ミステリーチャンネルで12月22日(日)に独占日本初放送となる『アガサ・クリスティー 殺人は容易だ』。原作小説は、おなじみのキャラクターが登場しないことからアガサ・クリスティー作品の中ではあまり知名度が高くないだろうが、実はいくつも魅力的な要素のある作品だ。
巧みな設定と異例の死者数
原作は1939年に発表された「殺人は容易だ」。列車で乗り合わせた老婦人から彼女の村で起きている奇妙な連続殺人の話を聞いた男性は、その老婦人がのちにひき逃げで死亡したことから、問題の村に乗り込んで独自に調べ始める…というストーリーだ。エルキュール・ポワロ、ジェーン・マープルといったクリスティーが生んだ有名な探偵たちは登場しないものの、これまでにも何度もテレビドラマ化され、ラジオドラマや舞台にも生まれ変わっている。
この作品が魅力的である理由の一つは、挑発的なタイトルが示す通り、事故死や病死と思われる形で殺人が繰り返されるというプロット。誤って転落した、酔っ払って溺れた、病気が悪化したといった体で一人、また一人と命を落としていく。しかし、死んだ人たちに共通点があるように見えなかったこともあり、周りの人々はそれらを殺人とは考えない。おかげで、犯人は疑いの目を向けられることすらなく、容易に犯行を繰り返していく。
犯人がいかにやすやすと行動できたのかは、被害者の多さにも表れている。クリスティーが一つの作品で殺すのは基本的に多くても3人ほどだが、この作品では名作「そして誰もいなくなった」に次ぐくらい多数の犠牲者が出る。今回のドラマ版における犠牲者の正確な数は伏せるが、クリスティー作品としては珍しいこの点も関心を集めるのだろう。
物語の始まりも巧みだ。“ミステリーの女王”はいくつもの作品で列車をストーリーに絡めてきたが、列車のコンパートメント(個室)で乗り合わせた人がいきなり、自分の周りで殺人がひそかに繰り返されていると話しかけてきたら…?という本作のパターンは屈指の印象深さ。日常生活に犯罪をうまく盛り込むクリスティーの真骨頂だ。列車のコンパートメントに乗り合わせたことが始まりの犯罪ものというと、パトリシア・ハイスミスの小説「見知らぬ乗客」も思い浮かぶが、あの作品は「殺人は容易だ」の11年後の1950年に出版されているため、このシチュエーションを最初に考えついたのはクリスティーと言っていいかもしれない。
そして今回のドラマ版に関して特筆すべきは、主人公フィッツウィリアムの設定。原作では、プロットの面白さや殺しの多さが目を引く一方、フィッツウィリアムの無能さが際立っていた。植民地で警官を務めあげて退職し、イギリスに帰国した彼は、警官としての経験があり、さらには周りの人々と違って実際には殺人が行われているという情報も持っている。にもかかわらず、犯人は誰なのか、狙いは何なのかという真相に辿り着くことができず、その間にどんどん犠牲者が増えていく。
だが、『アガサ・クリスティー 殺人は容易だ』では、元警官の白人男性という主人公像を、政府職員としてナイジェリアからイギリスへ渡ってきた黒人男性へと変更。誠実な人柄がゆえに事態を放っておくことができない彼は、本の題材を探す学者という名目で村に滞在し、事件について独自に調べ始めるが、大多数が白人でみんなが知り合い同士の村では遠巻きにされる上に、色眼鏡で見られることを恐れて警官たちに自分の疑惑を伝えることもできない。
同じ外国人でもポワロは元警官で、さらに人心掌握術にも長ける彼は私立探偵と名乗ることで好奇心旺盛な人から情報を聞き出すこともできた。そんな特性を持たない上に捜査のプロでもないフィッツウィリアムが苦労するのは仕方がないという風に、キャラクターに自然な肉付けがされているので、捜査がスムーズに進まない展開もより納得しやすい。
もちろん原作の要素も生かしている。その一つがフィッツウィリアムが一緒に捜査を行うことになる女性との関係で、脚本を担当したシアン・エジウンミ=ル・ベールは次のように述べている。
「この物語に関して私が惹きつけられたのは、誰がやったのかを予想する古典的な作品でありながら、ヒッチコック作品のようにミステリーだけでなくロマンス要素もあったことです。そこは変えたくないと思いました。スクリューボール・コメディ(1930年代から1940年代にかけてハリウッドでさかんに作られたコメディ映画のサブジャンル)のように、二人組が衝突しながらも物語が進んでいく…。そういう要素は残してあります」
ミステリーとロマンスが同時進行するのもクリスティー作品としてはおなじみの展開だ。フィッツウィリアムの恋の行方がどうなるのかにも注目してほしい。
主人公のフィッツウィリアムを演じるのは、米HBOと英BBCの共同制作ドラマ『インダストリー』でメインキャラクターの一人を演じて注目を浴びたデヴィッド・ジョンソン。そのほかにも、『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』のモーフィッド・クラーク、『ダウントン・アビー』のペネロープ・ウィルトン、『シェトランド』のダグラス・ヘンシュオールなど、ドラマファンにおなじみの顔ぶれが多数出演する。
個人的に注目してほしいのが、村一番の金持ちで権力を持つウィットフィールド卿役のトム・ライリー。実はトムは『名探偵ポワロ』と『アガサ・クリスティー ミス・マープル』にも出演したことがあるクリスティー作品の常連! さらに『ダ・ヴィンチと禁断の謎』では稀代の天才レオナルド・ダ・ヴィンチに扮したが、本作ではその時とは大きく印象が異なる役柄を演じている。
また、12月26日(木)まで東京・神田で実施中の「アガサ・クリスティー作品にインスピレーションを得たイブニングティー」のメニューにも載っているお茶、ラプサンスーチョンが本編のどんな場面で登場するのかもお見逃しなく!
『アガサ・クリスティー 殺人は容易だ』(全2話)はミステリーチャンネルで12月22日(日)16:00より独占日本初放送。なお、同チャンネルでは本作を皮切りに12月恒例の特集「アガサ・クリスティーからのXmasプレゼント」がスタート。その中で放送される『アガサ・クリスティー ミス・マープル』と『名探偵ポワロ』にはトム・ライリー出演エピソードも含まれる。前者には「殺人は容易だ」(ミス・マープルが登場するだけでなく、フィッツウィリアムを演じるのはベネディクト・カンバーバッチ!)もあるので、まとめて見比べてみるのも楽しいだろう。
『アガサ・クリスティー 殺人は容易だ』関連作品 放送情報
■『アガサ・クリスティー 殺人は容易だ』(全2話)…12月22日(日)16:00より独占日本初放送
■『アガサ・クリスティー ミス・マープル』「無実はさいなむ」(シーズン3第2話/トム・ライリー出演エピソード)…12月24日(火)25:00より放送
■『アガサ・クリスティー ミス・マープル』「殺人は容易だ」(シーズン4第2話)…12月25日(水)8:15より放送
■『名探偵ポワロ』「死との約束」(シーズン11第4話/トム・ライリー出演エピソード)…12月29日(日)23:15より放送
(海外ドラマNAVI)
Photo:『アガサ・クリスティー 殺人は容易だ』© Agatha Christie Productions Limited MMXXI