『サイドウェイ』『ファミリー・ツリー』監督アレクサンダー・ペインのトークイベントも!トライベッカ映画祭現地レポート

毎年約300万人が来場すると言われるトライベッカ映画祭。アメリカ同時多発テロ事件の被害を受けたニューヨークを元気付けようという目的で、映画プロデューサーのジェーン・ローゼンタールや俳優のロバート・デ・ニーロなどによって2002年から開催され、今年で17回目を迎えます。

ハリウッド映画のロサンゼルスに対してインディーズ映画のニューヨークと言われるほど、実はニューヨークも映画ビジネスがとても盛ん。CGなどを駆使してダイナミックさが売りのハリウッドとは対照的に、より物語性(ストーリー)を重視しているところがインディーズ映画の特徴です。そのストーリーをどのように製作者が切り取り、観客に伝えるか。これをアメリカではナラティヴ(narrative)と言い、インディーズ映画の核になります。

そんなニューヨークでナラティヴに特化した賞を手に入れるチャンスがあるこの映画祭は今や、新興の若い映画製作者たちにとっては登竜門の一つ。ドラマ、ドキュメンタリー、短編など毎年1万点以上の作品の応募の中から、なんと1500本以上の映画が上映されているそうです! さらにその多くがワールドプレミアや北米プレミアの作品というところも魅力的。

 

さて、第17回となる今年は4月18日から29日まで、トライベッカにある映画館やイベントホールなど7箇所で同時開催されました。審査員は、ジョシュ・チャールズ(『グッド・ワイフ』)、ジャスティン・バーサ(『The Good Fight/ザ・グッド・ファイト』)、ノーマン・リーダス(『ウォーキング・デッド』)、ゾーシャ・マメット(『GIRLS/ガールズ』)などドラマファンにもおなじみの豪華メンバーを含めた35名。

日本からは『Ryuichi Sakamoto: Coda』など多様な作品が揃っていた中、見事受賞した作品と製作者は以下の通り!

【USナラティブ・コンペティション部門】(※全て原題)
■最優秀USナラティヴ作品賞:『Diane』
■最優秀女優賞:アリア・ショーカット『Duck Butter』
■最優秀男優賞:ジェフリー・ライト『O.G.』
■最優秀脚本賞:ケント・ジョーンズ『Diane』
■最優秀撮影賞:ワイアット・ガーフィールド『Diane』

【インターナショナル・ナラティヴ・コンペティション部門】
■最優秀インターナショナル・ナラティヴ作品賞:『Smuggling Hendrix』(ドイツ)
■最優秀女優賞:ジョイ・リーガー『Virgins』(フランス、イスラエル、ベルギー)
■最優秀男優賞:ラスムス・ブルーン『Saint Bernard Syndicate』(デンマーク)
■最優秀脚本賞:ラーク・サンダーホフ『Saint Bernard Syndicate』(デンマーク)
■最優秀撮影賞:アルバート・サラス『Obey』(イギリス)

ほかにも、ドキュメンタリー部門、短編部門、新人監督部門、新人ドキュメンタリー監督部門などがあります。

最優秀USナラティヴ作品賞を含め3つの賞を受賞した『Diane』のケント・ジョーンズは、実はニューヨーク映画祭の執行役員。これまでに手掛けていたのはドキュメンタリー作品ばかりで、本作は自身初の脚本・演出の映画とのこと! 『Diane』は周りの要求に振り回される人生を送ってきた利他的な70代の未亡人女性ダイアンが自分のアイデンティティに向き合わされる...というシリアスドラマ。なんだか考えさせられるテーマですね。

コンペティションで新進気鋭の映画監督や脚本家の作品をいち早く観ることができるほかに、業界内の著名人によるトークセッション、2012年と早い段階からVRを取り入れてきたイマーシブストーリーテリングの体験コーナーもトライベッカ映画祭の見どころの一つ。

そんな多数のコンテンツの中から、今回は『サイドウェイ』や『ファミリー・ツリー』の監督アレクサンダー・ペインのトークイベントに行ってきました!

ペインといえば、アメリカ社会に対する風刺やブラックコメディの作風が特徴の57歳のダンディな映画監督。2004年のロードムービー『サイドウェイ』で受賞したアカデミー賞脚色賞とゴールデン・グローブ賞作品賞を皮切りに、2011年に『ファミリー・ツリー』で再びアカデミー賞脚色賞を獲得、2013年には故郷(現在も住んでいるそうです)をセットにした『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』ではカンヌ国際映画祭のパルム・ドール(最高賞)にノミネート、と輝かしい経歴を持つペインですが、実は今まで自身で監督した長編映画はなんと7作品のみ!

ほかの代表作は、アカデミー賞脚色賞に初めてノミネートされた社会派ブラックコメディ『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』、マット・デイモン主演の環境問題をテーマにしたコメディ『ダウンサイズ』、ジャック・ニコルソンがゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞した『アバウト・シュミット』があります。

早速イベント開催地のチェルシーにあるSVA Theatreに着くと、入り口にはレッドカーペットとバックパネル、そして目の前には著名人が乗っていそうな高級車があり、いわゆる映画祭のイメージ通りでワクワクしながら中に入ります。

ロビーはそこまで広くなく、ペイン監督のトークイベントも残念ながら満席ではありませんでしたが、映画関係者のほか、将来映画業界で活躍することを夢見る学生や若者で賑わっていました。

インタビュアーを務めるのは、ベテランコメディアンで、過去にホストを務めたテレビ番組でエミー賞の受賞歴があり、ペイン監督と同じくネブラスカ出身のディック・キャベット。キャベットのマイペースでジョークを交えた進行により、二人の会話は終始リラックスした雰囲気で、あっという間の1時間でした! そんなトークの一部をお届けします!

 

キャベット:インタビューをする時に、好きな映画とかいった野暮な質問はするなと昔聞いたことがあってね 。で、好きな映画は?(笑)

ペイン:300もあるよ! 例えば挙げるとしたら『七人の侍』かな。

キャベット:黒澤明に会ったことがあるよ。何を話したか詳しくは覚えてないんだけど、「なんで日本よりも海外で評価されていて人気なんだと思う?」と聞いたら、「自分も不思議だよ」と言ったんだよ。いやー、本当に素敵な男だよ。ところで、『アバウト・シュミット』で主演のジャック・ニコルソンと仕事してみてどうだった?

ペイン:監督としてとても仕事しやすかったよ。やってほしいことを彼は全てやってくれるんだ。監督っていうのは何を言いたいか考えてから、指示を出さなきゃいけないんだけど、大体どう動いたらいいか言葉にするのは難しい。けど、彼はやってくれるんだ。クランクイン前にジャックと過去に仕事をしたことがある別の監督にアドバイスを求めたら、「ただ真実を伝えればいい。彼は感じ取ってくれるよ」ってアドバイスをもらった。それ以降はほかの作品でも真実を伝えるようにしているよ。

キャベット:僕が俳優として『ビートルジュース』に出ていた時、監督が伝えようとしていることをある役者が理解できない時があったんだ。役者がやって見せても自分の求めてるものじゃない時、どうやってクビにする?

ペイン:もっと経験があったらと思うけど、一回しかクビにしたことがないんだ。それもリハーサル中だったから。何よりもいいキャスティングをすることが大切で、もちろんベストを作りたいけど、大体はあるものでやるしかないのが現実だね。目玉焼きを作ろうとしても、途中からスクランブルエッグにするしかないんだよ(笑) 映画の撮影現場では何かしらあるんだよ。雨が降ったりね。ぞっとすることだらけだよ。

キャベット:もし今『ネブラスカ』を作ったとしたら何か変わるかな? 舞台設定はいつでも良いとして。

ペイン:監督としてオープンだったら、歴史の"風"が吹いてきて影響を受けることは避けられないと思うんだ。それがどういう風に作品に影響をもたらすかはわからないけど、僕はできる限りその"風"を感じて受け入れるようにしている。カメラで撮影するというのは、自分の周りに飛んでいる歴史の分子を捉えて、カメラの枠に収めることなんだ。2012年、当時の不況をカメラで捉えようとしてネブラスカの小さい町で 撮影したりしたよ。

前にイタリアのボローニャで開催された、古い映画だけを上映する素晴らしい映画祭に行ったんだけど、1938年から1940年までの映画が醸し出す"風"で戦争を感じることができるんだ。たとえその映画が戦争に関するものでなくてもね。

キャベット:好きな映画監督の彫像とか持ってたりする?

ペイン:黒澤監督のネクタイは持っているよ。日本では人が亡くなった時、遺品を家族で分けるんだよね。当時仲良くしていた日系イタリア人の日本側の家族が、彼の家と家族ぐるみの付き合いだったんだけど、僕がすごい黒澤ファンなことを知って、ネクタイをもらってくれたんだよ。

ここからは、客席からのQ&Aセッションに入りました。

客:どのように脚本や原作からテーマやアイデアを選ぶのですか?

ペイン:テーマやアイデアが僕を選ぶんだよ。今57歳で 監督として作った長編映画 は7作しかないし、もっと作りたいと思うけど、全て脚本次第なんだ。キャベットの友達のウディ・アレンみたいに常に映画を作っていられたらいいんだけど。 僕はアイデアが浮かぶのがすごく遅いタイプなんだよね。でも一方で、伝えたいことがある時だけ映画を作りたいという思いもあるよ。僕は常に新しいアイデアにオープンなんだ。例えば、『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』の原作を読むまでは、高校生の映画を作りたいわけじゃなかったしね。

客:若手の映画製作者へのアドバイスをください。

ペイン:どんなレベルでも映画を作ることだね。YouTubeで公開したり、カメラを買ってパソコンで編集したりと、今はなんでもできる時代だよ。だからこそ作らない言い訳はできない。

客:ネブラスカでよく撮影されていますが、ご自身のどの作品がネブラスカらしさが出ていると思われますか?

ペイン:ネブラスカでは4作品撮ったけど、まだどれもネブラスカらしさは出ていないと思うよ。なぜネブラスカでよく撮影するのかと聞かれることが多いけど、生まれ育ったところだから僕にとっては理解しやすくて表現しやすいんだ。そしてなぜだか無限にミステリアスで一生理解できない部分もあるんだ。自分が届かない部分だね。それを解き明かしたいという欲があるんだろうね。

客:7本の映画で一番苦しかった作品は?

ペイン:『ダウンサイズ』だね。資金調達に関しても、脚本やスケジューリングに関しても大変だった。

客:『ダウンサイズ』は素晴らしい映画だと思いましたが、なぜ評価されなかったのでしょう?

ペイン:評価されなかった時は、はい次!というリアクションなんだけど(笑) そうだね、映画監督は時に欲張りになるのかな。ドラマみたいにいろんなことを盛り込みたくなっちゃうんだ。英語は2時間半とかしかないのに。あと、『ダウンサイズ』では主人公が受け身すぎたのかな。分からないな。でも優しい言葉をありがとう。

客:私もネブラスカのオマハ出身で、ネブラスカがハリウッドで描かれるのがとても興味深いです。ネブラスカ出身者として意識してやられているのですか?

ペイン:映画は素晴らしい鏡なんだ。自分自身を映画に投影する必要はないけれど、時には文字通り自分と近い人がスクリーン上で描かれていることも素敵だよね。だからこそ、アメリカ全体を通して自分たちの映画を作ることがとても重要だと思っているよ。

 

ペイン監督は、イベント終了後も学生の質問に真剣に答えるなど、ファンサービスを快くしている姿がとても好印象でした!

インタビュー中に、次は自身のルーツであるギリシャを舞台にした作品を作りたいと言っていました。次回作が楽しみですね!

(文・写真/Ikumi)

文:Ikumi
プロフィール:アメリカ・ニューヨーク在住。ミュージカルやお芝居、映画、新しいアート空間、旅行、美味しいレストランやカフェに関心があります。

Photo:アレクサンダー・ペイン
(C) JMVM/FAMOUS