺意の町~』 (C)ITV Network Ltd & Kudos Film and Television Ltd 2013