80年代のロンドンを舞台にHIV/エイズ禍のゲイ・コミュニティを描いたドラマ『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』(「スターチャンネルEX にて配信中)。今年1月にイギリスで放送された際に社会現象と呼ばれるほどの話題を集めたドラマだが、私の2021年上半期海外ドラマのベスト1といえば、この『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』だ。今回はこのドラマを取り上げて、その魅力を紹介したい。
『ITS A SIN 哀しみの天使たち』は、『クィア・アズ・フォーク』(UKオリジナル版)や『ドクター・フー』、『英国スキャンダル~セックスと陰謀のソープ事件』などを手がけたラッセル・T・デイヴィスによる企画・脚本で、彼自身の実体験をもとにしたドラマ・シリーズだ。
主人公のリッチー役を演じるのは、エレクトロ・ポップ・バンド、イヤーズ&イヤーズのヴォーカルでLBGT運動家でもあるオリー・アレクサンダー。ニール・パトリック・ハリス(『ママと恋に落ちるまで』)、スティーヴン・フライ(『ホビット 決戦のゆくえ』)など、同性愛者を公言する俳優がゲイ役を演じており、キーリー・ホーズ(『ボディガード -守るべきもの-』)、リディア・ウェスト(『Years and Years』)らが出演。さらに、本作が初の大役というオマリ・ダグラス、カラム・スコット=ハウェルズ、ナサニエル・カーティスといった新鋭をフィーチャーする。
もともと全8話の予定だったものの、HIV/エイズという難しいテーマであることから、BBCやITVに断られた後、ようやく英民放Channel 4での放送が決定、当初より短い全5話構成で製作されたが、蓋を開けてみるとこれが空前の大ヒットに。同局のストリーミング・サービス「All 4」では1890万回の視聴数を記録し、同プラットフォームで最もビンジウォッチング(一気見)された番組になった。また、HIV・エイズ関連の慈善団体「テレンス・ヒギンズ財団」によると、放送後にHIV検査の申込みが3倍になり、相談件数も急増するなど、HIV/エイズの啓蒙と英社会に与えた影響が大きく伝えられた。
Today we're thrilled to announce a new companion show to the Russell T Davies @Channel4 drama #ItsASin.
It's A Sin: After Hours features cast members & guests including @stephenfry @MunroeBergdorf @alexander_olly @claraamfo & others!
More info here https://t.co/9h8YER3bqQ pic.twitter.com/jgJb31pZPD— Channel 4 Press (@C4Press) January 20, 2021
物語は1981年から1991年までの10年間にわたって、ロンドンで青春を謳歌する若者グループの運命をたどっていく。両親に自分がゲイであることをカミングアウトできないリッチー(オリー・アレクサンダー)は、英南部の実家からロンドンの大学に進学し、ジル(リディア・ウェスト)やアッシュ(ナサニエル・カーティス)と出会って、俳優を目指すようになる。彼らは、父親に反抗して家を飛び出したロスコー(オマリ・ダグラス)、ウェールズから上京してサヴィル・ロウの紳士服店で働くコリン(カラム・スコット=ハウェルズ)を加えて、「ピンク・パレス」と名付けられた家で共同生活を始める。仲間を集めてのパーティ三昧、パブやナイトクラブで大騒ぎの夜を過ごすなど、未来への野望と期待がいっぱいの日々が続くが、やがて仲間たちのなかに謎の病気で死亡する者が現れ、一人また一人と倒れていく......。
このドラマの一番の魅力は、何と言ってもキャラクターの面白さだ。明るく天真爛漫なリッチーを中心に、破天荒でグラマラスなラスコー、ハンサムで心やさしいアッシュ、純朴で真面目なコリン、そしてリッチーの親友で共に俳優を目指す紅一点のジルなど、とにかく個性的な面々ばかりである。
毎回ドラマで流れる80年代の音楽にも注目だ。タイトルにもなっている『It"s a Sin』はペット・ショップ・ボーイズの曲だが、ほかにもブロンスキー・ビート、ソフト・セル、イレイジャー、ケイト・ブッシュ、ベリンダ・カーライルなど、ゲイたちのポップ・アンセムとして人気を集めた懐かしのヒット曲が物語を盛り上げる。
一方で、80年代の英社会で何が起こっていたか、同性愛者がどのような扱いを受けたか、HIV/エイズ患者であることがどんな意味を持ったかについてもドラマは鋭く描いていく。今でこそLBGT+に寛大なイギリスだが、実はイングランドとウェールズで、21歳以上の男性同士の同性愛行為が合法化されたのは1967年のこと。つまり、1967年まで同性愛は犯罪行為だったのだ。本作では、それからわずか十数年しか経過しておらず、1980年代のサッチャー政権下でも自治体や学校が同性愛を促進する行為を禁じる法律「セクション28」が制定されるなど、差別は依然として続いていた。ましてや、HIV/エイズの恐怖のなかで、同性愛者に対する人々の偏見がどれだけ強かったかは想像に難くない。また、陰謀論に走る者と科学的に対処しようとする者が分断する様子は、コロナ禍に見舞われた現在の世界を見ているようでもある。
ドラマでは、エイズを発病した者が仲間たちから引き離され、何も理解できない親たちに引き取られて、孤独に死んでいく様子が描かれる。そんな絶望的な悲しみのなかで、救いとなるのは、肉親以上に家族的であるゲイ・コミュニティの仲間たちの絆だ。特に、紅一点ジルは、無償の愛に溢れた天使のような存在で、友人たちの看護に奔走する。実はラッセル・T・デイヴィスの実在の友人ジル・ナルダーさんをモデルにしており、本人がジルの母親役でドラマに出演している。
生と死に真正面から向き合う内容なだけに、どのエピソードも心が張り裂けそうなほど感情を揺さぶられるが、このドラマは単なる悲劇ではない。全編を通じてポジティヴなエネルギーに満ちており、ゲイという共通の理解でつながった者たちの愛が溢れ、彼らが全身全霊で人生を楽しみ、力の限り生きたことが伝わってくる。そして、自分も彼らの仲間の一人になったように、一緒に笑ったり泣いたりして一体感を味わうのだ。
80年代のロンドンに生きた人々のリアルを描いた、ラッセル・T・デイヴィスの大傑作である。
『ITS A SIN 哀しみの天使たち』はスターチャンネルEX にて全話配信中。
(文・名取由恵 / Yoshie Natori)
Photo:@C4Press Twitterアカウントより