『SHERLOCK/シャーロック』や『SUITS/スーツ』に学ぶ正しいスーツの着方

学生や社会人として新しい生活を始める時、冠婚葬祭に出席する時などに身に着けるスーツ。そんなフォーマルな恰好をどう着こなすべきか、その歴史はどう紡がれてきたのかを、人気の海外ドラマも交えながらご紹介しよう。

17世紀の王政復古を機に誕生

スーツの原型が生まれたのは17世紀、イギリスのチャールズ2世の時代と言われる。チャールズ2世は、議会と対立していた父のチャールズ1世が1649年に清教徒革命で処刑された後、フランスやドイツで亡命生活を送っていたが、議会の力が弱まったことから1660年に帰国しチャールズ2世として即位した(王政復古)。そんなチャールズ2世は、袖や腰部分を膨らませたダブレット(キルティングのような厚みのある生地で、袖や首元にレースがあしらわれている上着)に半ズボンという、いわゆるエリザベス朝の服装を処刑される時まで貫いた父親のイメージを払拭したい思いがあったのか、上着にベスト、そしてブリーチズ(ゆったりとした短い半ズボン)と、父親とは大きく異なる服装をしていたことで知られる。王室の人々は昔からファッションリーダー的な存在であり、1685年に心臓発作で亡くなるまでイングランド、スコットランドの王としての座を保ったチャールズ2世の恰好を周りの人々が真似ることで、そのスタイルが浸透していったのだ。

スーツには、かつてのイギリス貴族社会の習慣も反映されている。先祖代々の領地で暮らす彼らは、移動や狩り(当時の貴族の趣味)で馬に乗る機会が多かった。そのため、18世紀後半から貴族は乗馬服を着ることが増え、その傾向はマリー・アントワネットの時代からイギリス心酔の流れがあったフランスでも見られるようになる。また、1774年に出版されてヨーロッパ中でベストセラーとなったドイツの詩人ゲーテの小説「若きウェルテルの悩み」で描写されていた主人公の服装もイギリス人を真似たスタイルで、小説以上に流行ることになった。

なお、男性の昼間の最もフォーマルな服装の一つであるモーニングコートは、前身頃をウエスト部分から下に斜めにカットしたものだが、このデザインはそもそも馬に乗りやすくするためであり、乗馬が紳士の朝の運動として人気だったことが由来。それが発展したのがスーツのシングルであり、対してダブルは軍服(海軍将校候補生のもの)を元としている。

シングル、ダブルのボタンの留め方

ここからはスーツのシングル、ダブルの着こなし方について説明していこう。シングルのボタンの数は3つが正式とされる。1970年代に入って姿を見せ始めた2つボタンのタイプは、それによってフロントのV字が深くなることでいろいろな体型に合わせることができるため、アメリカをはじめ世界中で広まった。

そしてボタンの留め方はボタンの数によって異なり、3つボタンの場合は中央の一つだけ、2つボタンの場合は上のボタンだけを留める。スーツやベストの一番下のボタンは外すのが基本なので、この通称「アンボタン(unbutton)マナー」を覚えておくと、4つ以上のボタンの場合などにも迷わずに済むだろう。ちなみに、礼服などに多い1つボタンの場合は留めるのが正しい。

ダブルの場合、一般的にシングルよりもゆったりしたデザインのため、6つボタンならそのうち中央の1つだけ、あるいは中央と下のボタンの2つを留めるのが正解。最近は4つボタンのものも多く、その場合は上だけを留める。

ちなみに、ボタンを留めるというのは立っている時の話で、椅子に座った際にはどんなジャケットの場合でもボタンをすべて外すのがスマート。これは、皇太子の頃から洒落者で知られたエドワード7世(ヴィクトリア女王の息子)が「その方が着やすいし、エレガントだ」と発言したからと伝えられる。座っている時にボタンを外すことにはシワになりにくいという利点もあるが、すべてのボタンを外すのに抵抗がある、上司などの手前そういうことはやりにくいといった事情があれば、上着を脱いでシャツ姿になる手もある。

SHERLOCK/シャーロック

英BBCの大ヒットドラマ『SHERLOCK/シャーロック』のシャーロックは、シングルの2つボタンタイプのスーツを着ることが多いが、留めてあるボタンはもちろん上だけ。デスクで捜査をしたりソファでくつろいだりしている時はボタンをすべて外しているし、家で化学実験を行う際には上着を脱いでシャツ姿で作業するのが基本スタイルだ。シャーロックとよく一緒に仕事をするレストレード警部も、事件の記者会見にはボタンを外した状態で挑んでいる。

SHERLOCK/シャーロック

とはいえ例外もあり、シーズン2第3話「ライヘンバッハ・ヒーロー」で裁判後にシャーロックのもとをモリアーティが訪ねた際、モリアーティはボタンをはめたままでソファに座っている。これは敢えてボタンをはめたままでソファに座ることで、くつろいでいない=油断していない感を出すことでプレッシャーをかけていると言えるだろう。一方、宿敵の様子を横目に見ながら席に着いたシャーロックは、直前にボタンを外して余裕の表情を演出していた。このように、ボタンを留める・留めないに関しては、紳士のたしなみだけでなくお互いのパワーゲームが垣間見えることもありそうだ。

SHERLOCK/シャーロック

なお、米USA Networkの人気ドラマ『SUITS/スーツ』のハーヴィーやマイク、ルイスも自分たちのオフィスでソファに座ってくつろいでいる時は当然アンボタンマナーに従っている。裁判所やほかの会社との話し合いの席で弁護士として座っている時はボタンを留めているが、これはそうした場ではきちんとすることが求められているためだろう。なお、ダブルの場合は座っている時もボタンは留めたままが正解。

SUITS/スーツ

スーツの正式なスタイルとされる3つボタンは、今ではあまり見かけないかもしれないが、1960年代から1970年代にかけてのイギリス、オックスフォードを舞台とする『刑事モース ~オックスフォード事件簿~』でモースが身に着けているのは主にこのタイプだ(上司のサーズデイはがっしりした体型ゆえか、ゆったり着られる2つボタンが基本)。

刑事モース ~オックスフォード事件簿~

また、19世紀後半から20世紀初頭を舞台とするシャーロック・ホームズの物語を現代のロンドンへ移した前述の『SHERLOCK/シャーロック』と違い、原作小説と同じ時代設定で映像化した『シャーロック・ホームズの冒険』では、登場人物たちが4つボタンのスーツを着た姿も見ることができる。そのように、ボタン一つで作品の時代設定を読み取ることも可能なのだ。

シャーロック・ホームズの冒険

なお、スリーピース(ジャケット、パンツ、ベストを合わせたスタイル)であれば、ベストは一番下以外のボタンはすべて留めるのに対し、ジャケットのボタンはすべて外すのが基本。そうでないと、着ぶくれして見えてしまう。スリーピースといえば、『SHERLOCK/シャーロック』のマイクロフトお決まりの恰好であり、『SUITS/スーツ』のハーヴィーもたまに着ていたが、彼らも前述のやり方で着こなしている。また、『シャーロック・ホームズの冒険』の時代の男性はベストを着るのが基本スタイルだったようで、そのため誰もがベストの上に羽織ったジャケットのボタンは外している。20世紀前半のロンドンで活躍した『名探偵ポワロ』のエルキュール・ポワロもスリーピース姿でおなじみだが、彼が毎回上着のボタンを外しているのはふっくら体型とはなんら関係なく、作法にのっとっているからである。

ポケットチーフでやってはいけないダサいこと

洒落者として知られるポワロといえば、スーツの左胸ポケットにハンカチを入れていることが多いが、このポケットチーフに関して決してやってはいけないことがあるのはご存じだろうか? ポケットチーフというと、日本だと結婚式のような華やかな席で時折やるイメージだが、この場合に手を拭いたりする用に、胸ポケットに入れているのとは別のハンカチを用意するのはNG。これはイギリスのマナーでは、非常にダサいこととして捉えられている。そのため、ハンカチを使いたい際は、胸ポケットのものを使うのが正しい。

名探偵ポワロ

『名探偵ポワロ』のシーズン3第2話「あなたの庭はどんな庭?」でポワロたちがフラワーショーに出かけた際、鼻水が止まらなくなったヘイスティングスにポワロが渋々胸ポケットに入れていたハンカチを貸してあげるが、これは彼が予備のハンカチを忘れたわけではなく、そもそもその一枚しか持っていなかったことを示している。

いかがだろうか? ぜひスーツを着る際の参考にしてみてほしい。また、スーツをあまり着ない人も、海外ドラマに登場する会社員や刑事、FBI捜査官、弁護士などのキャラクターのスーツ姿のディテールに注目してみると、また別の見方ができるだろう。

(海外ドラマNAVI)

Photo:『SHERLOCK/シャーロック』© Hartswood Films 2012/『SUITS/スーツ』© 2017 Open 4 Business Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED./『刑事モース ~オックスフォード事件簿~』© Mammoth Screen Limited 2015 All rights reserved. Licensed by ITV Studios Global Entertainment./『シャーロック・ホームズの冒険』© ITV PLC/『名探偵ポワロ』© ITV PLC