4度のアカデミー賞受賞を誇るアルフォンソ・キュアロン(『ゼロ・グラビティ』『ROMA/ローマ』)が脚本および監督を担当する全7話のサイコスリラー『ディスクレーマー 夏の沈黙』が、Apple TV+にて独占配信中。ともにオスカー俳優のケイト・ブランシェットとケヴィン・クラインをはじめ豪華キャストが競演する本作は、新人の作品にもかかわらず刊行前に25ヵ国での出版が決定したルネ・ナイトの小説をもとにしている。主役は、仕事で成功して優しい夫にも恵まれたジャーナリストのキャサリン。彼女がある日、作者不明の小説を受け取り、その本の主人公が自分であることに気づいたことから人生が暗転してゆく…。
来日したキュアロン監督を直撃し、本作やキャストの魅力、原作小説とドラマ本編の違いなどについて語ってもらった。(※これ以降は本作のネタバレを含みますのでご注意ください)
たくさんの猫は人間との対比
――あなたはこの作品の全7話で監督・脚本も担当していますね。話が進むにつれて二転三転し、複数の人物の視点が入り混じる原作小説のどのような要素を伝えることを意識されたのですか?
「一般的に原作小説があるものを映像化する場合、それをもとに話を広げていく作業が必要になる。そして本作に関しては、見ている人は最後に事実に直面して自分自身を試される。非常に強い核となるテーマがあって、ほかにもいろんな要素がその周りを取り巻いている。つまるところ、秘密、過去、トラウマがキーワードだと思う。そのあたりを伝えるように意識したよ」
――絶妙だったキャスティングについて聞かせてください。主人公のキャサリン役には最初からケイト・ブランシェットしか考えていなかったそうですが、彼女が本作の役を彷彿とさせるような『スキャンダルの覚え書き』に出演していたのも理由の一つなのでしょうか?
「いや、今聞かれるまであの映画のことは考えてもいなかったよ。私がこの作品の脚本を執筆していた時、キャサリン役にはケイトしか思い浮かばなかった。彼女を起用したのはケイト・ブランシェットだから、つまり素晴らしい女優だからだ。ケイトなら、難しいこの役が持つ力、知性、複雑さをうまく表現してくれると思った」
――キャサリンの夫ロバート役がサシャ・バロン・コーエンというのは、『ボラット』シリーズなどでコミカルな役の印象が強いこともあってちょっと意外でしたが、見事に夫・父親役を演じていましたね。彼とあなたは20年以上の付き合いだそうですが、なぜ本作でタッグを組むことにしたのですか? どんな点を見込んだのでしょう?
「彼とは長年の友人なんだ。前からいつかは一緒に仕事をしようと話していて、このタイミングで実現することになった。ロバート役を誰にするかはかなり悩んだ。キャスティングは、いかにもその役をやりそうな人を起用すればいいというものではなく、リアリティが必要だ。ケイト、(スティーヴン役の)ケヴィン・クライン、(スティーヴンの妻ナタリー役の)レスリー・マンヴィルはすぐに決まったが、ロバート役を誰にするか考えた時にサシャが思い浮かんだ。彼にはコミカルな一面もあるが、私たちはよくお互いの家族のことを話していたから、彼が家族思いなことは知っていた。その面を掘り下げようと思ったんだ」
「サシャにとっては大変だったと思うよ。彼はコミカルな演技をする時には仮面を被って役になりきっているのに、ロバートを演じる際には仮面をつけられないわけだから。丸裸にされたような気分になったはずで、最初は苦労していたが、勇敢にも演じきってくれた」
――キャサリンに対して復讐心を燃やすスティーヴンは下手をすると単なる非常に嫌な男ですが、演じるケヴィン・クラインがシニカルとユーモアを絶妙に混ぜ込み、魅力的な人間にしていました。個人的に印象的だったのは彼が亡き妻の口紅を嗅いで涙する場面ですが、彼の演技であなたが印象に残っているのはどのシーンですか?
「ケヴィンに関して思い出深いのは、私がスペイン語訛りの英語を話すので、何を言っているのかを彼が時々理解できなかったことだ。その時の様子を、スティーヴンと妻のナンシーのもとに息子ジョナサンの死を告げるために警察が訪ねてくる場面で再現してもらった。あのシーンを撮影する時、ケヴィンにこう伝えたんだ。“スティーヴンは最初、なぜ警察が訪ねてきたのかが分からず、混乱している。そして息子の死を伝えた警察が立ち去った後は、彼は頭が真っ白になっていて何も理解できていないんだ。私が君に指示を出す時に、(何を言われたのかよく分からない)君が浮かべる表情があるだろう? あの表情をしてほしい”とね(笑)」
――本作にはたくさんの猫が出てきますね。キャサリン、スティーヴン、そしてキャサリンの母親が猫を飼っていますが、原作小説で実際に飼っていたのはキャサリンの母親だけです。追加された2匹の猫たち、特にキャサリンのところにいる子はよく家族の傍にいて画面に何度も出てきますが、こうした猫は何かのメタファーなのでしょうか?
「猫の素晴らしいところは、彼らが社交的な生き物でありながら、人間の情熱、苦痛、嫉妬、憤怒、歓喜といったものに無関心だということだ。彼らは周りで何が起きていても気にしない。ただ静かに人間を観察している。そうした人間と猫の対比を見せられたのは楽しかった。私自身、猫を一匹飼っていて、何かトラブルに見舞われた時に隣にいる猫が平然としているのを見ると、“自分がパニックになっても周りは気にしないし、気にするべきでもない”と気づくんだ(笑)」
――ドラマには原作小説から変更となった箇所がいくつかありますが、その一つがあの夏の日、ビーチでキャサリンがジョナサンを見殺しにしたことです。ドライサーの小説「アメリカの悲劇」を彷彿とさせるくだりはどういう意図で加えたのでしょう?
「あの小説をもとにした映画『陽のあたる場所』が大好きだから、そう言ってもらえて嬉しいよ。小説をもとにしていても、映像化するにあたってはすべての要素をそのまま落とし込むわけではなく再構成することになる。この作品に関しては、原作小説よりも多くの視点があり、その分、考え方や視点も多岐にわたり、小説にない部分も増えていった」
「あのシーンに関してはケイトが言ったんだ。そうなるのを見た、と。小説の中で、キャサリンはジョナサンに死んでほしかったと明記されているが、それを実行したとは書かれていない。だが、あのビーチでのキャサリンはトラウマを刺激され、何も言わなかった。あの瞬間の彼女は、ジョナサンの死を願ったんだ。一種の麻痺状態にあって、そんなことをしてはいけないという道徳的な考えは頭に浮かばなかったんだよ」
――この作品をこれから見る人に向けてメッセージをお願いします。
「この作品はとても魅力的で中毒性があり、サスペンス要素もある。ラストへ近づくにつれてペースが上がり、どんどん話に引き込まれていく。視聴者は見ているうちに意識していなくてもストーリーに巻き込まれ、自分の判断が正しかったのかどうかを最後に考えさせられることになるだろう」
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(海外ドラマNAVI)
Photo:『ディスクレーマー 夏の沈黙』画像提供 Apple TV+