さて今回は、二つの人気ドラマを取り上げてみます。
注目するのは、物語の中で描かれている「事件に絡む日本人像」。
(※ 若干のネタバレ、ありです)
2014年の3月17日。好視聴率を誇る全米4大ネットワークの2番組が、日本人を主題にしたエピソードを放送しました。
プライムタイムのゲストスター枠に日本人のキャラクターが登場する、しかも同夜に! というのは非常に珍しい確率と言えます。
【関連記事】米国TVドラマの出演枠、アジア系俳優には何%のチャンスがある!?
二つのドラマとは、
ABCの『キャッスル ~ミステリー作家は事件がお好き』(日本ではFOXで放送中)、
そして
NBCの『ブラックリスト』(日本ではスーパー!ドラマTVで放送中)。
まず、『キャッスル』。
このドラマは、大人気推理小説作家のリック・キャッスルがNY市警の犯罪捜査に協力し、次々と事件の謎を解き明かしていく作品で、ネイサン・フィリオン演じるキャッスルと、スタナ・カティック演じる市警のケイト・ベケットの小気味良く知的で軽快なやりとりが広く支持されています。
この日放送されたシーズン6の第18話には「The Way of Ninja」という大胆なタイトルが付けられています。もちろん、"現代にも忍者が存在する!"といった、時代錯誤のストーリーではないのでご安心を。
ある夜、日本人女性ダンサーが殺害されます。そのダンサーの"夜の務め先"であるクラブに潜入するキャッスルたち。そこから、ある組織と彼女の妙な関わりが浮き彫りになる...といった筋書きでした。
なかなかハリウッドでは、日本人女優のオーディションの機会が(男優の割合と比較して)多くはない中で、このエピソードには何人かの日本女性の役がありました。捜査に対して情報を提供する領事館の女性や、クラブのママ、殺害されたダンサーの仕事仲間など...。
一方、『ブラックリスト』。
国際的な凶悪事件に関与したと指名手配されていたレイモンド・レディントンが、突然姿を現し、FBI の捜査に協力。過去にレイモンドが関わった犯罪者たちの"ブラックリスト"をもとに、今、進行している事件の首謀者を次々と炙り出す謎に満ちたドラマシリーズで、主人公レイモンドをベテラン俳優ジェームズ・スペイダーが演じている番組です。
シーズン1の第16話のタイトルは「Mako Tanida」。ブラックリストに名前のある一人です。FBI が過去にレイモンドを追跡した捜査線上で逮捕したマコ・タニダが網走刑務所から脱走したという話で、伝説的なヤクザという設定でした。
まず皆さんが思うのは、"マコ?女(のヤクザ)?"ということではないでしょうか。そうではないのです、もちろんこの役は男。僕の想像ですが"マコ"というのは、映画『砲艦サンパブロ』でアカデミー賞にもノミネートされたことのある往年の日本出身俳優マコさん(本名:岩松信)から発想を得たものだと思います。マコさんは、TVシリーズ『グリーンホーネット』で、ブルース・リーと死闘を繰り広げた悪役を演じたこともある方で、この国の業界では知名度が高いのです。米国ドラマの役名を、そういうところから引っ張ってくることはよくあります。
そして "タニダ" というのは、『硫黄島からの手紙』の厳しい上官であった"谷田大尉"から着想を得た可能性を否定できないでしょう(外国のライターが、"タニダ"という名を選ぶこと自体が稀だと思うので)。
例えば、日本の映画やドラマの中で、日本の脚本家が、白人のアメリカ男性役を書いたとします。仮に「ジェード・ザッカリー」と名付けたとしましょう。この名前に、すぐに「あれっ???」と反応する日本人視聴者の割合はそれほどは多くないのではないでしょうか。でもアメリカ人がこの名前を見れば、少し変であることに気づきます。"Zachary"はファーストネームだし、"Jade"は女性の名(翡翠:ヒスイの石の意味があります)だからです。
よく調べなければ、こういう類いのかんちがい、とらえ違いは起こり得ます。なので、"マコ・タニダ"という名称には、少なくとも脚本家がなるべく正しい日本人名にしようとした努力が伺えるのです。
日本の視聴者から見れば、その"努力"にも「??」と、物足りなさを感じる部分もあるかもしれません。しかし、ハリウッドの歴史の中では、"ユニオシ"(ユニオン?)"マシド"(松戸?)"ヤツコ"(元は何だ?)といった「コレじゃない感」が漂っていた命名が多く存在したことを考えれば、少しずつですが改善されてきていることがわかります。
ところで、この『キャッスル』と『ブラックリスト』の、どちらの回のゲストスター枠や他の主要な役にも、日本人俳優が起用されることは(今回は残念ながら!)ありませんでした。
これらの役柄を実際に"日本人(外国人)"が獲得するのは、決して簡単ではありません。当然そこには競争があるからです。競争とは、単に日本人女優や男優たち同士のしのぎ合いではなく、アジア系アメリカ人俳優たちと「競う」ということです。
前述したように、『キャッスル』の持ち味は「小気味良く軽快な会話」。だとすれば、奥行きのある演技力のみならず、英語セリフをどれだけ"ドラマのリズムとスピード感"を崩さずに体現できるか、という面が必ず俳優たちに問われます。
(※ この点は、会話主体の米国ドラマではどの作品にも言えますが)
現実の社会を見れば、領事館には英語が堪能な日本人の方々が勤務していたり、ロサンゼルスの街には、米国で技を磨こうと日々レッスンに通いながら、夜に学費や生活費を稼ごうと、クラブでアルバイトしている日本人ダンサーたちが沢山います。
なので「リアルさ」のみを重視するならば、日本人女優や俳優たちを、これらの役柄に積極的に起用してもいいはず。
『ブラックリスト』にしても、もし生粋の日本人をキャストしていれば、伝説的なヤクザの人間像に、日本人独特の怖さや情緒の奥行きが増したかもしれません。
しかし、米国で"外国語訛りの英語"に慣れ親しんでいるのは、主に西海岸と東海岸の州に居住するアメリカ人だけと言っても過言ではない中で、中西部などを含む米国の大多数の視聴者たちにとっては、"聴き取り難い英語&リズム"であってはいけないのです。
『キャッスル』と『ブラックリスト』のようなミステリー系の作品であればなおさら、セリフの一言一言が事件を解くカギになる可能性があるわけですから、言葉の明瞭さを重要視するのは当然です。聴き取れないかもしれない、というリスクを製作チームが背負うわけにはいきません。
したがって、結果的には日系、中国系、韓国系を含むアジア系アメリカ人の俳優たちが日本語のアクセント(訛り)を修練して役を掴むパーセントがまだまだ高い現実があるわけです。
僕ら日本人俳優・女優は、その「聴き取れないリスク」を打ち消すハードルに常に挑んでいます。
しかし、しかし!
僕がここでお伝えしたいのは、たとえ日本人の俳優が起用されなかったとしても、むしろこれらの『キャッスル』と『ブラックリスト』の放送回は視聴者の皆さんにおススメ!!だということ。
日本人が演じる可能性のあるエピソードがこうして生まれる点、米国の脚本家やプロデューサーやディレクターたちが、日本の"謎のある" もしくは"奥の深い"イメージの文化に今も惹かれている点、僕ら俳優・女優が日頃どんな英語のセリフと格闘しているかという点を、皆さんに体感し、知ってもらえるからです。
"日本人"を題材にしたこれらの回を、是非いろんな角度からご覧になってみて下さい!!
アメリカのクリエーターたちが抱いている「ミステリアスな日本人像&文化」、なかなか興味深くて、面白いですよ♪
Photo:『キャッスル ~ミステリー作家は事件がお好き』
(c)ABC Studios.
『ブラックリスト』
(c)2013 Sony Pictures Television Inc. and Open 4 Business Productions LLC. All Rights Reserved.