「俺はビョーキで変人だから、一般的な映画とは相容れない世界観を持っている。俺の世界を構成しているのは、貧乏人、ドラッグクイーン、金持ちと映画スターたちだ」と語るのはリー・ダニエルズ。2009年の映画『プレシャス』でアカデミー賞作品賞、監督賞にノミネートされた彼は、まさに独特の世界を築いている。
その世界は、決して美しいものではない。貧困生活を送ったり、親から虐待されたり、人には言えない秘密を持っていたり、誰かを傷つける人たちが登場する。
製作1作目となったのは、ハル・ベリーに黒人初のアカデミー賞主演女優賞をもたらした『チョコレート』（2001年）。死刑囚の夫と、息子を立て続けに亡くした女性レティシアは、事故に遭った息子を病院へ運んでくれた男性ハンクと関係を持つようになる。しかし、その男性は実は夫の死刑を看取った看守だった...。息子の事故死を悲しむレティシアは、その少し前に同じく息子を亡くしていたハンクと激しく求め合う。絶望の中で、もう一度、生きているという実感を味わうために。人種差別意識の強い地域での白人と黒人の愛、死刑囚、複雑な親子関係といったデリケートなテーマに正面から向き合った同作は、アカデミー賞をはじめとしたアメリカ国内だけでなく、ベルリン国際映画祭や日本アカデミー賞など他国でも高い評価を受けた。
そして2005年、ダニエルズは45歳の時に『サイレンサー』で監督デビュー。アカデミー賞助演男優賞に輝いているキューバ・グッディング・Jrを主演に迎え、母を暴力的な父に殺された少年が殺し屋の女性に育てられ、彼女と仕事で組むようになった末に人間らしく生きようとする様を綴った。キューバに「誰よりも演じるということを僕に教えてくれた。キャメロン・クロウやジェームズ・L・ブルックスと同様に、彼も自分の求めるものに対して絶対に妥協しない監督だ」と言わしめたダニエルズは、気に入った意見は柔軟に取り入れるが、自分が必要だと思ったものは周りに反対されようとも撮る。
そんな彼の存在が大きく知られるようになったのが、前述の『プレシャス』。この監督2作目では、母親にこき使われ、父親からは性的虐待を受けている16歳の少女が、フリースクールでの教育を通して自分を発見していく姿を描く。「プレシャス（宝物）」という名前に反して過酷な生活を強いられてきた主人公は、数年前に生み祖母が育てている娘にはなかなか会えず、働かずに生活保護で暮らす母親に日々いじめられ、二人目の子どもを妊娠させられた父親からはエイズをうつされるなど、これでもかというほどの不幸を背負わされる。そんな彼女にできたのは空想の世界に逃げることだけだったが、優しい教師との出会いを機に現状から抜け出そうと努力していく。
『サイレンサー』にも『プレシャス』にも虐待される子どもが出てくるが、これは父親から虐待されていたダニエルズ自身の体験を元にしている。幼い頃から世界の暗部を身をもって知る彼は、そこから決して目をそらすことなく、むしろ切り込んでいく。
そんな彼の才能はスターも惹きつけ、監督3作目の『ペーパーボーイ 真夏の引力』にはニコール・キッドマン、ザック・エフロン、マシュー・マコノヒー、ジョン・キューザックら豪華な顔ぶれが出演。死刑囚と恋仲になる女性シャーロット役のニコール、彼女に惹かれていく青年ジャック役のザックをはじめ、それぞれが従来のイメージを大きく覆すようなキャラクターを演じて人間の狂気と本性を映し出した同作も、それまでの作品同様に大きなインパクトを放っている。
そのダニエルズがクリエイター、製作総指揮者として2015年にスタートさせたドラマシリーズが『Empire/エンパイア 成功の代償』。音楽業界という華やかな舞台を扱ってはいるが、その中身はこれまでと同じく、親子、夫婦、恋人、友人といった人間関係の愛と憎しみ。認められたい、成功したい、という形で相手の愛を求める登場人物たちは、裏切りや暴力も厭わずに望むものを手に入れようとする。そんなキャラクターであっても魅力的に描けるのがダニエルズの巧さだ。現在は『Empire』に続いて、ガールズグループを主人公にした『Star（原題）』という音楽ドラマも手掛けている。
時に目を背けたくなるほどのリアリティと愛をもって、誰にも真似できない形で人間を見つめるダニエルズ。そんな彼が紡ぎ出すストーリーはこれからも人々に衝撃と感動を届けるだろう。
＜作品情報＞
『Empire/エンパイア 成功の代償』はPlayStation™Videoで配信中！
字幕版はこちら／吹替版はこちら
＜人間ドラマが好きならこちらもオススメ！＞
★『大統領の執事の涙』（字幕版）
リー・ダニエルズの監督4作目。7人の大統領に仕えてアメリカの歴史を目撃してきたある黒人執事と、その家族の人生を描く
★『トゥルーディテクティブ』（字幕版）
人間に潜む闇を描いてエミー賞をはじめ数々の賞を獲得した犯罪サスペンス。シーズンごとに別の登場人物、ストーリーが描かれるアンソロジー形式
★『ブロードチャーチ〜殺意の町〜』（吹替版）
イギリスの海辺の町で発見された少年の死体。誰が彼を殺したのか...。人間の暗部を描き英国アカデミー賞3冠に輝いたサスペンス
Photo：
リー・ダニエルズ (C)Ima Kuroda/www.HollywoodNewsWire.net
『チョコレート』 (C) ZUMA Press/amanaimages
『サイレンサー』 (C) Everett Collection/amanaimages
『プレシャス』 (C) Retna USA/amanaimages
『ペーパーボーイ 真夏の引力』(C) Capital Pictures/amanaimages
『Empire/エンパイア 成功の代償』 © 2015 Twentieth Century Fox Film Cprporation. All rights reserved.
