俳優たちを輝かせる! 意外と知られていない《スタント》の領域

映画やテレビドラマに欠かせないスタント/Stunt。その仕事の実態に、僕ら観客や視聴者は触れる機会がほぼ無いと言っていい。なぜか?

 

まず、
スタントマンやスタントウーマンやスタント・コーディネーター自身が、
彼らの体験や技について公に語ること自体が稀である。
彼らが "売り" とするものは、その卓越した身体能力とプランニング(計画/準備)の確かさと、危険な行為を安全に体現する芸であり、
彼ら自身が「スター」になるのではなく、スターや俳優たちの魅力を最大限に見せるための「効果」という役割に徹しているからだ。
なので彼ら自身がインタビューの対象になることが滅多に無い。

そして、
メジャーな映画及びテレビ賞のカテゴリーにスタント部門が無いことで、
その極限の技に脚光がなかなか当らない、ということもあるだろう。
アカデミー賞にも、ゴールデン・グローブ賞にも、スタントマンやスタントウーマンらが生んだシーンや作品を讃える部門は無い。
(※ 米国映画俳優組合が与えるSAG賞には、映画テレビ作品の両方で、"スタントアンサンブル/Stunt Ensemble:スタントで出演したチーム全体"に授与する部門がある。またエミー賞にも、"スタント・コーディネーション/Stunt Coordination:スタントの監督/演出"の部門がある。但し、クリエイティヴ・アーツ・エミー賞と呼ばれるいわば技術賞で、個人のスタントやアクションの演技部門というのはやはり存在しない)

この知られざる《スタント》という領域は、
その技術の善し悪しを見極めるには、視聴者や観客にとってはやや複雑で、
どのショットが素晴らしいかを厳密に評価する判断が難しい。

実に、

「奥が深い!」

分野なのである。

読者の皆さんが、スタントという言葉を聞いてイメージするシーンはどんなものだろう?

爆発の火中に居る、
空や高いビルから落下する、
市街でのギリギリのカーチェイスを展開する、
車や壁に激突する、
カンフーなどの格闘アクションをする...
大体このような絵面ではないだろうか。

 

もちろん、それらはスタントシーンの代表格である。

しかし、スタントという領域は、実際には非常に広い範囲を網羅する。
たとえば、シットコムやコメディ映画で、無様に地面に転んだり、
突然開いたドアで顔面を痛打したり、自転車で池に落ちたり、
多くの笑いをとっているような一瞬でも、それがスタントである可能性は高い。
スタント・コーディネーター(アクション監督的な責任者)が撮影現場にいてスタントマンかウーマンが綿密な計画の上で演じていたりするのだ。
(※ 但し、危険の度合いがそれほど大きくなければ、リアリティを重んじ、俳優本人に演じさせる現場の判断も当然ある。そのほうがもちろん笑えるから!)

よくある喧嘩のシーンも同様。
ドラマ作品でもコメディ作品でも、ビール瓶で頭を殴ったり、テーブルの上に落ちたり、窓ガラスを割って外に投げ出されたりという場面はよく見るが、
こういう時にも現場にスタントチームは必ず居る。スタントマンが演じるか、俳優本人が自分でこなせるかは、その難易度によって判断される。

つまり、

少しでも危険が伴う行為が演技中に発生する場合、その場面が大規模なものでも一瞬のものでも、それは《スタント》と見なされる。

もしそのシーンの危険な行為で、主要キャストがケガでもしてしまった場合、撮影はストップしてしまう。
そうなれば撮影隊を動かすために現場に賭けている予算は水の泡と消え、大損害を製作陣は被ってしまう。
そうならないために、スタントのコーディネーターとパフォーマーたちが活躍しているのだ。

先に述べたクリエイティヴ・アーツ・エミー賞(本年度)では、
ドラマ部門では『アメリカン・ホラー・ストーリー』『アロー』『バーン・
ノーティス』『ザ・フォロイング』『ゲーム・オブ・スローンズ』『グリム』
『ハワイ・ファイヴ・オー』『HOMELAND』『NCIS』『ニキータ』など、
そしてコメディ部門でも『クーガー・タウン』『モダン・ファミリー』
『NEW GIRL』『30 ROCK』『MIKE & MOLLY』など、
多くの局の人気番組が優秀スタント・コーディネーションの審査対象として挙げられた。

スタントは、作品のジャンルを問わず、観る者の心を奪うのに不可欠な要素なのだ。

僕が初めて《スタント》という領域に生で触れ、敬意を抱くようになったのは、2003年の映画『ラストサムライ』の現場だった。
僕が雇われたポジションは、壮絶な戦いを演じる侍の一人で、胸を刺されて叫ぶショットを顔出しで演じているので、厳密に言うと"俳優がスタントに挑ませてもらった"という立場だった。
刀の殺陣/立ち回りのアクションというのは、当然演じる俳優たちに危険が及ぶので、スタント(Sword Stunt)と見なされる。
実際に現場で目の当たりにした、多くの日本人を含むプロのスタントマンたちの仕事ぶりは本当に圧巻だった。
正確無比。何テイクも何テイクも、同じところを同じタイミングで斬られたり、倒れたり、落馬したり、という動きをピタリとカメラのフレーム内に収めるという技をやってのける。
主演俳優たちに斬り掛かって行っても、決してケガはさせない。そのスピードも迫力も、俳優とは違う何かを持っていた。
筋金が本当に身体に入っているようなたくましさがある。
彼らが見せてくれたお手本の数々、姿勢は、いろいろな仕事の局面で今でも僕の中で生きている。

2本目の米映画『硫黄島からの手紙』では集中砲火の中を走り 、撃たれ、倒れ込んで絶命するというシーンで、スタント・コーディネーターと話し合い、すべてのテイクを自分で演じさせてもらった。
胸に弾着(撃たれた時に血が噴き出す効果)を仕込み、全速で走って行き、勢い、前に倒れ込むという一連のショットは、俳優にとって危険を伴うという判断から、やはりそこにはスタントチームがいてくれたのだ。
なんと、僕のスタントダブルまでが用意されていたのだが、
「俳優本人ができるなら、本人のほうがいい」というのがコーディネーターの判断だった。

近年撮影した3作目の映画では、また別のスタント・コーディネーターと仕事を共にした。
数分間のアクション場面にかけた撮影日数はフルで3日間。その撮影の事前には、彼の稽古場で2日間のトレーニングがあり、加えて撮影の前日には本番の立ち位置を確認してのリハーサルが設けられた。
数分間の映像のためのプランと準備に多くの時間と予算をかけることにあらためて感動した。
「これだけの手間とアイデアを注いでくれるのか...」と。
彼のコーディネーターとしての活躍は、映画に限らず、テレビシリーズでも見られる。この秋話題の新シリーズでもスタントの演出を手がけたばかりだ。

僕はまだテレビシリーズでは、残念ながら演技の中でスタントを演じる機会を得たことはないが、これまで現場で出会ったコーディネーターやスタントチームの方々とは、必ずドラマの撮影でも再会できると信じている。

スタントを担う強者たちの見事に鍛錬された技を無くしては、
あらゆる類いの映画やドラマの迫力のある瞬間は生まれない。

スタントの本質と使命をズバリ言えば、

どんな激しいアクションシーン、
どんな危険な行為が起こる展開の中でも、

「観客に、"これはスタントだ"と気づかせない!!!」

本当に何かが突発的に登場人物の身に起きていると信じさせる、
ということに尽きる。

スタント・ダブル(Stunt Double:主演や助演などのアクションの完全な代役)の責任を負うパフォーマーが重要なアクションを演じる際は特に、
「代役が吹き替えている」と絶対に見抜かれてはいけない。
身体的にも俳優本人に酷似させる努力が必要となる。

映画やドラマを人々が初めて見る瞬間は、スタントのことを意識させてはいけない。
「凄いスタントマンだな!」と思わせたら、それはつまり観客が物語に没頭できていないということだから、スタントチームとしては失敗だ。

また、スタントダブルという地位だけでなく、
ユーティリティー・スタント(Utility Stunt:多目的で活用されるスタントパフォーマーたち)も同様の使命を常に帯びている。

たとえば、一つのドラマのエピソード内で、端役のチンピラを演じる俳優が後頭部を蹴られる一瞬を、スタントマンがその1ショットだけ吹き替える場合でも、顔や身体的特徴を視聴者に意識させてはいけない。
ユーティリティーとして雇われた有能で重宝されるスタントマンたちは、様々なシーンで殴られたり、蹴られたり、撃たれたり、死んだり、を繰り返さなければならないので、
「同じ人だ!」とバレてはいけないからだ。

鮮やかなボディワークを存分に披露しながらも、
"自分自身"を印象づけてはいけない。

その至難の使命に、
文字通り「命」を賭けている。

 

スタントマンたちは、僕らとは違うオーラに包まれている。
一匹狼のような、素浪人のような、鋭い目で現場に立っている。
しかし彼らはスーパーマンではない。生身の人間だ。
だから、背中から地面に叩き付けられたり、馬に跳ね飛ばされたり、
蹴りが当たってしまったり、全力で振り抜いた刀のレプリカが皮膚をかすめれば当然痛いのだ。
あざにもなれば、骨も折れる、脳しんとうも起こす、生傷は絶えない宿命にある。
最悪の事故が起これば、スタント生命が終わってしまうさえあり得る。

それでいて、俳優にはいつも優しい。
非常に丁寧に接してくれる。

今年の初夏、ある撮影現場で、
僕の代役のスタントマンが、

「I"ll make you look good!(君を輝かせるからね!)」

と僕に声をかけてきてくれた。
彼は黙々と撮影に臨み、何度も何度も激しいアクションのテイクを重ねた。

その時の言葉こそが、彼らの真髄なのかもしれない。

自分を極力消し、
シーンの中のいくつものショットで作品ファンや俳優ファンの肥えた目を巧みにあざむく。

彼ら自身が抱える恐怖や葛藤は一切見せず、
究極の身体コントロールで、
俳優にとって物理的も身体的にも不可能なレベルのシーンを実現し、
俳優たちの演技表現とストーリーの幅を拡大させる。

観客や視聴者たちにギリギリの危険を感じさせ、
「迫力とスリル」を提供してくれる。

プロ中のプロたちの領域。

その職人芸が

《スタント》なのである。


『HAWAII FIVE-0』
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『NCIS:LA ~極秘潜入捜査班』
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『パーソン・オブ・インタレスト』
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『ゲーム・オブ・スローンズ』
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『ARROW/アロー』
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