2~3週間前の話になるが、『ブレイキング・バッド』のシーズン・フィナーレが放送された。
シーズン4を通じて攻防を繰り返してきた、主人公ウォルターと宿敵ガスの対決のクライマックスだったのだが、予想外の展開に度肝を抜かれてしまった。自慢ではないが、私のように長年ドラマを観続けている熟年のドラマニアが、最近のドラマで度肝を抜かれることなど滅多にない。しかし今回の大どんでん返しには、完全に一本取られた。このシーズン・フィナーレは、いろんなところで後々まで語りぐさになるのではないだろうか。
ネタバレの野暮を避けるため詳細は控えるが、決して奇をてらった展開ではない。ちゃんと筋は通っており、観終えた瞬間には心地よい充足感さえあった。とにかく、見せ方がうまい。必要最小限の前フリだから、予測不能のサプライズがある。今、日本で『ブレイキング・バッド』をご覧になっているファンの皆様には、ひき続きシーズン4のフィナーレまで観ることを強くお勧めする。もっとも、既に観始めている人であれば、面白くて途中で止められるはずもないのだが。
ちなみに、この『ブレイキング・バッド』が放送されている日曜夜の北米のTVは、面白いドラマがひしめき合っている。シーズン3を迎えてますます好調の『グッド・ワイフ』、今シーズンの新ドラでピカイチの『HOMELAND』、そしてついにWOWOWで放送が始まった『ボードウォーク・エンパイア』と、米国屈指の面白ドラマが全員集合しちゃった感がある。日曜の夜を自宅で過ごす人は多いだろうから、そこに一押しドラマを持ってきて視聴率を稼ぎたいという各局の思惑もわからないではないが、一視聴者としては、面白いドラマを各曜日に分散してほしいというのが正直なところ。日頃はそうめんオンリーの貧相な晩ご飯を食べてるのに、日曜だけは寿司と焼肉の豪華ディナーセットの後に、デザートでさらにカツカレーが出てくるような圧倒的なボリューム感で、なんともバランスが悪すぎるのだ。
ところで、前述の『ボードウォーク・エンパイア』を語る上で、欠かせない時代背景となるのが「禁酒法」。主人公ナッキーがあんなに金儲けできているのは、当時違法だった酒を闇で売買していればこそ。禁止されて入手が困難だから高く売れる。今の麻薬と同じ。
それにしても、陽気でパーティ好きなアメリカ人が、なぜ禁酒法なんてものを支持したのだろう? と私が疑問に思っていると、それを教えてくれる番組がまさに先日、グッタイミンで放送された。PBSのドキュメンタリー『Prohibition』だ。
同番組を監督したケン・バーンズは、米TV界で有名なドキュメンタリー作家。過去にも『Brooklyn Bridge』『Baseball』『Jazz』『The War』など数々のドキュメンタリー作品を監督し、エミー賞を受賞している。今回の『Prohibition』は1エピソード2時間×全3話のミニ・シリーズで、第1話「A Nation of Drunkards(酔っぱらいの国)」、第2話「A Nation of Scofflaws(違反者の国)」、第3話「A Nation of Hypocrites(偽善者の国)」で構成されており、それぞれのエピソードで
1)いかにして禁酒法が成立するに至ったか
2)いざ成立した禁酒法がどのように受け止められたか
3)いかにして禁酒法が廃止されるに至ったか
が語られる。
ここでは私が気になっていた「なぜアメリカ人が禁酒法を支持したのか」について、ほんの触りだけご紹介したい。
そもそも、1620年に英国から新天地アメリカへと航海したメイフラワー号の船倉はビヤ樽でいっぱいだった、というくらいアメリカへの移民者たちは当初から酒好きが多かった。朝食を含め、三度のご飯時にはビールもしくはアルコール入りのサイダーを飲む。多くの町では、それ以外にも一日2回は休憩時間があり、仕事の手を休めて飲んでいたという。
つまり一日に5度もビールを飲んでいるわけで、「それじゃただのアル中じゃん」って感じなのだが、それでもビールで済んでいるうちはまだ良かった、と歴史家は語る。数千年に渡ってフルーツや穀物からマイルドに酔わせる醸造酒を作ってきた人間が、19世紀の初頭までにラムやウイスキーなどアルコール度数の高い蒸留酒を作りはじめる。やがてアメリカの労働者たちもビールだけでは飽き足らず、ウイスキーを飲むようになる。それも上述のように、一日に5度のペースで。
1830年までに、15歳以上の平均的アメリカ人は、年間ボトル88本分に相当する量のウイスキーを飲むようになっていた。これは今の平均的アメリカ人のおよそ3倍の量で、アメリカ国民が酒を買うために年間に消費する金額は、米国政府の総支出額を上回るまでになったという。まさに、「酔っぱらいの国」だ。かくして当時のアメリカにはアル中が溢れ、仕事もせずに家のモノを質屋に持っていって酒代にし、酔っぱらっては妻や子どもたちを虐待するという、ベタな時代劇のように不幸な家庭が増殖する。
なにしろ、離婚や家庭内暴力という概念自体がまだ存在しなかった時代の話。妻や子どもたちを守ってくれる法律はない。だからこそ、最初に禁酒運動に立ち上がったのは女性たちだった。バーや居酒屋の前に集い、祈りを捧げ、禁酒を訴える。雪の降る寒い日に、バーの店主にビールをぶっかけられたりしながら。あるいは、もっと過激に手斧でバーを破壊してまわった伝説的な女性もいたという。そんなエピソードをひとつひとつ丁寧に拾いながら、『Prohibition』はやがて禁酒法施行へと繋がる大きな時代のうねりを描いていく。
次回『ボードウォーク・エンパイア』を観る際には、このような時代背景をチラと頭の隅に思い浮かべながら鑑賞してみてはどうだろう。できれば、一献傾けつつ。好きなときに好きな場所で好きなだけ酒が飲める幸せを噛みしめながら。