業界視点で大胆予想!アカデミー賞は「新たな兆しと希望」を映し出せるか(前編)

日本時間の2月25日(月)8:30よりWOWOWプライムにて生中継される、第91回アカデミー賞授賞式。そこでレッドカーペット・レポーターを今年も務める尾崎英二郎さんのコラムを前後編の2回に分けてお届けします!(※注意:このコラムの文中のキャラクターの名称や、監督名・俳優名などは、原語または米語の発音に近いカタカナ表記で書かせて頂いています)

 

アメリカの地に僕が渡ってから、今年が12年目。大学で言えば、3つの学位を得るだけの期間にあたり、W杯やオリンピックで言えば、3大会続けてそれぞれの開催地でその分野のシステムや在りようを目撃してきたような時間の積み重ねになります。そのようにまとまった時間を経て一つの業界の内側で観察していると、肌で直接感じる流れや、勢い、変容というものが確実にあります。

特に2018年(+今アワードシーズン期)は、業界内で近年ずっと叫ばれてきた「多様性に富んだレプリゼンテーション」の形が、まさに目に見えて際立った年となりました。

"representation"とは、「代表する、描写する、表現する」といった意味の言葉です。

劇場やテレビのスクリーンに、どの人種で、どんなジェンダーの、そしてどのくらいの年齢でどのような立場の人物たちが、どれほど重要な意義を背負って登場するかによって、
「我々の姿が正しく描かれている! 私は、俺は、(作品の中で自分たちを代表して描かれているキャラクターたちのように)社会の中で大切な役割を担っているんだ!!」
と自覚できる、自信を持てる、士気も上がる、とても大切な要素です。

本来平等であるべき、その"代表たち"のバランスについて、
「一つの人種や、一つの性別、特定の年齢層などに偏りすぎていないか!?」
と問いかけ、改善に挑み、進めてきたのがこの何年かのアメリカの業界です。
アカデミー賞はその象徴。

ここで示される「レプリゼンテーション」は、ハリウッドの映画やテレビドラマのみならず、社会の見方をも変えさせ得る、時代のターニングポイントと言ってもいいかもしれません。本年度のノミネート作品群やノミネート者らは、その"代表たち"として、非常に力強い印象を観る者に与えてくれています。

今回は、例年の受賞予想コラムとは異なり、ズバリ!《作品賞》の行方から分析したいと思います。

「〇〇と△△の一騎打ち」「三つ巴の闘い」「本命不在で予想が難しい」というような言葉をこのシーズンにはよく聞くのですが、今年はこのどれにも当てはまらない、評論家やメディアを大変悩ませる賞レースが展開されています。

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ここに来て本命として存在感と輝きを放っている作品があります。それはアルフォンソ・クアロン監督の『ROMA/ローマ』。アカデミー賞で最多タイの10部門ノミネート。昨年のヴェネチア国際映画祭では最高賞(金獅子賞)を受賞し、先日の英国アカデミー賞でも作品賞を獲得した、現時点での最有力のフロントランナーです。全編スペイン語が使われ、メキシコで撮影された作品で、この映画が外国語映画賞と作品賞のW受賞となれば、オスカー史上初。

ところが!!
今年は驚くほどに、アカデミー賞の前哨戦である米国内の有力な賞の結果がかなり割れています。例年であればオスカー獲得に最も近いと言われている全米製作者組合賞(PGA賞)の作品賞は『グリーンブック』。ハリウッドの外国人記者たちの投票によって決まるゴールデン・グローブ賞のミュージカル/コメディ部門も『グリーンブック』が制しました。しかしアカデミー賞と重なる比重の高い同賞のドラマ部門では『ボヘミアン・ラプソディ』が栄冠に輝いています。批評家たちに選考によるクリティックス・チョイス賞の最高賞は『ROMA/ローマ』。俳優たちのアンサンブルとしての出来栄えが評価される俳優組合賞(SAG賞)のキャスト賞はなんと『ブラックパンサー』が受賞。そして監督組合賞(DGA賞)の長編映画監督賞はクアロン監督の『ROMA/ローマ』...と。

これだけ受賞結果が割れると、やはり『ROMA/ローマ』が有力なのでは?と言いたいところですが、この作品はNeflixによるストリーミング配信の映画です。アカデミー賞の候補としてエントリーするために限定的に劇場公開はされたものの、ほとんどの観客はネット上で視聴するしかありません。そうした作品を「映画」と捉えるべきか否かということは、ハリウッドではいまだに議論のテーマとなっています。

「映画は、映画館で鑑賞する醍醐味があってこそ、映画ではないのか?」という考えは感情的にも道理的にも理解はできますし、映画館の劇場オーナーたちにとってはNeflixのようなストリーミング配信のプラットフォームは直接的な脅威と思われてきました。なので、もし「ネット上で観る作品を"映画"とは見なさない」という層がまだまだアカデミー会員たちの中で厚ければ、『ROMA/ローマ』は今年多方面から最も評価され、最多ノミネーション獲得を成し遂げながらも、作品賞は逃す、という可能性はあるのです。

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アカデミー賞の《作品賞》は、他の部門賞と異なり、その投票の計算方法が複雑なことで有名です。会員たちは、その年一番自分が評価した作品に「1票」を投票する......のではありません!!! 実は、作品賞はノミネートされた作品群に、ランクを付けて投票します。今年のケースであれば8作品が候補になっていますから、1位~8位の序列を決めて投票するのです。

見事「1位」の票を投票全体の過半数獲得した作品はそのまま作品賞に輝きますが、8作品への「1位」投票が割れて分散し、どの作品も過半数を超えなかった場合は、再び計算が行われます。どういう再計算を行うかというと、投票で「1位」票を最も得られなかった最下位ランクの作品をまず受賞対象リストから外し、その(最下位作品を1位とした)投票者が「2位」にどの作品を挙げたか?を見るのです。この「2位」に挙げられた作品が再計算では「1位」票として数えられ、最初の投票結果に追加されていきます。この作業を繰り返していくと、いずれかの作品が最終的に過半数を得て作品賞獲得に至ります。

ちょっと頭がこんがらがりそうですが、簡単に一言で説明すると、最初の投票で「1位」を絶対的な得票で勝ち取れなかった場合(特に今年のように有力候補が何本かあり、得票数がバラける場合)、次点である「2位票」を多く獲得した作品にもチャンスが生まれる、ということです。

つまり、投票するアカデミー会員たちの総意として、全体として"最も好まれた、評価された"作品(より多くの人たちが候補作群の中で上位に位置づけた作品)が勝利する可能性が高いのです。

となると、それぞれの作品に何が起きてもおかしくありません。

例えば、仮に一部の会員がストリーミング配信作品である『ROMA/ローマ』を避け、『グリーンブック』や『バイス』を1位として投票したとします。しかし、『ROMA/ローマ』の存在を無視することはできずに2位にランクしたら、『ROMA/ローマ』の最終的な1位浮上はあり得ます。

もしくは、最初の投票の段階で『ROMA/ローマ』を1位にランクしても、その投票数が絶対的多数ではない場合、前哨戦で存在感を示した『グリーンブック』や『ボヘミアン・ラプソディ』が2位に多く位置していれば、やはり最終的な1位浮上があり得るのです。ノミネート作品群ではダークホースでありますが、昨年2月という早い時期に公開されながら今でも高い人気を誇る『ブラックパンサー』がサプライズの逆転劇を演じる可能性も無くはないのです。

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そう考えていくと、今年は《作品賞》に関しては、何が起こるかまったく判らないという楽しみがあります。

そもそも、ジャンルのまったく違う作品群に優劣や勝敗をつけること自体が無理なのですから、正直、本年度はどの作品が受賞しても良い、どの製作陣とキャストとスタッフが《作品賞》の栄誉の幸せに浸っても良いのではないか、と僕は考えています。

さて、では受賞予想ですが、おそらく作品賞の獲得は『ROMA/ローマ』です。1位にランク付けされるだけの作品の高いクオリティーを有し、仮に1位を多くの会員が避けたとしても2位として推す人は多いはず。

今年1月には、Netflixがアメリカ映画協会(MPAA)に加盟したというニュースも報じられました。伝統的なこの協会にインターネット配信のブラットフォームが加盟したという事実は画期的なことです。本格的に"映画製作"の会社として映画界に加わったという証明とも言えるでしょう。

今後、映画やドラマのストリーミング配信のプラットフォームは、NetflixやAmazonやHuluだけでなく、ディズニーやユニバーサルやワーナーなどのメジャー映画会社も参戦することが発表されていますから、もう今まであった「ネット配信作は映画ではない!論」も徐々に薄れていくのかもしれません。現に多くのアカデミー会員も、自分たちが非常に優れたストリーミング配信作品を続々と手掛けていますから。

そしてアカデミー賞は、未来に向けて新たな「レプリゼンテーション」を示すべき分岐点に立っているので、『ROMA/ローマ』はその幕開けに相応しい作品となる、というのが僕の予想です。

『ROMA/ローマ』は、小さな町のメキシコの一家の家庭で働いていた一人の家政婦を題材にしています。監督自身の子供の頃の経験をベースに、ノスタルジックで美しい映像の連続ですが、舞台となっているのは政治的混乱の時代であった1970年代。このような題材がアメリカの最高峰の映画賞の作品賞や主演女優賞などの部門にノミネートされること自体が本当に稀なことで、今のジェネレーションだからこそ世界中の人たちが目にすることができたという時代の申し子的な作品であることは間違いありません。
現在何かと米国政権から圧力をかけられているメキシコへの応援歌と受け止めている人も少なくはないはず。そういう意味でも様々な追い風が吹いています。

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ただ、もし仮にですが、自分に投票権があって許されるものなら、僕個人の好みとしては1位候補に『グリーンブック』を挙げます。実に素晴らしい作品です。1960年代にNYのナイトクラブで働いていたイタリア系の白人の用心棒が、高名なクラッシックの黒人ピアニストの運転手として、アメリカ南部への演奏ツアーに同行していく物語ですが、それぞれを演じたヴィゴ・モーテンセンとマハーシャラ・アリの演技の巧さに唸ってしまいます。旅の道程で、二人はお互いの間にある無理解と隔たりを少しずつ、少しずつ越えていきます。そのやりとりは時に面白くもあり、残酷でもあり、感動を心に植え付けるものでもあるのです。

アメリカには、「人種の壁、争い、格差」が存在します。

それを無くしていこうという建前と運動が長年続いていても、変えることは容易ではありません。人種のるつぼの中に身を投じてみると、その「壁」の厚みと高さが現実として立ちはだかります。

本年度(2018年)は、人種の多様なレプリゼンテーションが米国内で近年最もその意義と威力を、ようやく発揮できた年です。アフリカ系のスーパーヒーローを実写映画のリアリティーの中に持ち込み、社会現象を巻き起こすまでに支持された『ブラックパンサー』、そしてアジア系アメリカ人とアジア地域出身の俳優を全キャストに配し、アジア系アメリカンの社会にとって(1993年の『ジョイ・ラック・クラブ』以来の快挙として捉えられている)久々の大手映画会社配給作品となり、予想を超えて世界的なヒットを記録した『クレイジー・リッチ!』はマイノリティー社会の希望の光となりました。

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どちらも一昔前なら、
「(この人種をこのジャンルで)メインに配して作品を作っても、当たらないよ」
と、切り捨てられたであろう企画です。でも、ようやく変化が起きつつあるのです。

話を戻しますが、『ブラックパンサー』や『クレイジー・リッチ!』のような作品が社会に与えた変化と希望の存在意義を、たった二人の人間の反目と絆と友情を通して丁寧に綴った映画が『グリーンブック』です。それほどの重みがこの作品にはあります。きっとこの作品にも《作品賞》受賞の可能性が十分にあるでしょう。

『ROMA/ローマ』と『グリーンブック』、どちらに軍配が上がるのか? あるいは、伏兵が2位から浮上しサプライズ受賞を起こすのか? 今年は実に面白いです。

監督賞、主演&助演賞と日本の作品について取り上げているコラム後編はこちら!

尾崎さんも登場する第91回アカデミー賞授賞式は、WOWOWプライムにて2月25日(月)8:30より生中継(二カ国語版)。同日21:00から字幕版が放送となる。

Photo:

『ROMA/ローマ』『ボヘミアン・ラプソディ』TM © Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved. © Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
『ブラックパンサー』©Marvel Studios 2017 
『グリーンブック』のヴィゴ・モーテンセンとマハーシャラ・アリ (C)NYKC
『クレイジー・リッチ!』(C)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT