もしも、石油王の息子が"誘拐"されてしまったら―――。まるでドラマのような実際の事件をモチーフにした作品『Trust(原題)』のモデルになっているのは、1973年に起きた石油王ジャン・ポール・ゲティの孫の誘拐事件だ。金に執着する悪名高いジャンが身代金の支払いを拒否したことから、孫のゲティ3世はおよそ半年間も身柄を拘束される。スタイリッシュな映像の中にも富とは何かという根源的な問いを投げかけるこの佳作は、FOX傘下のFXによって放送された全10話のミニ・シリーズだ。
【関連記事】『グレアナ』『ゴシップガール』『ホワイトカラー』...あの人気ドラマスターのその後
◆ビリオネア、孫の身代金を渋る
1973年、アメリカの石油王として知られるゲティ(ドナルド・サザーランド『クロッシング・ライン ~ヨーロッパ特別捜査チーム~』)は、相続人探しの必要に駆られていた。しかし、酒とドラッグに溺れる息子たちを彼は毛嫌いしている。白羽の矢が立ったのは、ローマに住み美術で生計を立てている孫のポール。ところが純真だった青年の心は、財力に近づいたことで腐敗。コカインを買う金欲しさに狂言誘拐を企ててしまう。
富豪であるゲティが身代金を支払えば事態は収束するのだが、彼は財を成しながらも極度のケチとして知られる人物。屋敷にはコイン式の公衆電話を備え、息子や来賓の通話料を負担しなくて済むようにしているほど。ゲティは身代金の支払いを拒み、代わりに元CIA職員のジェームス・チェイス(ブレンダン・フレイザー『ハムナプトラ』シリーズ)をイタリアに派遣して誘拐犯との直接交渉を試みる。一族を巻き込んだ騒動は、誘拐を仕組んだポール本人も予想しなかった悲惨な結末へと転がり落ちてゆく。
◆石油王と好青年 対照的な二人が問う豊かさ
ゲティは財力を持ちながらも、人格としては決して尊敬することのできない人物。屋敷には複数のベッドルームを設え、恋人のほかに自身が「デコレーション」と呼ぶハーレムを囲い込んでいる。金にうるさい性格やぞんざいな態度と相まって、周囲から不興を買う。一方、孫のポールは、愛用のジーンズでラフな格好を決め、使用人にも丁寧に接する好青年。しかし、両者ともアートを愛し女性には弱いなど、共通する面も持ち合わせる。米Varietyでは、本作の独特なタッチがキャラクター間の葛藤を引き立たせていると評価。アメリカではすでに広く知られた事件だが、人間ドラマを丁寧に描写したことで作品としての価値を確保した。
さらに本作のクリエイティブな点は、事件を一部脚色し、ドラッグの費用の用立てに苦しむポール自身が狂言誘拐を発案したと設定したこと。実際の事件では純粋な被害者だ。この点についてAtlanticは、筋書きに面白みが加わったとし、効果を認めている。ただし、ポールの純真さが失われ、単なる悪童のような印象が出てしまったとも指摘。ポールの身を案じるという最大のスリルがぼやけてしまったことは、やや残念だと言える。
◆斬新でスタイリッシュな映像
70年代の舞台設定というイメージに反して、スタイリッシュな映像美で楽しませてくれるのは本作の嬉しい驚き。Los Angeles Timesは、早い展開、画面分割の手法、ユーモラスな雰囲気などを挙げ、視聴者を飽きさせない画面作りを讃えている。とあるシーンでは、ポールの父が画面越しに視聴者に語りかけ、禁じ手の「第4の壁」破りを披露。また、視聴者がぞっとするほど薄汚い誘拐犯のアジトのセットにも要注目。本作の冒頭数話は『スラムドッグ$ミリオネア』でインドのスラム街の世界を表現したダニー・ボイルが監督を務め、ドラッグの巣窟の空気感を丹念に再現している。
欲を言えば、映像の利に加え、感情に訴えるパンチが欲しいところ。Atlanticでは見た目に美しいシーンと豊富な挿話を評価しているものの、メインプロットと関係の薄い描写が目立つ点は気になったと述べている。とはいえ、歴史的な大事件を素早いテンポで楽しめる本作『Trust』は、70年代へのタイムスリップを楽しませてくれることうけ合いだ。(海外ドラマNAVI)
Photo:FX Annual All-Star Party
lev radin / Shutterstock.com