『ジ・アメリカンズ』は私生活がリアリティを生んだ?! 夫婦の葛藤ドラマ! 町山智浩さんインタビュー

レーガン政権下、再び激化する米ソ冷戦を背景に、アメリカ人夫婦としてワシントンD.C.に潜伏するソ連のスパイ、フィリップ(マシュー・リス)とエリザベス(ケリー・ラッセル)の二人を軸とし任務遂行と心の葛藤を描き、米FXチャンネルで6シーズンにわたって放送されたスパイ・サスペンスドラマ『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』

本作のDVDリリースを記念して、同作を絶賛する映画評論家の町山智浩さんに、先日行われたエミー賞の感想とともに、緊迫感溢れる時代背景、主演二人による公私混同?のドラマ性など、独自の視点でその魅力を存分に語ってもらった。

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――先日行われた第70回エミー賞、町山さんはどんな印象を持たれましたか?

動画配信作品もある中でドラマ・シリーズ部門では、たぶんこの作品がナンバー1ですよね。今や年間約500本のドラマが製作され、多くの作品が消えていきますが、今年最高のドラマとして4~5本の中に選ばれた(本作は作品賞にノミネート)ことだけでもすごいことですよ。

――そんな激戦の中、主演男優賞(マシュー)と脚本賞とダブル受賞しました。

マシューは、このドラマに抜擢された時はまだ無名に近くて、『フェリシティの青春』でアイドル的な人気を博したケリーより格下でしたよね。それが作品の中で、フィリップという人間的に最も共感できるキャラクターを自らの力で作り上げ、途中からは最も重要なエピソードを監督するなど、この作品自体を牽引する存在になりました。受賞は当然のことだと思います。

――脚本賞はいかがでしょう? 元CIAのスパイで本作の企画・製作総指揮も手掛けているジョー・ワイズバーグが、ジョエル・フィールズと共作していますが。

1980年にレーガン米大統領が政権を握り、これによって米ソ関係が再び緊張状態となるわけですが、1983年にはソ連に対して「悪の帝国」発言などもあり、核戦争寸前まで追い込まれる... 本作はその辺りを背景にしているのですが、ちょうど僕が大学生から社会人になる頃の話なので、リアルタイムで見てきたことが、事件の中に個人的なものとして描かれているところは興味深かったですね。例えば、SDI(戦略防衛構想)の裏で、それを探っている主人公たちが出てきたり、1982年からレーガン政権が密かに進めていたステルス戦闘機を発明した人(実はロシア人)が出てきたり、その辺りのリアリティというか、現実を絡めながら組み立てられた脚本は非常にうまいなと思いました。

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――先日、行われたイベントでは、「本作の製作陣は、マフィアの表と裏の顔を描いたドラマ『ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア』から影響を受けているかも」とおっしゃっていましたが、映画作品では何かありますか?

影響というか、韓国映画で本作とほぼ同時期に作られた2014年公開の『レッド・ファミリー』という作品があって、キム・ギドクが製作総指揮・脚本・編集を手掛けているんですが、これが『ジ・アメリカンズ』と非常に近い設定だと思いましたね。韓国に潜入している北朝鮮のスパイ一家の話なんですが、フィリップとエリザベス夫妻と同じく、主人公たちが韓国の模範的なファミリーを装っているんです。ところが、その家族の周りにいる本物の韓国人がそれぞれに問題を抱えていて、メチャクチャなんです(笑) 逆に北朝鮮のニセ家族が完璧すぎて浮いているところが、本作と共通していて面白いですよ。

――町山さんは、本作に対して"ホームドラマの面白さ"を強調されていますが、具体的にどういったところが見どころなんでしょう?

今回のドラマは、タイトルが『ジ・アメリカンズ』というように、ソ連のスパイ夫婦フィリップとエリザベスは、いい家に住んで、夫婦仲がよくて、子どもはよく勉強ができてみたいな、憧れのアメリカン・ファミリーを象徴するような暮らしをしている。ところが、周りに出てくる家庭はみんな崩壊しているし、自分たちも実情は大変なことになっているという、まさに『レッド・ファミリー』に共通する構成の面白さがあるんですよね。

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――でも、ベースはスパイ活動ですよね。それが、ホームドラマにつながると...

リアルなスパイは、人を殺したり、モノを盗んだりすることは、仕事のごく一部で、一番大きな任務は"情報協力者を獲得すること"なんですね。その人脈を獲得するために使う手段として"恐喝"がありますが、そのきっかけ作りとして多く使われるのがセックス。妻のエリザベスは、その魅力で男たちを次々とたらし込んでいくわけですが、そこで行われている性行為や情報を聞き出す会話などは、全てテープレコーダーに録音され、夫のフィリップはそれを任務として聞かなければならない。通常、ソ連の情報機関であるKGB(国家保安委員会)から指示され結婚した仮面夫婦なら、なんてことないのですが、この夫婦はちょっと状況が違うわけです。

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――仮面夫婦ではなく、そこに本当の愛が芽生えたと?

愛国心のある妻のエリザベスは、フィリップと結婚し、子どもを二人もうけたことは全て任務。ところが夫のフィリップは、実はKGBで顔合わせをしたときに、エリザベスに一目惚れしていて、この任務への忠誠心がその段階から崩れかかっていた。シーズン1で早々と「アメリカに亡命しないか?」と持ちかけているのもそのため。だから、エリザベスが他の男に抱かれるのも嫌だし、自分が他の女性を抱くのも苦痛。その辺りの葛藤というか、フィリップとエリザベスの対比がすごく面白いんです。

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――私生活でも、マシューとケリーも事実婚をしていますよね。

そうなんです。まさにこのドラマと同じような経緯なんですが、二人は2003年頃に出会っていて、マシューがケリーのこと好きになって、激しく電話をしたらしいです。ところが、留守電にたくさんメッセージを入れたにも関わらず、1本も返事がなく、無視されたと(笑) その何年後かに、ケリーは自分の家に出入りしていた大工さんと結婚して二児をもうけるんですが離婚。そんなこんなで2013年、二人はこのドラマで再び顔を合わせることになりますが、マシューが「10年前に会っているよ」って言うと、ケリーは素っ気なく「全く覚えていない」と返すわけです。これは、あるトークショーでマシューとケリーが思い出話として語っていたものですが、この関係性がドラマにかなり反映されていますよね。

――なるほど、あの独特の空気感は、そのリアリティからくるものなんですね。

一途な夫と冷たい奥さん(笑) だから、どこまでが芝居なのか、どこまでが本気なのかがわからないところがありますよね。シーズンの後半の方で、ものすごい口喧嘩を延々するシーンがあるんですが、それはマシュー自身が監督をしていて、とにかく凄まじいんですよ。あれはたぶん、演技じゃなくて"本気"だったと思います(笑)

――そう言われると、喧嘩のシーンをチェックしてみたくなります(笑)

このドラマにあるホームドラマの面白さとは、そういうところですね。アメリカで大人気となったのも"スパイもの"というだけでなく、そこに夫婦の"真実"が描かれていたからだと思います。

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――モデルになった実在のスパイ夫婦がいるとも言われていますが?

いくつかの事件が元になっていると思いますが、実際10人くらいのKGBのスパイがアメリカに潜入していたと言われていて、特に有名なのが、1984年のリチャード・ミラー事件。FBIのミラー捜査官がKGBのオドロニコフ夫妻に情報を売り、彼は逮捕されるのですが。実はオドロニコフ夫人がとてもセクシーで、彼女を抱きたくて情報を売っていたらしいんです(笑) おそらく、この事件がこの作品のモデルになっていると思いますよ。

――最後に、『ジ・アメリカンズ』を楽しみにしている方にメッセージを。

このドラマは、観ていくうちにだんだん馴染んできて、どんどん良くなっていく作品。シーズン3では、思わず感動で涙する回が待っています。例えばそれは、『ツイン・ピークス:リミテッド・イベント・シリーズ』における第8話「火はあるか?」と同じで「観ていてよかった!」という瞬間がやってきます。そこまで行ければ山を超えるので、がんばって観ましょうね(笑)

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『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』は、2019年1月まで5ヶ月連続でリリース中。シーズン1と2がDVD&レンタル中で、10月5日(金)よりシーズン3が発売される。DVDコレクターズBOXには、町山智浩さんが徹底解説する「パーフェクトガイド」が封入される。

(取材・文・写真/坂田正樹)

Photo:
町山智浩
『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』
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