DCドラマ×怪獣!!ゴジラを生んだ巨匠・本多猪四郎を演じた舞台裏(後編)

(※注意:このコラムの文中のキャラクターの名称や、監督名・俳優名などは、原語または米語の発音に近いカタカナ表記で書かせて頂いています)

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通常、米国のドラマの撮影日数は一話につき8日間。僕が与えられた本多猪四郎監督の役は、このエピソードで起きる事件の中心人物だった。長短合わせて10シーンほどある僕の出番は、4日間で撮り上げるスケジュールが組まれていた。10シーン前後を4日間でなら、割と余裕があるように感じられるかもしれないが、セリフのほとんどが英語であり、それを1週間で自分の血肉とし、さらに実在の人物を研究するには決して十分な時間ではなかった。

撮影地のカナダに入ると、監督のアレクサンドラ・ラ・ロチェさんと対面した。
彼女は開口一番、

「あなたは私のトップチョイスだったわ!」

と言ってくれた。

ケト・シミズさんと共同で脚本を手掛けたオバー・モハメドさんも、

「オーディションで、この物語の起きているのは何年か?と聞いてきたのはあなただけだった。そこからすでに違っていた」

と印象を聞かせてくれた。

 

たとえ架空のストーリーであっても、準備時間が限られていても、日本が誇る黄金期の映画監督の経歴に基づいて演じるからには、その人物にできるだけ近づきたい。

役作りには、「ISHIRO HONDA: A LIFE IN FILM, FROM GODZILLA TO KUROSAWA」(Steve Ryfle、Ed Godziszewski共著)という伝記本と、「無冠の巨匠 本多猪四郎」という書籍をベースにした著者の切通理作さんと映画評論家の町山智浩さんによる対談の動画が大きな手掛かりになった。
前者には本多監督の撮影時のエピソードやご本人の言葉(英訳)の他に、撮影時のスチール写真が多数掲載されており、若き日の監督の顔つきや眼力、撮影の際に着ている服や帽子、手に持っている台本、その人となりを垣間見ることができた。後者の対談動画では、監督の戦争体験や社会を見つめる目線、抱えている葛藤や精神、作品群に顕著に現れた独自性が詳しく解説されていて、とても興味深く学ぶことができた。そして幸運にもネット上には、本多監督の晩年の長尺のインタビューがあり、真面目さ、誠実さ、原爆とゴジラの繋がり、そこにいかに熱意をもって取り組んだかが語られていた。

本多監督が『ゴジラ』を撮るにあたり、

「(スタッフが)こんなもの、これぐらい、っていう気持ちで、迷いを持ちながら作ったら絶対ダメだから」

と捉えて取り組まれた信念に最も胸を打たれ、僕もその思いを踏襲し、ライトでコミカルな作風のスーパーヒーロードラマであっても、自分自身は真剣一途に、怪物に直面し驚愕する人物像をドラマに持ち込もうと心に決め、全力で臨んだ。

本多猪四郎監督ご自身は、中国大陸での戦線からようやく復員してきた時に、東へ向かう列車の中から、すべてが焼けて失われた広島の惨禍の街を実際に目の当たりにしている。戦地での命の駆け引き、庶民の苦しみなどが、ドキュメンタリー的に本多監督作品の中に生かされている。

これらの資料を踏まえた上で今回のドラマの脚本を読んでみると、脚本家たちがかなり深い部分に至るまでリサーチをしてストーリーを創作したことがよくわかった。ト書きに『青い真珠』という本多監督のデビュー作のタイトルがあったり、セリフの中に(結果的に編集でカットはされたが)"Ise Shima/伊勢志摩"という、『青い真珠』の撮影地の名前が含まれていたりした。脚本に敬意を注ぎ込んだシミズさんたちの本多監督と怪獣映画への熱意と、心の琴線に触れる題材を選んでストーリーを紡いだ勇気に応えたい、そういう思いが強まった。

エピソードのタイトルは「Tagumo Attacks!!!」。つまり、怪獣タグモが襲ってくる!という意味。舞台が日本な上、ゲスト主役という責任ある立場もあって、撮影の前段階から撮影後のポスト・プロダクションに至るまで、思いついたアイデアは積極的に提供した。

 

このエピソードに貢献できた、主な点が3つある。

まず1つ目は、この物語で現れる大怪獣「Tagumo:タグモ」の名前だ。

実は、撮影前の段階ではこの名前は「Takumo:タクモ」だった。この怪獣はジャイアント・ランド・オクトパス(巨大な陸上ダコ)だと、僕演じる本多監督が説明するシーンがある。ゴジラの名前がクジラとゴリラの掛け合わせだという逸話と同様、この巨大ダコの名は蛸(たこ)と蜘蛛(くも)の掛け合わせであることは明らかだ。
(※ 大ダコは、『ゴジラ』の特撮を手掛けた円谷英二氏が初期に抱いていた怪獣の案でもあったので、そんな要素もこの物語には織り込まれたのだろう)

僕はこう考えた。

◆日本語では、地蜘蛛や女郎蜘蛛のように、"地(じ)"と"蜘蛛(くも)"、"女郎(ジョロウ)"と"蜘蛛(クモ)"という2つの言葉をつなげると、「クモ」は「グモ」と濁音で発音される。

◆単に耳への響きを考えても、日本語では「K」の子音は軽い感じを与え、「G」はおどろおどろしい印象になる。

◆ゴジラ、キングギドラ、ガイガン、ギャオス、ギロンなど、日本産の怪獣にはGの音を含む名前も多い。

それらの理由を挙げつつ、タクモよりもタグモの方がより怪獣らしい名称になるので、ドラマの中で僕は「Tagumo」と発音したい!とケト・シミズさんにメールで伝えた。怪獣の名前にまで口を出してもいいものか!?と不安もあったが、作品のために考えたことなのだから検討の価値があるはず...と祈った。

すると、返事がすぐに返ってきた。

「いいアイデアね! もちろんそう発音していいわ。脚本も書き換えて、皆もあなたと同じように発音するようにしましょう。この怪獣はあなた(本多監督)が名付けるんだから」

ほどなくその日のうちに、新たな脚本のドラフト(草案)がメールで届いた。表紙にあったタイトルも、ページ中のセリフも、すべて「Tagumo」に変更されていた。この動きの速さには本当に驚いたし、自分も「作り手」の一員なんだ、と肌で責任を感じることができた。

いち外国人俳優の意見でドラマのエピソードのタイトルまで(一部ではあるが)変わったという展開は、非常に珍しい例なのではないか? 勇気を出して本当に良かった。読者の皆さんも試しに「タクモ」と「タグモ」を発音して比べてみてほしい。Gの方が、言葉として力も込めやすい。それが演じる際にも助けとなり、名付けた自負も追い風になってくれた。

『ゴジラ』は東宝で極秘のプロジェクトとして話が進められていた当時、『G作品』と呼ばれていたという史実もあることだし、この「Ta"G"umo」の命名は今振り返っても誇らしい。

 

2つ目は、僕のラストシーンの言葉だ。

ドラマの最後の最後に、本多監督がつぶやく重要なセリフがある。もともとは英語で書かれていたが、日本語で言った方がリアリティが増すと思い、そう変えてはどうかと提案してみた。日本で起きている事件であるという臨場感が英語圏のファンにより伝わると思ったのだ。

この『レジェンド・オブ・トゥモロー』ではシーズン2で侍の時代を描いたエピソードがあるが、その際に演じたのは英語を母語とするアジア系俳優たちで、セリフはすべて英語だった。基本的に、外国人キャラクターが登場しても、すべて英語で演じられてきたのがこのドラマのスタイルだったのだ。

しかし、シミズさんはこの"日本語セリフ"案にも

「このキャラクターに相応しい、素晴らしいエンディングになるわね!」

と賛同してくれた。

シーズン4第5話「Tagumo Attacks!!!」で、本多監督が登場するシーンの一部を「日本語セリフ&英語字幕」で放送する決断をしてくれたのだ。

それでも、実際の撮影では念のため、日本語のテイクと英語のテイクの2バージョンを撮った。どちらのバージョンを使ってくれるかはわからなかったが、結果的にこのラストシーンのセリフは日本語版が採用された。予告編にもその音声が使用され、全米のネットワークで流れることになった。

3つ目は、日本語のアドリブが劇中でいくつも生かされたことだ。

撮影中、監督から「(このショットでは)こういう内容を日本語で言って欲しい」とリクエストされることが何度かあった。とはいえ、求められた内容をそのまま日本語訳すればいいというわけではなく、このエピソードの設定である1951年当時の映画監督たちが口にしそうな言い回しや口調でないと説得力がない。カメラが回る直前に、急ぎ言葉を考えて発するのはリスクがあるが、懸命にそのリクエストに応じた。

しかし、僕が放ったアドリブは脚本にはないものだし、編集担当者には僕が何を言っているかが当然解らない。そうすると、どこをカットし、どこをつなげていいかが判断し難いはずである。そこで撮影後に、自分がどのショットでどんな内容を話したかの説明と、それに英訳も添えてスクリプター(記録担当者)にメールで伝え、編集者に転送してくれるようにお願いした。

この作業をしたことで、僕の日本語セリフと英語字幕の内容が大きくズレてしまうことは防ぐことができた。言葉と言葉が変な箇所でつながってしまうことも避けることができた。

英語圏の視聴者には「日本語っぽい音」が聞こえてくるだけで雰囲気が出るだろうが、日本の怪獣映画ファン、海外ドラマファン、DCファン、アメコミファン、SFファンが観てくれることを考えれば、細かな違和感、細かなミスは極力避けたい。しかし同時に、撮影中はともかく、ポスト・プロダクションに至るまで俳優個人の意見を通すには、それだけの信用を築いていなければ通るものも通らない。それが叶ったのも、嬉しかったことの一つである。

共同ショウランナーのフィル・クレマーさんとケト・シミズさん、そしてコンサルタント・プロデューサーのマーク・グッゲンハイム氏(グレッグ・バーランティ氏と共に"ARROWVERSE"を築いてきた大御所)が率いる『レジェンド・オブ・トゥモロー』の制作チームは、皆さんが本当に寛大で優しく、冒険心に溢れていた。そのワクワクしたムードはそのまま作風に表れている。

 

この「Tagumo Attacks!!!」は、デジタル配信ですでに日本でも見ることができる。
(詳細はワーナー海外ドラマエクスプレスでご確認を)

11月19日の全米放送日、エグゼクティヴ・プロデューサー兼脚本家のケト・シミズさんは、

「Tonight, the mighty Tagumo attacks!!! Our love letter to Kaiju movies and their creator Ishiro Honda.」

(今夜、巨大なタグモの襲来!!! 怪獣映画、そしてそれらを生み出した本多猪四郎さんへの私たちからのラブレターです)

とツイッターで書いた。

彼女の思い、製作陣、スタッフ、キャストの心意気が一人でも多くの視聴者、特に日本の特撮・怪獣ファンやアメコミ原作ドラマファンの皆さんに届くようにと願ってやまない。

(文・写真/尾崎英二郎)