オリヴァー・ストーンも称賛!ハリウッドがようやく核の脅威を描いた『オッペンハイマー』レビュー

私は広島出身である。祖父母以前の世代から同地にルーツを持ち、10歳の頃から高校まで広島市内で育った。父方の曾祖母は原爆で命を落とし、母方の祖母は結婚前に市内で働いていたが、8月のあの日は家で育てた野菜を同僚に持っていこうとして普段乗る電車を逃したことから死を免れた。

そんなバックグラウンドを持つ私にとって、おそらく広島で生まれ育った人はみな同じだと思うが、原爆というものは身近な存在であった。小学生の頃に「はだしのゲン」を読み、社会科見学では原爆資料館を訪問し、自分が目にしている街並みのほぼすべてが一度は吹き飛んだのだと理解していた。今でも8月6日、9日のあの時刻には黙祷を捧げている。

オッペンハイマー

そのため、この映画『オッペンハイマー』のことは制作時から知っていた。そして、どのように描かれるのかについて、半ば心配していた。というのも、これまでのハリウッドの映画やドラマで目にした原爆、水爆の描写は、私が子ども時代に学んできたものとはまったく異なっていたためだ。単なる「ちょっとした大きめの爆発」とでも形容すべきものが起きて、爆心地から少し離れたところにいれば被害をほぼ免れ、爆心地を直後に防護服なしで歩くこともできるといったものばかりだった。

結論から言えば、本作は核の脅威を正しく描いている。1942年、天才科学者のJ・ロバート・オッペンハイマーは、核開発を進めるナチス・ドイツに対抗すべくアメリカ政府が打ち立てた原子爆弾開発計画「マンハッタン計画」の責任者に任命される。彼とほかの科学者たちは3年ほどで原子爆弾を完成させるが、そのあまりにも破壊的な威力を理解しているからこそ、オッペンハイマーをはじめとした一部の科学者は実際に兵器として使われることに反対するようになる。

ただ断っておかねばならないのは、この映画は原爆のドキュメンタリーではなく、あくまでもオッペンハイマーの伝記映画だということである。そのため、広島、長崎に原爆が落とされた瞬間が描かれることはない。3時間ある映画の中盤のクライマックスとなるのは、1945年7月16日にオッペンハイマーたちが行った、人類史上初の核実験「トリニティ実験」だ。

映画の冒頭から、クリストファー・ノーラン監督は原子がもたらす爆発力の凄さを示す描写を本編に挟み込み、ビリビリとした地響きのような音や、1000度以上を超える熱が伝わってきそうな圧倒的な衝撃を何度も観客に体験させる。だが、「トリニティ実験」の瞬間、爆発音はまったく聞こえない。その時の劇場内に響くのは、それまで人類が想像したこともなかったような爆発を目にしているオッペンハイマーの息遣いだけだ。オッペンハイマーはその後、日本に原爆が投下されたことをラジオで知ることになる。

あくまでも視点はオッペンハイマー

オッペンハイマー

ノーランは日本の描写がないことについて、「オッペンハイマー自身が体験したことから逸脱した描写をすることは、ストーリーテリングの観点から正しくないと感じた。これはドキュメンタリーではなく一つの解釈であり、それが私の仕事なんだ」と説明している。とはいえ、オッペンハイマーの見た幻として、目の前にいる人々が原爆の白い光に包まれるシーンも挿入されている。その幻では一人の若い女性が犠牲者としてクローズアップされるが、それはノーランの実の娘が演じたという。彼がその役に娘を起用したのは、「人が究極の武器を手にした時、それがその人の身近にいる愛する存在ですら破壊するのだということを伝えたかった」ためだ。

かつてオッペンハイマーの映画を撮ろうとしたものの、断念したというオリヴァー・ストーンは、本作鑑賞後、以下のようにノーランを称賛している。「私はかつてこの企画を断念した。この作品のエッセンスをうまく見つけることができなかったからだ。だが、ノーランはそれを見つけ出した」

オッペンハイマー

「トリニティ実験」以降の本編は、オッペンハイマーが1950年代に起きた赤狩りに巻き込まれる様子を主に描いており、映画の冒頭で紹介されたプロメテウスの逸話――人間に火を与えたことから、ゼウスの怒りを買って磔にされ、責め苦を味わうことになった――のように苦しい日々を送ることになる。この逸話について映画で紹介されていたよりももう少し詳しく説明すると、火を与えられた人類は、ゼウスが危惧していた通り、その火を用いて武器を作り戦争をするに至る。そのためにプロメテウスはゼウスに罰されるのである。オッペンハイマーが引用した古代インドの聖典の一節「我は死神なり、世界の破壊者なり」もそれに通じる。オッペンハイマーは劇中でノーベル賞を設立させたアルフレッド・ノーベルがダイナマイトの発明者であることを揶揄するが、結局自らも「死の商人」と呼ばれたノーベルと同じような道を歩むことになった。

戦後は水爆開発を進めようとする政府に反対したことから、その地位を追われることになったオッペンハイマー。結局、彼の懸念通り、ソ連もアメリカの数年後には核兵器を保有するに至り、現在も続く緊張状態へと突入していく…。

オッペンハイマー

『オッペンハイマー』にはオスカー俳優が何人も脇役で出ていたりと、隅々まで豪華なキャストが集ったが、その中の数人はこの作品が大きな意味を持つと語っている。「マンハッタン計画」をオッペンハイマーとともに進めたレズリー・グローヴス将校を演じ、自らを「冷戦時代の子ども」と形容するマット・デイモンはその一人だ。「何十年もの間、人は“ダモクレスの剣(常に一触即発の危険な状態)”のもとで生きてきたが、それについて十分に考えてはこなかった。だからこの物語は、僕たちの時代にとって最も重要な物語の一つなんだ」

2023年7月に全米で封切られ、これまでの世界での興行収入は9億6000万ドル(約1420億円)以上。アメリカでは老若男女が鑑賞し、4、5回と繰り返し観るリピーターも多数いたという。そんな大ヒットぶりを単に「映画館に観客を呼び戻したムーブメント」と見なすのではなく、核保有国にもかかわらず、原爆について「戦争を終結させ、多くの国民の命を救ったもの」というくらいの教育しかされていないとされるアメリカ、そして世界が、今後どうやって生きていくべきかを考える機会になってほしいと切に願う。

『オッペンハイマー』(配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画)は、3月29日(金)より全国ロードショー。IMAX®劇場全国50館同時公開。(海外ドラマNAVI)

Photo:『オッペンハイマー』© Universal Pictures. All Rights Reserved.