アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』から始まったサイコスリラーというジャンル。90年代の『羊たちの沈黙』がアカデミー賞の頂点を極め、デヴィッド・フィンチャーなどの名匠たちが、数々の心理合戦を繰り広げてきた。
テレビでは『クリミナル・マインド FBI行動分析課』が人気を博し、まったく新しい視点からシリアルキラーを描いた『デクスター~警察官は殺人鬼』が登場。
やり尽くされて、ネタ切れだと思われていた殺人鬼キャラに新しい風を吹かせ、再び盛り上げた。
そして、今年、また新たなサイコスリラーが誕生。
それが『ザ・フォロイング』だ。
名スリラーには、名悪役がつきもの――
ということで過去の名作に絡めながら、最悪の殺人鬼ジョー・キャロルに迫る。
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<ジョー・キャロルのフォロワーのタイプ>
■『サイコ』(1960年):ノーマン・ベイツ
普通の好青年が殺人鬼だった――サイコスリラーの傑作にして、すべてのサイコスリラーはこの作品から始まった原点的な作品。
殺人鬼ノーマン・ベイツは、ハンサムで控え目な青年だが、実は女装趣味があり、マザコンで、性的妄想の世界に囚われた異常者だ。異常な殺人を描くというのは、それまで悪趣味なB級ホラー映画とされ、一流監督のアルフレッド・ヒッチコックが撮るなんてことはあり得なかった。『サイコ』を撮るまでの苦労話は、アンソニー・ホプキンス主演『ヒッチコック』で詳しく描かれている。
エド・ゲインという実在の殺人鬼をモデルに心の闇に迫ったヒッチコック。彼は、「誰が、なぜ殺したのか」に重きを置く従来のサスペンスを超え、「殺したのは、どんな人物なのか」という人間心理そのものに焦点を当てた。
女性の皮をはぎ、母親になろうとしたエド...。ヒッチコックが注目したエドの屈折した人間心理は、後に74年の『悪魔のいけにえ』のレザーフェイクや91年『羊たちの沈黙』のバッファロー・ビルというキャラクターにつながっていく。
自分ではない誰かになりたいという願望は、誰もが持っている感情だ。それゆえに好奇心を駆り立てられるのだろう。「なぜ、モンスターになってしまったのか」と。そのあたりは、ドラマ『Bates Motel』に描かれている。支配的な母親と暮らす普通のいい子だったノーマンが、どんどん危ない闇に堕ちていくのだ。始めから異常だったわけではなく、人生であり得る不幸な出来事が重なり、理性の軌道がズレていく怖さ......ノーマン・ベイツは、誰もが胸に抱えるコンプレックスが形になった"自信のない、いい子"かもしれない
ジョー・キャロルは、ノーマン・ベイツのように抑圧された感情を持つ、社会的に受け身な人間たちを洗脳し、殺人教団に勧誘していく。支配されると安心し、力を発揮するタイプだ。
<ジョー・キャロルのカリスマレベル>
■『オーメン』(76年):ダミアン
6月6日6時に産まれた悪魔の子ダミアンと息子の正体を探る父親を描いた傑作ホラー。
サイコスリラーとは少し違うが、『ザ・フォロイング』の恐怖は、この『オーメン』に通じるところがあるので、あえてピックアップした。
ジョー・キャロルは、自らの信奉者を募り、操り、殺人カルト教団を形成していく。
つまり、事件を追う側にしてみると、どこに敵が潜んでいるかわからない。
『オーメン』のように案外、すぐ身近なところに敵が潜入している場合もあるのだ。
油断していると「お前もかっ!」と敵の一派にやられてしまうというわけだ。
会う人すべてが疑わしく思えてしまう怖さ...。
観ているうちに疑心暗鬼・地獄に陥っていく。
しかも信奉者たちは盲目的にジョーを信じ、従う。
ジョーのためになることならば、何だってするのだ。
まさにダミアンの信奉者がそうであったように。
ジョーやダミアンは、ただいるだけでいい。
そこにいて悪魔的なまなざしを向けていれば、邪魔者は信奉者たちが始末してくれる。
「頼むからそんな目で見ないでくれ!」と思わず叫びたくなる。
<ジョー・キャロルの頭脳レベル>
■『羊たちの沈黙』(91年)/『ハンニバル』(01年):ハンニバル・レクター博士
アンソニー・ホプキンスが演じたハンニバル・レクターは、映画史上最強の悪役キャラだ。
絶対に負けない感じがする。常にうっすらとした微笑みを称え、囁くようにしゃべるが、底知れぬ恐ろしさが背後からモワァ~と立ちこめていく。
彼の青年期を描いた『ハンニバル・ライジング』(06年)から、逮捕され、独房に入る前のレクター博士を描いた『レッド・ドラゴン』(02年)や『刑事グラハム/凍りついた欲望』(『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』)(86年)など何度も映画化されている悪役界のヒーロー的存在だ。現在では、テレビドラマ『ハンニバル(原題) / Hannibal』も放送がスタートし、すでにシーズン2まで製作が決まっている。人気という意味でも強い!
レクター博士の魅力は、優雅で、聡明で、天才が持つ独特の威圧感だ。彼自身も優れた知性と感性、そして教養と知識を誰よりも備えた人物であることに強いプライドを持っている。
だからこそ、生まれながらの王者のような貫録がある。
彼の前に立つと誰もがすべてを見透かされているような緊張感で、心がザワザワしてくる。
王者なのだ。
つまり、究極の負けず嫌い。
ジョー・キャロルもまさに自分を誰よりも教養の高い、知的な人物だと自負している。
ノーマン・ベイツとは反対に、自信たっぷりで、筋金入りの負けず嫌いだ。
そして両者とも、相手をいつのまにか服従させるのが大の得意。
「捕まってほしくないな...」とつい思ってしまったら、
あなた、もうハマってます!
観客すら魅了し、洗脳してしまうのだ。恐るべし!
もう一つ、二人の共通点として、獄中でも絶対に時間を無駄にしない、妙に勤勉なところがある。
レクター博士も獄中で精神医学学会に論文を発表し、外の世界とつながっていたが、まさにキャロルも獄中から自分の信者を増やす洗脳活動をしている。
この二人、絶対ヒマでも家でゴロゴロしたりしなそうだ。
<ジョー・キャロルの意地悪レベル>
■『セブン』(96年):ジョン・ドゥ
この作品で、ケビン・スペイシーが演じたジョン・ドゥという連続殺人鬼は、これまでの猟奇殺人を扱ったサイコスリラーとちょっと違う。
それまでの殺人鬼たちは、暴力的な性衝動や破壊衝動に支配された"明らかな"精神異常者であった。そのため、犯人のプロファイリングをし、心理を読み、先回りをして事件解決に奔走する...というのが、パターン化していた。
しかし、その流れをジョン・ドゥが変える。
彼は、キリスト教の"七つの大罪"という自分が設定した目的を達成するために、完ぺきな標的を選び、殺し、見せしめのために悲惨な姿でさらしていく。
標的に、ブロンドがいい、ぽっちゃり型好きなんて個人的な趣味はない。そういう性的なものではなく、自分がなすべき"お仕置きゲーム"を盛り上げるために、ピッタリのパーツを探していくのだ。
彼にとって殺人はゲーム。崇高な目的を掲げながら、ゲームで相手を翻弄し、支配し、最後に勝ちたいのだ。この殺人鬼像は、後にマイケル・ダグラス主演の『ゲーム』や『ソウ』シリーズにつながっていく。
ジョン・ドゥは、非常に計画的で、非常に冷静、ストイックで、冷徹。
世界そのものを憎む、まさに意地悪の極み。
そして、ブラッド・ピット演じるミルズ刑事を翻弄し、精神的にいたぶっていく。
ジョー・キャロルも、ケヴィン・ベーコン演じるライアンを相当、意地悪くいたぶっていく。
冷静に、計画的に...
「意地悪にもほどがあるぞっ」とツッコミたくなるくらい。
<ジョー・キャロルのセクシーレベル>
■『アメリカン・サイコ』(00年):パトリック・ベイトマン
好青年が殺人鬼というのは、『サイコ』のノーマン・ベイツに通じるものがあるが、
それに最高の肩書が加わったのが、クリスチャン・ベイル演じる本作のパトリック・ベイトマンだ。
エリート社会に生き、物質的には恵まれているパトリックだが、心はうつろで、異常な暴力衝動を抱えて生きている。超イケメンで、超オシャレで、誰もがうらやむ男は、実は現代の切り裂きジャックだった...。
肩書があってイケメンだからといって騙されてはいけない。
時々ちらりと見せる氷のような冷たさをクリスチャン・ベイルが繊細に恐ろしげに演じている。
大学教授という肩書に、影のあるセクシーさ...ジョー・キャロルもそうやって女子大生たちを餌食にしてきたわけで...。騙されてはいけない!
<ジョー・キャロルの行動範囲レベル>
■『サスペクト・ゼロ』(04年):プロファイル不可能な無差別殺人鬼
アーロン・エッカート、ベン・キングズレー共演のサイコスリラー。特定のパターンや痕跡を残さないためプロファイリング不可能な連続殺人鬼がいる。場所も、時間もまったく違うため、同一犯の犯行かもわからないという究極のシリアルキラーだ。例えばアメリカ全土で行方不明になっている少女たちがいるが、もしすべて同一犯の犯行だったら......。この作品は、この仮説をやや"反則技"とも言える方法で突きとめる謎の男とFBI捜査官の物語だ。
この作品を見ると、事件が発覚するだけでも大変なことなのだと思ってしまう。
以前、南部の田舎のハイウェイを延々と車で走っていた時、「ここで殺されて、捨てられても誰も発見してくれないだろうな」とふと思い、怖くなったことがある。
『ラブリー・ボーン』のように発見されない被害者の数は膨大かもしれない...それを想像するだけで背筋がゾゾゾっとくる。
他のラインナップに比べて、かなり地味な作品ではあるが、犯人を"野放し"にする恐怖が伝わり、忘れられないスリラーの一作になっている。しかも犯罪の実行範囲のとてつもない広さであるのもアメリカならでは。確かに反則技がないと解決しないかもしれない...。
というわけで、ジョー・キャロルは、殺人カルト教団を使ってこれからどんな犯罪を展開していくのだろうか。そして、一人の殺人鬼から、殺人鬼集団になっていく悪の進化に、ライアンはどう立ち向かっていくのか。
ジョー・キャロルという殺人鬼の悪魔的な魅力と、その手先が各地に"野放し"になっている恐怖...。強敵ほどサスペンスは盛り上がる。ぜひ、『ザ・フォロイング』を最後までフォローしてほしい!
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『ザ・フォロイング』WOWOWプライムにて
7月9日(火)スタート(全15話)★第1話無料放送★
二カ国語版:毎週火曜 23:00~
字幕版:毎週水曜 深夜0:10~
企画・製作総指揮:ケヴィン・ウィリアムソン
出演:ケヴィン・ベーコン(ライアン・ハーディ役/声:山路和弘)
ジェームズ・ピュアフォイ(ジョー・キャロル役/声:東地宏樹)
ナタリー・ジー(クレア・マシューズ役/声:岡寛恵)
ショーン・アシュモア(マイク・ウェストン役/声:下崎紘史)
アニー・パリッセ(デブラ・パーカー役/声:藤本喜久子)
カイル・キャトレット(ジョーイ・マシューズ役/声:伊藤実華)
Photo:(C)Warner Bros. Entertainment Inc. 『オーメン』 (c)2010 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved. 『羊たちの沈黙』 (c)2012 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. 『セブン』 (c)1995 New Line Productions, Inc. All rights reserved.