1959年より、5シーズンにわたって放送されたオムニバス形式のドラマシリーズ『トワイライト・ゾーン』(日本では『ミステリー・ゾーン』のタイトルで放送)。最も愛されたSFドラマの1つであるこのシリーズだが、実は実際に起きたある殺人事件がきっかけで製作に至ったことはあまり知られていない。(米Screen Rantより)
1960年代初頭、このアンソロジーシリーズはパラノイア(偏執病、妄想症と言われることもある精神障害)や社会不安、ホラーを題材にしていた。
クリエイターのロッド・サーリングは、テレビはメディアとして社会的な活動を行う必要があると考えていたという。あるインタビューで、サーリングは「作家の役割は、人々の意識を動かすこと…。芸術を社会批判の手段として、その時代の問題に焦点を当てなければならない」と語っていた。
そして、この信念を持つサーリングに『トワイライト・ゾーン』を作るきっかけを与えたのが、1950年代にミシシッピ州で起きた黒人少年の誘拐・殺人事件だった。
1955年、エメット・ティルという14歳の黒人少年が白人女性に口笛を吹いたという理由で誘拐され、殺害された。容疑者は先述の白人女性の夫ロイ・ブライアントと彼の兄弟のJ.W.ミラム。二人がエメットを連れ去る所は目撃されていたが、白人ばかりの陪審員たちは彼らに無罪の判決を下した。この事件は全米を揺るがし、公民権運動を後押しした。
この犯罪に恐怖を感じたサーリングは、テレビ作家として『The United States Steel Hour(原題)』というシリーズの中でエメットの事件を題材にしたエピソード(「Noon on Doomsday」)を製作。しかし、当時の彼のそのような姿勢はTV局の重役や広告主からことごとく拒絶され、また、サーリングについて書かれた本「Rod Serling: His Life, Work, and Imagination(原題)」によると、エメットの事件を題材にしたサーリングの脚本に対し、抗議の手紙や電報が約15,000通も届いたという。サーリングは殺人の場所や登場人物の人種を変更したが、それでも不十分とされ、プロデューサーからは原型を留めない形に書き換えるよう要求された。
このような検閲を受け、サーリングは巧妙に社会的な主張を込めたSFホラーシリーズを作ることを思いつき、『トワイライト・ゾーン』が誕生するに至ったのだ。サーリングが信念を持って製作した『トワイライト・ゾーン』は、60年以上の時を経た現在も強く支持されている。
(海外ドラマNAVI)
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