『ブレイキング・バッド』字幕翻訳者に突撃インタビュー!

毎週金曜日よる10:00からスーパー!ドラマTVにて放送中の話題作『ブレイキング・バッド』。回を追うごとに本作の魅力にハマっている方も少なくないことかと思います!
この作品をさらに楽しんでもらうために、本作の字幕翻訳を担当された柏木しょうこさんにインタビューをしてきました。本作の見どころはもちろん、字幕翻訳という仕事についても伺ってきたので、「この道を目指してみたい」と思う方も要チェックです!

まずは、『ブレイキング・バッド』について。

――本作の字幕を担当されたのはいつ頃からですか?

シーズン1を初めて翻訳したのは、4、5年前になると思います。連続もので、しかも巧みにいろいろなエピソードに絡んでくるので、最終シーズンまで全話の字幕を担当させていただきました。

――初めて本作を観たときの感想は覚えていらっしゃいますか?

ファースト・シーンから度肝を抜かれたのを覚えています。正直、パイロット(第1話)を拝見して、「すごいドラマが来た!」と思いました。こういう癖のあるドラマが好きだったのでワクワクしました。

――シーズンを重ねていくうちに、物語の流れが大きく変わったりする「分岐点」のような瞬間があるように思うのですが、そんな瞬間を感じたことはありますか?

シーズン1、2は、「バレたらどうしよう!」という、ブラック・ユーモアが効いた喜劇的な雰囲気ですが、シーズン3から緊張感が増して色合いが変わってきます。どんどん大変なことになっていくんです。上質なブラックコメディから、重量感あふれる人間ドラマに変化していくような感じです。このドラマの場合は、やはりウォルター・ホワイトとジェシー・ピンクマンの関係性や内面が、その問題の大きさに呼応して変化していくので、心理を追うのが楽しかったです。というか、翻訳していても続きが気になって気になって(笑)

とにかく、顔つきがどんどん変わっていくんです。ウォルターを演じるブライアン・クランストンなんか、もう最後は別人みたいですよ! すごすぎます。こんなにドラマを見ていて、演技で鳥肌がたったことは数えるほどしかありません。翻訳しながらすごすぎて、絶句しちゃうんです(笑) 感極まって泣きながら翻訳しているときもありました。

――本作の字幕を作っていて楽しい、やりがいを感じる点は? 逆に難しいと思う点は?

含みを持たせるセリフが多いので、そこが一番難しかったですね。字幕制作ディレクターさんなどに支えられながら、日々悪戦苦闘しておりました。その支えがなければ孤独死してたかも(笑) 翻訳は孤独な作業なので、ご意見や容赦ない指摘をしてくださる方々がいることがありがたいです。この場をお借りして、まず感謝の気持ちを...おっと、何かのスピーチみたいになってしまいますね(笑) やりがい、というとかっこよすぎて気恥ずかしくなるのですが、一つの作品にかかわると、スタッフさんはもちろん、その作品にも育てられていくんです。世界を広げてくれるというか。この仕事は"答え"があるような仕事ではないので、常に課題を突き付けられることがやりがいにつながっているのかなと思います。

そういう意味でも、この作品は自分の翻訳者としての未熟さや課題までがっつり思い知らされる難しい作品でした。どうしてもネイティブの感覚で解釈がわからない時などは、ネイティブで映画業界のライターや映画を翻訳している翻訳者、フィルムメイカーといった、いわゆる言葉・映像のプロである友人に確認しました。それでも微妙に意見が割れることがあるんです。彼らもこのドラマのファンでしたので、どんどん解釈をあげてきて、議論になったこともあります(笑) 日本の映画でも、微妙な解釈のセリフというのはありますよね。何となく意味はわかるけど、実は深い意味を聞かれると、即答できないような微妙なセリフ...意味を特定してしまうと、急に違うような気がしてくるような、1つの意味に固定できないセリフです。それぐらい感覚的で繊細なセリフがあって、「このセリフがあとでどうつながってくるのか...」を常に考えながら翻訳していました。もうびくびくです(笑)

実は、この大いなる悩みに一つの答えをくれたのが、ウォルター役のブライアン・クランストンとジェシー役のアーロン・ポールでした。LAスクリーニング中のパーティーでブライアンとアーロンにお会いする機会があり、その時に翻訳の話になったんです。ブライアンとアーロンに、「スラングとかあって大変でしょ。どうやって日本語にするの?」と聞かれました。私はとっさに「感覚的なものは、お二人の演技が最高なので、字幕がなくてもきっと感じてもらえる」と答えまして。「あ、そうか。字幕は二人の演技を補足するように作っていけばいいんだ」と、はたと気がついたんです。そんな言葉で説明しようとしなくても、この作品はとても"映像的"! 映像から伝わるものがすごい作品なので、字幕はできるだけシンプルなほうが、行間が生まれると。それくらい、役者さんたちの演技で伝わるものが大きいドラマなんです。その時はちょうどシーズン2の翻訳が終わったばかりで、シーズン3のことを聞いたら「どんどん深くなるから難しくなるよ。翻訳頑張ってね!」とブライアンに言っていただいて、感激した反面、「どんどん難しくなりそう」と恐れおののいたことを覚えています。ですが、シーズン3からは役者さんたちの演技もますます深くなっていったので、彼らの演技に導かれるように翻訳も進みました。

あと、大変だったのは...そう、ハンクのオヤジギャグにも苦戦しました(笑)いかにも南西部のタフガイって感じのキャラなので、とにかく男くさい。でもって、かっこいいことも言っちゃうんですよ。照れ屋なのでストレートじゃないんですが。ちょっとひねくれた感じがたまりませんでした。

それから忘れちゃいけないのは、弁護士のソウル! 「頼むから、もう話さないで!」ってくらいくだらないことを話してくれちゃうんですよ。それが面白すぎて(笑)テキトー男なんですが、絶対に最後まで依頼人を見捨てないという生真面目さもありまして、大好きなキャラクターです。これは字幕の文字数の限界との闘いでした。

――素朴な疑問ですが、他の作品と比べて本作の字幕は作りやすいor作りづらいなど、違いはあるのでしょうか?

どんな作品も、字幕という限られた文字数の中で翻訳をつけていくのはとても難しいです。どの作品も難しさは異なれど、難しいことには変わりないです(笑) ただ、文系の私にはかなり苦手だった化学の世界だったので、大学で化学を専攻していた友達にいろいろ教えてもらいながら翻訳しました。それでも最初は慣れなくてかなり苦戦しましたが...。

あとは、やはり繊細かつ計算されているセリフ作りですね。脚本が、本当に隙なし!! 隅々まで考え抜かれていて、このシリーズに限っては無駄な、意味のないセリフは一つもないんです! 一見、無駄なセリフのように書かれていたりしても、「ああ、ここは、あそこのあのセリフがあるから、こうなるのか!」と膝を叩いたことが何度あったことか。...というか毎エピソード、そんな感じです。しかも、それがさりげなくて。よくよく注意しないと見逃すレベルまで落とし込んでいるので困りものです(笑) こんなすごい大人の脚本を翻訳させてもらえるなんて、これは翻訳者としての修行だな、と気を引き締めていました。

――本作の字幕を作っていて思わず感動した、胸キュンした名セリフってありますか!?

ありすぎます(笑) そしてネタバレになっちゃいます。ざっくり言えば、最終シーズンのウォルターのセリフ、全部です。これはあまりにもざっくりですかね...。

ジェシーだと、"Awesome(めちゃすげえ)"が何かかわいかったです。このセリフを最近言わないな...と思ったら、彼の顔がちょっと大人っぽくなっていたりして。私の中では、ジェシーが変わっていく、大人(男)になっていく...だから使わなくなったのかなという解釈です。あくまでも"私の中"で、ですが、気にしてみてください(笑) あとウォルターを「やばくなってきた!(かっこいい)」と思ったセリフが、"Stay out of my territory.(俺のシマから出て行け)"ですね。これにはかなりしびれました(笑) 私の中の"オッサン・ウォルター"が消えた瞬間でした。シーズン2のどこかで出てくるのでチェックしてみてください。ここからウォルターが、確実に変化していきますから!

――もはや答えが出ているように思いますが(笑) 登場人物でいちばん心惹かれるのは誰でしょう?

ウォルターとジェシーはもちろんですね。シーズンもしくはエピソードごとにキャラクターの印象が変わるのが、このシリーズの魅力の一つでもあるんです。シーズン1の時は苦手だったキャラクターが、シーズン3では一番共感できるキャラクターになっていたり。そこが人間的で面白いところです。実は、シーズン1では私、スカイラーが苦手だったんです。「ウォルターの気持ちも知らないで、なんて勝手なんだ!」って(笑) だけど、回を重ねるごとにどんどん好きになっていきました。それは、ちゃんとキャラクター一人一人を通り一辺倒ではなく、いろんな角度から描いているからだと思います。端役にいたるまで、"愛"を感じますね。

――字幕翻訳者として、特に好きだったエピソードがあればお聞かせください。

すべてのエピソードを翻訳し終えた時に、ドラマというよりも、5年間かけて長い一本の映画を翻訳したという感覚があるんです。例えるならば、ウォルターとジェシーの長い旅に同行させていただいたというか。振り返ると、すべての経験には意味があったんだと思える、そんな充実感があるので、なかなかエピソードを「これ!」とあげるのは難しいですね。おそらくこの作品を最後まで観ていただければ、どのエピソードが好き、というよりも「このすべてが好き!」という気持ちになっていただけるのではないかと...。そのぐらいのパワーと作品愛があるドラマです。

その長い旅路の中でも、特に印象深いというか、少し異質なエピソードが、シーズン3の第10話ですね。ラボに入ったハエ退治のエピソードなのですが、とても暗喩的に、ウォルターの心理状態を掘り下げて行くんですね。1話まるまる使って、ひたすらハエを追うって、すごい贅沢(笑)。ジェシーとウォルターのほぼ二人芝居なのですが、それでも全然飽きることなく、1時間持ってしまう。いろいろな意味で、このドラマのすごさを感じました。

――次からは、字幕・映像翻訳というお仕事について伺っていきます。

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――いつからこの字幕・映像翻訳という仕事をしたいと思ったのですか?

翻訳という仕事には、中学生ぐらいから興味は持っていました。幕末の翻訳者・文学者たちに興味を持っていたので。今、朝ドラで話題の村岡花子さんのことも、その頃知ったんですよね。ただ、翻訳の世界に入ろうとは、恥ずかしながらそこまで真剣に考えていなくて...。映像翻訳に出会ったのも、本当にたまたまなんです。

学生時代から演劇をやっていて、英語が好きだったのでそこで戯曲を何度か翻訳したりしていたんです。勉強になりますしね。そんなこんなでとある劇団さんから戯曲翻訳の依頼があって、その時、ギャラをいただけたんです。演劇では下積みだったので、ギャラがもらえるだけでうれしくって(笑) これはどこかでバイトするよりいいかもしれないと、ちゃんと勉強してみようと思って。こういった仕事にいちばん近いのが吹替翻訳だったので、じゃあ、字幕と吹替をちゃんと勉強しようと決めて映像翻訳の学校に通いました。真剣にこれを仕事にしたいと思ったのは、学校に通い、翻訳の面白さを教えてもらったときからです。

学校では、一緒に学べる仲間ができるので世界も広がり楽しかったです。私は入学当時、まだ大学生でしたので、社会人の方々にいろいろ教えていただきました。翻訳というのは、ただ語学ができればいいというものではなくて、人生経験や社会経験など、どれだけ意識的に自分の経験を増やしていくかも大切なんだと、それがすべて反映される世界なんだというのを教えていただき、「うーん、面白い!」とハマっていきました。

――初めて翻訳を担当した作品はなんですか?

吹替で『ラグラッツ』というアニメ・シリーズを翻訳させていただきました。字幕は...マリファナでラリってるミュージシャンたちのインタビューだったと思います(笑)。駆け出しの頃は、テレビの情報番組、ドキュメンタリー、インタビューなどなど、いろいろやりましたね。全ジャンルの仕事をして、自分にいちばん向いているのを見つけてやる、という勢いでしたから。

――その中でもいちばん思い入れのある作品は?

もちろん、『ブレイキング・バッド』です(笑)

思い入れはすべての作品にあります。逆に思い入れないと、言葉が出てこないし、こんな地味で苦しい作業はやってられません(笑)

そうですね...思い出深いのは...最初の頃にやった料理番組は、料理も学べる上に、「きざんで、沸かして」など字幕翻訳もラクだったので楽しくてしかたなかったですね。あとエアロビクス。こちらはヴォイスオーバーでしたが、「アップ、アップ、ダウン」と...はたしてこれに翻訳はいるのだろうか...と思う番組で、とっても楽しくてラクチンでした(笑) もう、あんな夢のようなお仕事はないでしょう(笑)

非常に難しかったけれど、翻訳の奥深さを教えてもらったのはドキュメンタリーでしたね。特にデヴィッド・アッテンボローの環境破壊に関するドキュメンタリーとパレスチナの少女のドキュメンタリーを翻訳させていただいたときは、とても英語はシンプルで簡単なのに、背景を知らないと一言も日本語化できない、という体験をしました。自分の中の日本語のボキャブラリーは、自分で思ってるほど多くないんだと思い知らされました。最近はなかなかドキュメンタリーを翻訳する機会はないのですが、とても翻訳力がつくので、機会があればまたやってみたいと思っています。

――最後になりますが、いつか字幕を手掛けたいと狙っている作品はありますか?

以前、ロンドンに少し滞在していた関係で、英国ドラマが好きなので、そちらのドラマや映画を翻訳してみたいですね。あとはやはりAMCのドラマは気になります。挑戦的なドラマや癖のある作品が好きなので(笑)『ブレイキング・バッド』のクリエイター、ヴィンス・ギリガンの新作は翻訳してみたいです。とはいえ、これも縁ですし、すばらしい翻訳者はたくさんいるわけですから、もし翻訳できなくても、好きなドラマや気になるドラマはライターとしてご紹介していきたいと思います!


『ブレイキング・バッド』
海外ドラマ専門チャンネル スーパー!ドラマTVにて最終シーズンを含む全5シーズンを放送!
[一挙放送]7月5日(土)昼12時よりシーズン1全7話を、よる9時よりシーズン2全13話を一挙放送
[レギュラー放送]毎週金曜日よる10時ほか 放送中!

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Photo:『ブレイキング・バッド』
(c)2008 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.
ブライアン・クランストン、アーロン・ポールとの2ショットは柏木さん私物