業界視点で大胆予想!アカデミー賞は「新たな兆しと希望」を映し出せるか(後編)

日本時間の2月25日(月)8:30よりWOWOWプライムにて生中継される、第91回アカデミー賞授賞式。そこでレッドカーペット・レポーターを今年も務める尾崎英二郎さんのコラムを前後編の2回に分けてお届けします! (※注意:このコラムの文中のキャラクターの名称や、監督名・俳優名などは、原語または米語の発音に近いカタカナ表記で書かせて頂いています)

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《監督賞》は、この部門を今シーズンの賞レースでほぼ総ナメにしてきた『ROMA/ローマ』のアルフォンソ・クアロンが獲得するでしょう。しかし、『ブラック・クランズマン』のスパイク・リーや『女王陛下のお気に入り』のヨルゴス・ランティモスの演出の小気味良さとダークな題材ながらユニークさを溢れさせるバランス感覚は最高ですし、『バイス』で政治の暗部に皮肉を込めた笑いで痛烈に斬り込むアダム・マッケイの目線もさすがです。『COLD WAR あの歌、2つの心』でパベウ・パブリコフスキが描いた愛の行方と歌と画の美しさは心を捕らえて離しません。これだけ独自の作風のものが揃ったことは、映画ファンにとっても幸運だと感じます。

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《主演女優賞》は、オスカー7度目のノミネートとなるグレン・クロースが初めて受賞の歓喜を味わうでしょう。彼女が彼女の母の人生に触れたゴールデン・グローブ賞でのスピーチは多くの心を揺さぶるものでしたが、『天才作家の妻 ~40年目の真実~』で彼女が見せた演技には映画の初めから終わりまで釘付けになります。微かな目線や表情の変化、秘めた怒りや落胆、一瞬一瞬が痛いほどにスクリーンから溢れるように伝わってきます。本年度最高の演技の一つでしょう。是非、多くの方に見ていただきたいです。
この部門の対抗馬は、『女王陛下のお気に入り』で気性が荒く気まぐれが過ぎてコントロールできないアン女王を凄みをもって演じきったオリビア・コールマンが筆頭。『アリー/スター誕生』で自身のイメージを塗り替えるほどの演技を見せたレディ・ガガも、グレン・クロースの演技に引けを取らない見事に知性的で感情豊かな役作りをした『ある女流作家の罪と罰』のメリッサ・マッカーシーも、初の演技挑戦とは思えない堂々たる演じぶりで本年度のシンデレラとなった『ROMA/ローマ』のヤリッツア・アパリシオも、皆素晴らしいですが、今年はグレン・クロースの長年の演技キャリアが報われる年になります。他の4者にはこれからもきっとチャンスが度々訪れるでしょう。

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《主演男優賞》は、『ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレックか、『バイス』のクリスチャン・ベールか。
またしても家族が心配するほどに体重を増加させて、自分の存在を消してしまうかのように見事にディック・チェイニーになりきったクリスチャンには、高い年齢層の政治に明るいアカデミー会員は強く反応するでしょう。ただし、彼はすでに『ザ・ファイター』で薬物依存の元ボクサーを13kgの減量で演じ、アカデミー賞助演男優賞を手にしています。
一方、『ボヘミアン・ラプソディ』のラミは、世界に今も多大な影響を生み続けるロックバンド「クィーン」の天才リードボーカルであるフレディ・マーキュリーを演じました。外見は決してそっくりとは言えないながらも、身体のムーヴメントと歌い方をトレーナーたちと研究・練習し尽くした演技と歌唱シーンは圧巻で、何より音楽ファンであれば誰もが知っている伝説のスターを演じる度胸と意欲の高さを評価しないわけにはいきません。一歩間違えれば俳優としてのキャリアを棒に振るかもしれないような、それほどの挑戦です。軍配はラミに上がるでしょう。

ラミは「レプリゼンテーション」という面で考えても、大きな功績を果たしています。彼はエジプト系アメリカ人。過去90年のオスカーの歴史の中でエジプト系アメリカンの俳優が主演男優賞にノミネートされたことはありません。アラブ圏の俳優たちがこれまでハリウッドでどのような役を与えられてきたか、きっと映画ファンの皆さんならいくつも思い浮かべることができるでしょう。その偏見に満ちた歴史の壁を破ってくれるのがラミの果たしたことです。フレディ・マーキュリー本人は出自を隠すためにインド系の本名を伏せて活動していました。フレディを演じたラミは今この現代、エジプト系の本名のままに活躍しています。奇しくも、その二つの時代の変化が映画の力で世界に知らしめられるということは大切です。

歴史上に実在した人物を演じたという点で見ると、『永遠の門 ゴッホの見た未来』で天才画家ゴッホを演じたウィレム・デフォーも表面的ではない深みのある演技を見せていますし、『グリーンブック』で品と教養があまり無くガサツでありながら熱い情を見せるヴィゴ・モーテンセンの演技も秀逸です。

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そして忘れてはならないのは、『アリー/スター誕生』で主演したブラッドリー・クーパーの偉業です。スターの座にあるシンガーを演じるために、ギターを修練し、レディ・ガガらと協力して曲作りにも挑み、本物のライヴコンサート会場の観客の前にも登場して撮影までやってのけた、これ以上無い役作りで、「ミュージシャンである」ことを信じさせた手腕はアートの域でした。そして同時に、彼はこの作品の監督でもある......。脱帽です。監督賞にノミネートされてもいいほどの力量を、初監督作品で見せてくれました。

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《助演男優&女優賞》は、『グリーンブック』のマハーシャラ・アリと『ビール・ストリートの恋人たち』のレジーナ・キングが受賞すると読んでいます。

男優部門の対抗馬は、ジョージ・W・ブッシュの口調や表情のそっくりさで驚かせた『バイス』のサム・ロックウェル、孤独な主人公リーにとって唯一の協力者となるも社会の落伍者っぷりを生き生きと演じている『ある女流作家の罪と罰』のリチャード・E・グラント、白人至上主義結社KKKに潜入捜査することで自らのアイデンティティーを見つめる『ブラック・クランズマン』のアダム・ドライヴァー、スター歌手である弟との愛憎を重厚に演じる『アリー/スター誕生』のサム・エリオット。
女優部門の対抗馬は、18世紀の英国王室を舞台に最高に生々しい演技合戦を見せてくれる『女王陛下のお気に入り』のレイチェル・ワイズとエマ・ストーン、副大統領を影で盛り立てる妻でありキーパーソンとなる『バイス』のエイミー・アダムズ、家庭の不和に見舞われながらも家政婦のクレオには優しさを見せる4児の母を演じる『ROMA/ローマ』のマリーナ・デ・タヴィラ。

どれも個性的で、主人公と非常に息の合ったコンビネーションを見せてくれるこの部門も、甲乙をつけられるようなものではありませんが、1960年代という人種差別の色濃い時代に生きたピアニストのプライドと品格を体現したマハーシャラの鮮やかな演技と、1970年代に婚約者が不当逮捕で拘留されてしまった娘を一身に支える母の愛の深さを見せたレジーナの二人は、主役と同等の、あるいは凌駕するほどの存在感と表現力で輝きを放っています。

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《『万引き家族』と『未来のミライ』について》

最後に日本映画について述べさせてください。本年度のアカデミー賞で外国語映画賞、長編アニメーション映画賞にそれぞれノミネートされている『万引き家族』と『未来のミライ』、この2作品が、なぜ海外で高く評価され、なぜ世界の主要映画賞で候補となるのか?
それは、普遍的なもの、どの国の人が観ても共感し得る題材を、自然に、リアリティーと繊細さをもって伝えているからだと思います。

もちろん、映画作品は"リアルさ"や"自然さ"が全てというわけではありません。人気の高い創作物というものは、実写であれアニメであれ、例えば少年や少女が、あるいは絶世の美男や美女が、類まれな才能や運命的な巡り合わせで、大事件を解決したり、時には世界の危機まで救ってしまうくらいの荒唐無稽さを、いくらでも大胆に描くことができます。デフォルメされた表現の快感や、様式的な美の良さを押し出すものも多々あります。

黒澤明監督は、映画やテレビ作品の演出についてこういう言葉を残しています。

「自省の念も込めて言うんだけど、映画も刺激ばかりで人を引き付ける手法ばかり多用する。(中略)刺激っていうのは、慣れっこになって、どんどん強い刺激を求めるようになるんだ」

つまり、大げさに描くと、その味付けに慣れていってしまうということ。衝撃的に描いているばかりではその度合いに慣れてしまうあまり、繊細なものを見失ってしまう...という警鐘の言葉です。

わかりやすく脚本を書けば、わかりやすい結末やスッキリとしたカタルシスが得られるでしょう。しかし、『万引き家族』と『未来のミライ』は、奇をてらったり、わかりやすくスッキリするような展開や結末が用意されている作品ではありません。
『未来のミライ』には、SF的な要素は場面によって含まれてはいるものの、描かれているものは幼児や赤ちゃんをなんとか働きながら育てている姿や、家族や兄妹の絆、先人との繋がりです。子供が何度も「もう一回!」「パパ」と一緒に遊ぶことをせがんだり、突然泣き出したり、好き嫌いが変化したりといった、ああ、よくある、よくある、と思える様子や仕草やふとした表情が生き生きと描かれています。
『万引き家族』は、登場人物の発する言葉が生きています。監督の作劇と演出法、そしてそれに呼応する俳優陣の力が創り出すものですが、その場その場で生モノのように響きます。俳優たちが、順序良く、ハッキリとした滑舌で喋ったりしません(いい意味で!!)。家族が自由に会話し、言葉が同時に飛び交います。子供の声が小さくて聴き取れない時もあります。自然な演技の中にそれも組み込まれています。

よく「天才子役」という言葉を耳にしますが、ステージママがきっちり教えた長ゼリフを巧みに演じられる子供が"天才"なのか? すぐに上手に泣ける子が"天才"なのか? 僕らは演技をしっかりと見極めていかなければいけません。

子供は、皆天才です。両の手に人形を一つずつ持って一人でお芝居を作れてしまうほど、信じ込む天才です。

むしろ、その集中する、信じる領域に連れていってあげて、自然な感情を生み出してあげることの手腕が監督には求められるのです。子供を長時間にわたって高い精度で演じさせることは難しい。しかし是枝裕和監督は、それを丁寧に丁寧に、優しく、忍耐強く、引き出しています。

淡々と、家族の日常を、繋がりの美しさを描いたという点では、作品賞大本命の『ROMA/ローマ』の作風、監督の手法と共通したものがあるとは思いませんか? 是枝監督の『万引き家族』がカンヌで最高賞のパルムドールを受賞したり、細田守監督の『未来のミライ』が米国のアニー賞でインディペンデント作品賞を受賞することには、確かな理由があり、国境を越えても、異なる人種の人たちでも共感を得られるのは、細やかな心の機微を見逃さない、あるいはそれを生み出して映像に刻める、確かな目と心を持っているからではないでしょうか。

本年度、このお二人が同時に、日本の映画人やアーティストたちを「レプリゼンテーション」してくれるということは、日本にいる映画ファンや僕らがもしかしたら想像できないほどの偉大な出来事かもしれません。

今日、この快挙を目にすることで、「レプリゼンテーション」の大切さに気づき、誰もがきっと感謝する、素晴らしい未来が待っていることを信じています。

いかがでしたでしょうか(最後の項目は受賞予想ではありませんが)。是非、25日の鑑賞のお供になさって下さい。
映画ファンの皆さまが、心から楽しんで下さる中継になるように、授賞式当日も頑張ります。

では、日本時間の月曜日の朝にお会いしましょう!!

 

Photo:

『ROMA/ローマ』のアルフォンソ・クアロン監督
グレン・クローズ(右は『天才作家の妻~40年目の真実~』の共演者ジョナサン・プライス)
(C)JW/Famous
マハーシャラ・アリ
(C)Hubert Boesl/FAMOUS
レジーナ・キング(『ビール・ストリートの恋人たち』)
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『未来のミライ』
(C)2018 スタジオ地図