『エブエブ』の高速カオスに病みつき!脳が追いつけないこの“快感”は何なんだ?

本年度アカデミー賞大本命(最多10部門11ネミネート)の話題作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(略称:エブエブ)がついに日本上陸! 公開後、「ワケがわからないけど面白い!」という感想をよく耳にするが、筆者も同感だ。長年、映画を観てきたが、ここまで理解不能なカオスを体験したのも、ここまで短期間でリピート鑑賞したのも(試写含めすでに4回)、ここまで中毒症状を起こした作品も、もしかするとお初かも? まさに娯楽映画の新境地、『RRR』の次はコレを観よ!と太鼓判を押したい。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』あらすじ

介護が必要な頑固な父ゴンゴン、反抗期の娘ジョイ、優しいけれど優柔不断な夫ウェイモンド。そんな家族に囲まれながらエヴリンは、コインランドリーの経営に四苦八苦していた。だがある日、国税局の監査が入り、税金の不正申告を指摘されブチギレ寸前に。その姿を見たウェイモンドは、突如キャラクターを豹変させ、「俺は別の宇宙から来たウェイモンドだ。全宇宙をカオスに陥れる強大な悪を倒すのは君しかいない!」とエヴリンを鼓舞する。この二人、一体何者なんだ??

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』レビュー

キャスト&スタッフは?

主人公エヴリンを演じるのは、『シャン・チー/テン・リングスの伝説』『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』『グリーン・デスティニー』など演技力とアクションを高次元で両立させる国際派女優のミシェル・ヨー。夫ウェイモンド役には、本作で俳優復帰を果たし、キレッキレのカンフーを魅せてくれる『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』『グーニーズ』の元天才子役キー・ホイ・クァン『アベンジャーズ』シリーズのルッソ兄弟プロデュースのもと、筆者も大好物のカルトムービー『スイス・アーミー・マン』ダニエルズが奇抜な脚本を発案し、自らメガホンをとった。

混乱の渦の中に…

赤字のコインランドリーを切り盛りする“フツーのおばさん”という一見冴えない人生を母体に据えながら、ある日突然、時空を超える謎の切り換えスイッチが発動する。一体何が起きたのか、観客はこの急展開に脳が全く追いつけない。夫は宇宙からの使者なのか? 経営に行き詰まったエヴリンの妄想なのか? ジェイミー・リー・カーティス(『ハロウィン』シリーズ)演じる国税局の職員が凶暴化するあたりから、観客は現在地点がわからなくなり、混乱の渦の中に放り込まれる。

究極のカオスを生み出す

宇宙には別人生を歩むいろんな自分が存在する…? 突如つきつけられた概念のもと、ネット・サーフィンの如く猛スピードで切り替わる世界の中で、ある時は指がソーセージのおかっぱ頭、ある時は圧倒的オーラを放つ大女優、またある時は『グリーン・ディティニー』を彷彿とさせるカンフーの達人と、孤軍奮闘ミシェル姉さんが数々のキャラクターを巧みに演じ分けながら大暴れ! それがどんどん頭の中でシャッフルし、かつて体験したことのない究極のカオスを生み出していくのだ。

脳の“バース・ジャンプ”

いい加減、タイムスリップものに飽き飽きしていた方も多いと思うが、本作では、脳の“バース・ジャンプ”という新手法を使って奇妙な創造世界“マルチバース(=多元宇宙)”を縦横無尽に駆け巡る。この発想が実に新鮮で、しかも、観客に対して配慮が全くないのもいい。昨今の説明的なドラマに慣れてしまった(筆者を含めた)観客は、目の前で起こる出来事に追いつけずめまいを催すが、その混乱が快感に変わり、やがてこの映像世界に釘付けとなって、「いろんな人生があるけれど、自分の人生、これでよかったのか?」などと哲学めいた境地へといざなうパワーは凄まじいものがある。

「見逃してはいけない作品」

制作会社は、今をときめく時代の寵児 “A24”。ここ最近、作品の粗っぽさが目立ち、少々懐疑的だったのが、本作でエンタテインメントの限界を突破し、映画の可能性をさらに広げてくれた力量はさすが。頭を空っぽにして、目の前に起こる出来事を素直に受け入れながら、ミシェルと共にマルチバースを旅してみる…長時間並んであっという間に終わるジェットコースターなんて生温い、ドキドキ、ハラハラ、ワクワクはまさにレベチ! 「今年、決して見逃してはいけない作品」に勝手に認定したい。

(文/坂田正樹)

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