『サザエさん』×『ザ・ソプラノズ』?! エミー賞受賞作『ジ・アメリカンズ』の魅力を町山智浩さんが解説

スパイ・サスペンスドラマ『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』のDVDリリースを記念したトークショー付きの試写イベントが9月19日(水)、都内・スペースFS汐留ホールで行われ、映画評論家の町山智浩さんが登壇した。独自の視点と豊富な知識で複雑な人間関係や歴史的背景を紐解きながら、本作の魅力をわかりやすく解説。さらに、イベント前日に発表されたエミー賞でのエピソードや、アニメ『サザエさん』とのまさかの共通点、ソ連崩壊よりも"深刻"な主演の悩み?など、笑いを交えた巧みなトークに、会場は大盛り上がりを見せた。

本作は、レーガン政権下、再び激化する米ソ冷戦を背景に、ワシントンD.C.近郊にアメリカ人夫婦として潜伏するソ連のスパイたちの任務遂行と心の葛藤を描き、米FXチャンネルで6シーズンにわたって放送された大人気ドラマ。MCから感想を求められた町山さんは、「回が進むごとに死体の数が増え、主人公のスパイ夫婦が任務のためにどんどん他人と肉体関係を持つんですね。思春期に差しかかった娘や息子も両親が何をしているのかを知り始め、偶然向かいに越してきたスパイを取り締まるFBI捜査官もいろんなことに気づき、大変なことになっていく。すごいですよ。これ、収拾がつくのかな?」と驚き顔。

【関連記事】『ホームランド』『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』血湧き肉躍る類似点

この日、初めて本作を観た方々のために、町山さんは、アメリカで生活しながら暗躍するソ連<KGB S局>のスパイ夫婦、フィリップ(マシュー・リス)とエリザベス(ケリー・ラッセル)を軸に、ソ連大使館のKGB支局、KGB本部、そしてFBIなど、キャラクターたちが属する組織を紹介しながら、複雑な人間関係やシリーズ全体の流れを解説。そして、本作が圧倒的なリアリティを持つその歴史的背景について話が及ぶと、ホワイトボードを使っての熱血講義が始まった。

時代は1980年、当時大学生だった町山さんは、核戦争の可能性を肌で感じていたそうだが、「これは偶然に回避できたこと」と述懐。「1980年にレーガン米大統領が政権を握るわけですが、これによって米ソ関係が再び緊張状態となり、1983年に核戦争寸前まで追い込まれるわけです。1983年9月26日、もしかしたら、世界が滅びていたかもしれないこの日、危機を救ってくれたのが、スタニスラフ・ペトロフさん(ソ連防空軍の元中佐)という方で、アメリカから核ミサイルが発射されたという政府からの警報を"そんなわけがない!"と判断し、報復しなかった。案の定、誤警報だったのですが、その行動によって世界が救われ、彼のおかげで今の僕たちがいる。その最前線でKGBやFBIが、ものすごい戦いをしていたわけですが、ゴルバチョフ書記長によるペレストロイカ(改革)によって民主化が進み、今度はKGBが国と対立することになっていく。それがこのドラマの背景になるわけです」と語気を強める。

時代と濃密にリンクし、さらには実在のスパイをモデルにしていることから、終始シリアスでハードな内容となっているが、町山さんはフィリップとエリザベスの夫婦を"ホームドラマ"という視点で観ると、さらに面白さが倍増すると指摘する。「KGBの指令で結婚させられた二人は、あくまでも任務として娘と息子を授かるわけですが、作らされた子どもでも共に生活をしていくにつれ愛情が芽生え、任務よりも大切なものになっていくわけです。だから、彼らのそれからの行動は全て子どもを守るためになっていく」と、家族の絆が一つの見どころになっていく点に注目。

ただ、問題は二人の夫婦関係。「エリザベスは子どものことは愛しているけれど、夫フィリップを愛しているかは、自分でもよくわからない。ところが、フィリップはエリザベスにゾッコンなので、彼女が任務のためにいろんな男と肉体関係を持つことがつらくてたまらない。さらに自分もFBIの女性を騙して関係を持たなければならないのですが、それも嫌で、いちいちエリザベスにお伺いを立てるわけです。するとエリザベスは"どうぞ、やれば"みたいなツレない態度で突き離し、"もっと嫉妬してくれよ!"ってフィリップがなるわけです。そこがなんとも面白い」と満面の笑顔を見せる町山さん。

先日行われた第70回エミー賞授賞式では、脚本賞(ジョエル・フィールズ&ジョー・ワイズバーグ)とともにマシューが3度目のノミネートにして初めて主演男優賞を受賞したが、そこでもフィリップとエリザベスの関係性を彷彿させるような出来事があったのだとか。「マシューが受賞スピーチで、ある女性から"(壇上から)プロポーズしたりしないでね"と釘を刺されたと言ったんですね。そのある女性というのはケリーなんですが」と、同授賞式で彼の前にバラエティ・スペシャル部門監督賞を受賞したグレン・ワイスが壇上で長年の恋人にプロポーズしたことを受けての発言があったことを振り返る。「実生活でも、このドラマのスパイ夫婦をなぞるように、マシューとケリーは事実婚をしているんですが、どうやら、ほかの受賞者が先にプロポーズしたので、それと同じことをされるのがケリー的には嫌だったみたいなんですよね」と語り、可哀想なマシューに同情する一幕も。

どこまでも強いエリザベス(=ケリー)と、尻に引かれるフィリップ(=マシュー)の関係性から、「もう、これはサザエさんがスパイドラマになったようなものですね」と極論を展開。「サザエさんがエリザベス、波平の髪はいろんな情報を傍受するアンテナ、裏で指揮を執るボスはタラちゃん。タマはロボットですからね」...ということは、マスオさんがフィリップ? さらに町山さんのジョークは加速し、「(気苦労のせいか)マシューの髪の毛がだんだん危なくなってきて、カツラで変装する回数が増えている気もしますが、"ソ連崩壊まで髪は持つのか?"という別の問題も出てきます」とおどけて会場を笑わせた。

また、Twitterで募集された質問コーナーも。「ソ連のスパイが主人公というアメリカから反感を買いそうな題材なのに、シーズン6まで続いた理由は?」という問いに対しては、「主人公はソ連のスパイだけど、米国暮らしに馴染みすぎて亡命もちらつくフィリップが、国に対して忠誠心の強いエリザベスの心をどう溶かすのか。夫婦の葛藤の物語であると同時に、彼らが助かる道は"ソ連が崩壊するしかない"ということを視聴者がわかっているので、サスペンスとして楽しめているのでは」と推測する。

 

「このドラマの製作者たちは、どのような作品に影響を受けているか?」という問いには、「『ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア』が彼らの発想の基になっていると思います。マフィアの話なんですが、いい家庭を築こうと思いながら、裏では恐喝や人殺しをしている。トーンも非常に似ているところがあって、マフィアをスパイに置き換えているのでは」と回答していた。

 

『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』は、シーズン1&2が9月5日(水)にDVD発売&レンタルが開始され、以降ファイナルシーズンまで5ヶ月連続でリリース。DVDコレクターズBOXには、町山智浩さんが徹底解説する「パーフェクトガイド」が封入される。

(取材・文・写真/坂田正樹)

Photo:『ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ』イベント・町山智浩さん
(C) 2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.