TVと映画の境界線が日に日に薄くなりつつあるハリウッドでスゴいドラマシリーズがスタートした。『ゲーム・オブ・スローンズ』や『TRUE DETECTIVE』などの大ヒットドラマを送り出した米HBOの新シリーズで、クリエイターにジョナサン・ノーラン(映画『バットマン』シリーズ監督クリストファー・ノーランの弟)、製作総指揮J・J・エイブラムス、主演に名優アンソニー・ホプキンス、エド・ハリス、ジェームズ・マースデン、エヴァン・レイチェル・ウッドなど書ききれないほどのトップタレントを集結したSFドラマ『ウエストワールド』だ。
物語は、美しい娘(エヴァン・レイチェル・ウッド)の無表情な顔のクローズアップで始まる。姿勢から見てイスに座っているらしい娘は、どうやら衣類を身に着けていないようだ。男性の声が「夢から目覚めたいか?」と聞くと、娘の声が「はい。怖くてたまらないのです」と応える。口は動いていない。ここで娘の顔にハエが止まるのだが彼女は身動きもしない。男性の声が「自分の存在に疑問を覚えたことは?」と尋ねると同時に、娘の顔に止まっていたハエが彼女の眼球に移動する。だが娘は瞬きすらせずに「そのようなことはありません」と回答する。
短いがなんともショッキングなオープニングで、見ている側は吸い込まれるようにドラマにはまっていく。
一方、シーンは無表情だった娘の顔から、彼女の安らかな寝顔へと変わっていくのだが、眼を覚ました娘は、2階の寝室から階下へ下りていく。彼女の物腰や衣類から判断するに舞台は西部開拓時代か。ドロレスと呼ばれる娘は、ポーチにいた父親に外出を知らせ町へと出かける。西部開拓時代にありがちな埃っぽく、ならず者が溢れている町のメイン通りでは、女主人メーヴ(タンディ・ニュートン)の娼家が大賑わいを見せている。やがて姿を現すハンサムなカウボーイのテディ(ジェームズ・マースデン)はドロレスの恋のお相手らしい。このあと色々なことが起きるのだが、ドロレスが窮地に陥いるとともに画面は突然彼女がベッドで目を覚ますシーンに切り替わる。そして、1階に下りた彼女が父親と言葉を交わしてから町へ出かけ、そこにテディが現れるというすべてが、以前見たシーンと全く同じなのである。
見ているこちらとしては一瞬、「なんじゃいこれは、『恋はデジャ・ブ』(何度も同じ一日を繰り返すコメディ映画)かい!?」と思うわけだが、やがて荒野に広がるこの西部の町は架空の代物で、《ウエストワールド》と名付けられた体験型テーマパークであることが判明する。この西部の住人たちは、"ホスト"と呼ばれ、恐るべき進化を遂げたAI(アーティフィシャル・インテリジェンス=人工知能)を備えたいわば人造人間。快楽を求めて《ウエストワールド》にやってくる"ゲスト"たちを誠心誠意でもてなすよう精密なプログラミングが施されスクリプトに沿って行動しているのだ。《ウエストワールド》の入場料は一泊約400万円。こんな金額を平気で払えるスーパー金持ちの"ゲスト"たちを心ゆくまで愉しませるために、酒とセックス、そしてバイオレンスたっぷりのお愉しみが用意されている。
だがある日、"ホスト"であるアンドロイドの一人がスクリプトから逸脱した狂気に走り、騒動となる。アンドロイドに毎晩施されるシステム・アップデートから生じた問題とのことで、問題の起きた"ホスト"を回収することで事なきを得たかに見えた。だがこの事件がただの予兆でしかないことをパーク関係者たちは知る由もなかった...。
劇中で、《ウエストワールド》の創造者ロバート・フォード博士(アンソニー・ホプキンス)は、恐ろしいほど人間に近いアンドロイドを作ることに成功し巨万の富を操っている。彼の右腕とも言えるAIの行動学とプログラミングの責任者バーナード(ジェフリー・ライト)ら優秀な人材とともに、帝国とも言える《ウエストワールド》テーマパークを運営しているのだが、ここでハタと気づく。人造の生き物...テーマパーク...。
実は『ウエストワールド』の原作を手掛けたのは、映画『ジュラシック・パーク』シリーズの原作者として名を馳せた故マイケル・クライトンなのである。彼は人気TVシリーズ『ER 救急救命室』など数々のヒット作に関わった人で、HBOの『ウエストワールド』は、彼が初めて脚本・監督を手掛けた1973年の同名映画がベースとなっている。同作は『ジュラシック・パーク』への前フリとも言え、「人間が越えてはいけない一線を越え、自然の摂理をいじり始めた結果としてどんなしっぺ返しが待っているか」をテーマにしている。
当初、『ウエストワールド』は最高に奇抜な発想のドラマだと思ったが、聞くところによると、水面下でAI(人工知能)の研究は世間が予想する以上の速さで進んでおり、《ウエストワールド》のような体験型テーマパークができる可能性というのは全くの夢物語ではない状況なのだという。
TVシリーズの大きな利点の一つは、映画と違って2時間前後という時間枠制限がないため、個々の登場人物に対してもっと時間をかけて掘り下げられること。《ウエストワールド》で心を持たぬはずのアンドロイドたちに芽生える"感情"、そして人間の驕りとテクノロジーが新たに開拓してしまった人間の心の深淵といった部分に、映画では割けなかった時間をかけて視聴者に味わってもらうことができる。
『ウエストワールド』は、「これが映画じゃなくて良かった!」と思わせてくれるからスゴい。お世辞抜きで最近見たどのドラマ(いや映画も含めてかも...)よりも重厚で、新たなTV時代の到来を確信させてくれる記念すべきドラマシリーズである。
■『ウエストワールド』放送情報
スターチャンネルにて独占日本初放送中!
毎週木曜23:00~ ほか
10月29日(土)第1話無料放送
番組公式サイトはこちら
(文: 明美・トスト / Akemi Tosto)
Photo:『ウエストワールド』
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