
英国の人気ミステリー『名探偵ポワロ』でエルキュール・ポワロを演じたデヴィッド・スーシェが約6年ぶりにドラマに出演したことで話題を集めているのが、新作の英国ドラマ『The Au Pair(原題)』だ。英国在住の筆者がこのドラマをいち早く見たので、早速ご紹介したい。
ベテラン俳優デヴィッド・スーシェを中心とするキャスト
『The Au Pair』は、英民放Channel 5局で2025年3月に放送された、全4話のサイコ・サスペンスドラマ。英国カントリーサイドを舞台に、エリート医師のクリスと結婚して、美しい豪邸に住み、誰もが羨むような幸せな生活を送っていた主人公ゾーイの日常が、フランス人オーペアのサンドリーヌの出現によって一変し、家族の隠された秘密が次第に明らかになっていく様子を描いている。
『The Au Pair』の一番の話題といえば、なんといってもイギリスが誇る名優、サー・デヴィッド・スーシェが出演していることだ。英民放ITV局にて1989年から2013年にかけて四半世紀にわたって放送された『名探偵ポワロ』でエルキュール・ポワロ役を務めたデヴィッドは、今年5月2日に79歳の誕生日を迎えた。『名探偵ポワロ』終了後も、英長寿ドラマ『ドクター・フー』にゲスト出演したり、ウェストエンドの舞台に登場したりと活躍してきたが、ドラマ出演は2018年のミニシリーズ『プレス 事件と欲望の現場』以来、今回がおよそ6年半ぶりとなる。
デヴィッドは、ゾーイの父親で元医師のジョージを演じるが、インタビューの中で「早く続きを読みたくなるような面白い脚本だった。ほかにもいろいろ良い役をオファーされたが、簡単すぎてつまらなかった」と答えており、演じ甲斐のある役柄を求めていたことが窺える。その言葉の通り、『The Au Pair』では、さすがデヴィッド・スーシェ!と思わせるほどの熱演を見せてくれる。特に、彼がストーリーの鍵を握る後半に注目だ。
デヴィッドのほかには、ゾーイ役でサリー・ブレットン(『ミステリー in パラダイス』)、クリス役でケニー・ドーティ(『ヴェラ ~信念の女警部~』)、サンドリーヌ役でリュドミラ・マコウスキー(『Lupin/ルパン』)が出演。
制作は英仏を拠点にする制作会社「Pernel Media」が手掛け、脚本はマイケル・フット(『Desperate Measures(原題)』)とアンドリュー・ベイリス(『船上歌手ジャックの事件簿~絶景ミステリー・クルーズ』)、監督は映画『麦の穂をゆらす風』でキャスティングディレクターを担当したウーナ・カーニーが担っている。
英国カントリーサイドで次々に起こる不可解な事件
舞台となるのは、風光明媚なイングランド中部のコッツウォルズ。3年前にクリスと結婚したゾーイは富裕層向けのフォーマルドレスなどを制作するドレスメーカーとして順調にキャリアを築き上げているが、自宅の隣に住む糖尿病を患う父親ジョージの介護ほか、クリスが前妻との間にもうけた10代のアンバーとノアの継母として子どもたちの世話をするなど、多忙な日々を送っている。クリスから家事と子育てのヘルプのためにオーペアを雇うことを提案して雇われたのが、フランスから来た若い女性のサンドリーヌだった。しかし、ノアの自転車のブレーキが壊れて暴走、ジョージがインシュリン投与のミスで倒れるなど、家庭内で次々と不可解な事が起こり始め……。
ドラマのタイトルにもなっているオーペアとは、海外の家庭に住み込みで働き、子どもの世話や家事を担当して、滞在先の家族から報酬をもらって生活する若者たちのこと。
サイコパスのサンドリーヌが何らかの理由でゾーイに恨みを抱いて犯罪を行う復讐劇かと思って見ていたが、ストーリーは意外な方向に進んでいき、第2話でサンドリーヌの出生の秘密が分かると、第3話以降で家族をめぐる驚くべき秘密が徐々に明かされ、ラストの第4話ではあっと驚くどんでん返しが待っている。
ありきたりの家族ドラマではない、エンタメ度が高いサスペンス
今作に対する英批評筋の評価は賛否両論だ。ソーイが病院で超音波検査を受ける際に肌ではなく服の上から器具が当てられるなどの現実味に欠ける描写やプロットの穴といったツッコミどころが多く、ソーシャルメディアを通しての視聴者のコメントも厳しいものが少なくない。
正直なところ、第1話時点での筆者の期待値もそれほど高くなかったのだが、それでも話の続きが気になってどんどん見てしまった。例えて言うなら、かつて日本の2時間ドラマ枠で放送されていたサスペンスドラマの空気感だろうか。そのB級サスペンス風味がクセになるという、不思議な魅力を持った作品だ。最近の英国ドラマの傾向として、クリフハンガーとツイスト(捻り)の連続で緊張感が続くドラマや詳細な考証で社会問題をリアルに描くタイプのドラマが話題を集めており、現在もNetflixドラマ『アドレセンス』が大絶賛されているが、その一方で、「重い内容のドラマは見るのがツラい」「あまりにリアル過ぎて見たくない」という声もちらほら耳にする。今作のような、軽いノリでサラリと現実逃避をさせてくれる娯楽ドラマは、ギルティプレジャー(後ろめたい喜び)的な密かな楽しみでもあるのだ。
ともあれ、『The Au Pair』は、デヴィッド・スーシェの存在感とポワロとは一味違うダンディな英国紳士ぶりを見るだけでも価値あるドラマと言える。日本でも放送・配信してくれることを期待しよう。
(名取由恵/Yoshie Natori)