Special Visual Effects(特殊視覚効果)にも、"助演的"な役割があるのを
ご存知だろうか?
例えば、エミー賞のドラマ作品の視覚効果賞には、
Special Visual Effects と Special Visual Effects in a Supporting Role
(支える役割の特殊視覚効果) という2部門がある。
もはや、視覚では感知できない!? 本当に優秀な「CG」効果の実力<前編> はこちらから
2015年、前者を受賞したのは、ドラマ作品賞も制した『ゲーム・オブ・スローンズ』だった。
フルCGで創り出されたドラゴンの微細な表現や滑らかさ、動きや表情の迫力は受賞に値するが、
この番組では、ドラゴンそのものだけではなく、
背景となる建物やドラゴンに吹き飛ばされたり逃げ惑う人間もCGで創り出されていることが多い。
また、ドラゴンはCGでも、その口から吐き出される炎は、
クレーンに釣られた本物の火炎放射器を使用していたりする。
そのクレーンと火炎放射器の動きをCGのドラゴンの動きに合わせるプランが
撮影前の段階で準備されている。
計り知れない作業量がそこにはあるのだ。
一方、後者を受賞したのは『アメリカン・ホラー・ストーリー:怪奇劇場』だ。
"in a Supporting Role"という対象になるのは、フルCGの場面ではなく、
例えば俳優の顔や身体に Practicalな(現実的な、実際の)メイクや特殊メイクを施した上で、
さらにそこにCGIの画を加えて合成し、写実的な効果を生んだケースだ。
俳優の両の手首をデジタル処理で消して手の無いキャラクターを演じさせたり、
胴体に首が二つ付いているキャラクターを生んだり、あらゆる手法を凝らして、
奇妙なルックスのキャラクターを生み出している。
番組のシンボル的な存在ともなった悪役のピエロの顔の口元は、
そのマスクの特殊メイクだけでもおどろおどろしいのだが、
マスクを取ったその下に現れる本当の口元は、数倍恐ろしい。
その口元は、CGIで創った画を俳優の顔の輪郭とメイクに被せるように合成したものだ。
もともと、僕自身が出演した作品の経験から知り、感心させられた "助演的"なCGIは、
2003年の映画『ラスト サムライ』だった。
例えば、トム・クルーズが雨の中、真田広之さん演じる侍に木刀で打ちのめされるシーン。
打ち付けられたトムの顔には鼻血が滲み出す。
雨(水)というPracticalな効果の中での撮影なので、
鼻血が出る細工を施しても、降ってくる水で滲んでしまうはずだ。
なので、鼻血が出てくる画は、CGIを巧みに施しているのだ。
こういう部分に時間とお金をかけていることに、当時は本当に驚かされた。
また物語のクライマックスで、侍たちがついに政府軍と激突する場面では、
無数の矢が飛び交い兵士たちの身体や顔に突き刺さる。
実際には、人に向けて矢を射つわけにはいかない。
そこで、空中を切るように飛んでいる矢や突き刺さる瞬間の矢はCGI、
射ち放つ瞬間や突き刺さった後の矢は実際の小道具の矢を使い、戦闘シーンは完成している。
ちなみにこの映画は、Visual Effects Society Awards(通称:VESアワード)で、
Supporting Visual Effects の最優秀賞を受賞している。
現在ではこういうCGIの使い方は、ごく当たり前に映画やドラマの中で使われている。
惜しくも、エミー賞で『ゲーム・オブ・スローンズ』に敗れはしたが、
Special Visual Effects 部門でノミネートされたマーベルの『エージェント・オブ・シールド』でも
複雑に飛行する戦闘機や、戦闘機の爆発、空や地上の光景、戦闘機の格納庫の屋内などを
フルCGで表現しているシーンもあれば、僕が登場させて頂いた回のシーンのように、
身体の一部が変貌していくような、いわば "助演的" なCGIもある。
台本を読んだ段階で、
「これは、凄い特殊メイクで時間がかかるんだろうなぁ...」
と想像していたら、撮影現場では非常に手際よくCGI合成のための準備と説明がなされ、
特殊メイクなど一切無しで収録は終わった。放送時には、身体や顔が急激に変貌していく姿に、
自分が一番衝撃を受けたかもしれない(※ どのような撮影プロセスだったかは、
ネタバレになるので、ブルーレイなどのリリース後にまた書きます!)。
何しろ、撮影からわずか数週間で放送日を迎えるというスケジュールであり、
1エピソードの中には、短い僕のシーン以外にももっと複雑な視覚効果が山ほどあるのだから、
どれほど仕事の手際が速いのか... その手腕には本当に感心させられた。
さて、これからやってくる本年度のアワード・シーズンに向けて、
是非とも再注目して頂きたいSpecial Visual Effects を駆使した作品がある。
いろんな意味を含め「今年のベスト」として応援したい視覚効果だ。
その作品とは、『ワイルド・スピード SKY MISSION』(原題:Furious 7)である。
ご存知の通り、作品の核となる登場人物の一人、ブライアン・オコナー役のポール・ウォーカーは
不慮の交通事故で2013年に亡くなってしまった。
同作の撮影に入って2ヵ月が過ぎた頃だったという。
監督と製作チームは決断した、(当然、台本の書き換えは強いられたものの)
できるだけポールのシーンを減らさずに残し、映画を完成させると。
ここで必要になったのは、ポールが撮影できなかった未完了のシーンを、
デジタル・モデル化でポールを蘇らせて描くという試みだった。
このコラムの前編で、『ゼロ・グラビティ』の中でサンドラ・ブロックの
CGI化されたモデルが宇宙空間を舞ったことには触れた。
俳優をデジタル・スキャンし、完璧にコピーしたモデルを
創り出すことは現代の技術では可能なのだ。
昔は「肌」や「瞳」をCGI化することが最も難しい表現の一つだったそうだ。
しかし、2008年の『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』の時点で、それさえクリアされている。
80歳の姿で生まれながら年を取る毎に美しく若返っていく主人公を
ブラッド・ピットが演じた場面を思い出して欲しい。老人のようなブラッドの顔は、
巧みな特殊メイクを本人に施して、別の人間の身体に合成した...と、誰もが想像したはずだ。
だが真相は違う。本人の顔をモーション・キャプチャーのようにスキャンし、表情を完全に
データ化し、それをCGIで創られた老いた皮膚の顔に当てはめ、演技を投影させているのだ。
つまり、完成作の中の老いたブラッドの顔は、「メイクした本人」ではなく、
いわば実際には存在しない「3DのCGでできた実写化されたイメージ」ということなのだ。
話を『ワイルド・スピード』に戻そう。
健在している俳優なら、表情をスキャンしてデータ化することはできる。
しかし、突然この世を去ってしまったポールの場合、彼のデータは無いのだ。
そこで製作チームが取りかかったのは、
彼の生前の映像、未公開テイク(編集でカットしたものやNGシーン)、
シリーズの過去作などから、映像や音声をかき集め、それをデータにするという試みだった。
とはいえ、過去の映像の表情は、撮影された場所や陰影がまったくそれぞれ異なり、
最新作のシーンの映像に合わない。なので、データ化されたポールのCGモデルの表情には、
新作の各シーンの合う光や陰影が加えられ、動きの物理に添うように再生されたのである。
さらに、ポールの全身の演技を再現するために、ポールの兄弟や同等の体格の俳優に
彼の仕草やクセを覚えて演じさせ、それらをモーション・キャプチャーし、その身体の映像と
データ化されたCGモデルにポールの顔を組み合わせるというプロセスを経た上で、
ポール・ウォーカー本人の演技を生かし、彼がこれまで生んできたものを汚さない形で、
彼の映像イメージと演技を新しく創り出しているのだ。
最も難しかったのは、実は派手なアクションシーンではないという。
本当に困難なのは、ほぼ動かず、座っているようなシーンで、
意味ありげな表情をさせたり、セリフを言わせるショットだったそうだ。
激しい動きの後で表情が赤みを帯びたり、風や光線により髪が変化する様まで表現されている。
『ワイルド・スピード SKY MISSION』には、
実際に本人が生前に撮影したPracticalなポール自身と、
製作チームが命を吹き込んだ、デジタル・モデルとなって演技したポールが共存しているのだ。
もちろん、
「彼が生きていればきっとこう演じただろう...」
という、それはまばたき一つに至るまでの、命の「再生」だったそうだ。
視覚効果のスタッフがこの映画の中で手がけた350にもなるショットの多くが、
ポールを含む映像だったという。それらの仕上がりは見事と言うほかない。
数年前なら、ここまでの試みは技術的に不可能だったという、
現時点での最高峰の技術の結晶だ。
僕は劇場でこの映画を観て、エンディングに泣いた。
前人未到の Special Visual Effects のプロセスは、
アカデミー賞などの視覚効果部門のノミネートに名を連ねるに違いない。
受賞ももたらすかもしれない。
チームの彼らが渾身で生み出した映像は、
「ポール・ウォーカーがそこに居て、最後まで演じ切った...」
と、僕らの眼と感情を見事に信じさせ、堪能させてくれたのだから。
Photo:
『ゲーム・オブ・スローンズ』
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『エージェント・オブ・シールド』 (c) 2014 ABC Studios & Marvel
『ワイルド・スピード SKY MISSION』 (C)2014 Universal Pictures