最後までミステリーファンの頭を悩ませる...『アガサ・クリスティー 蒼ざめた馬』

ミステリーの女王、アガサ・クリスティーの小説をサラ・フェルプスの脚本で映像化したミステリードラマ『アガサ・クリスティー 蒼ざめた馬』。英BBCにて製作された全2話の本作についてお伝えしよう。

フェルプスといえば、世界的な人気を誇るクリスティー作品に新たな解釈を加え、斬新にアレンジしたドラマを生み出していることで知られる。ストーリー展開や登場人物の設定はもちろん、推理小説の要である真犯人すら原作と異なることがあり、毎回話題を集めている。彼女の脚色によりこれまでに『そして誰もいなくなった』『アガサ・クリスティー 検察側の証人』『アガサ・クリスティー 無実はさいなむ』『アガサ・クリスティー ABC殺人事件』が製作されており、今回が5作目。フェルプスがクリスティー作品を手掛けるのは、今回が最後と伝えられている。

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原案は、クリスティーが1961年に発表した同名小説。舞台は1960年代のロンドンで、主人公のマーク・イーストブルックは、殺人事件の犠牲者が靴に残したリストの中に自分の名前が含まれていることを知る。そのリストに名前の載っていた人々が次々に死んでいったことから身の危険を感じたマークは、ある手がかりから片田舎の村マッチ・ディーピングを訪れる。そこには〈蒼ざめた馬〉と呼ばれる館に、黒魔術を操る魔女と噂される3人の女性が住んでいた。マークは自らの手で真相を解明しようとするが...というストーリー。

「蒼ざめた馬」は過去に英民放ITV局で1996年と2010年に映像化されており、今回のBBC版は3度目の映像化。それぞれのバージョンは登場人物や設定が少しずつ異なる。原作には名探偵エルキュール・ポワロの友人である推理作家のアリアドニ・オリヴァ夫人が登場するが、2010年のITV版では『アガサ・クリスティー ミス・マープル』の一話としてミス・マープルが事件を解決し、マークは脇役。一方、本作にはオリヴァ夫人もミス・マープルもおらず、マークの視点で物語が語られ、彼自身が事件の謎に挑んでいく。

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また、マークの設定も異なる。原作・ITV版では歴史学者だが、今回は裕福なアンティーク・ディーラー。そして妻のデルフィーヌを亡くして、友人だったハーミアと再婚したものの、いまだに前妻の死にトラウマを抱えるなど、原作・ITV版とはガラリと変わっている。さらに原作・ITV版では、マークは村で知り合ったジンジャー・コリガンと意気投合し、事件解決に協力し合う設定になっているが、BBC版ではジンジャーは登場しない。当然のことながら、結末もかなり異なる。いわば、クリスティーの原作に登場するキャラクターと犯罪方法、カラクリを使いながらも、原作とまったく異なるストーリーが展開するドラマと言っていいだろう。ちなみに、"蒼ざめた馬"とは、ヨハネ黙示録の一節で死を象徴する馬のことだが、それも実に意味深い。

マーク・イースターブルックに扮するのはルーファス・シーウェル(『女王ヴィクトリア 愛に生きる』『ジュディ 虹の彼方に』)。財産、仕事、美しい妻などを持ちながらも、幸せを感じさせない暗い顔と隠された過去を持つ男を熱演する。キャシー・キエラ・クラーク(『デリー・ガールズ ~アイルランド青春物語~』『ブラディ・サンデー』)が演じる〈蒼ざめた馬〉に住む女性、シビルの謎めいた表情も良かった。ほかに、カヤ・スコデラーリオ(『メイズ・ランナー』『Skins - スキンズ』)、バーティ・カーヴェル(『女医フォスター』)などが出演する。

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私は、原作未読のままで本編を観たのだが、原作へのこだわりがあまりなかったこともあってか、存分に楽しんだ。英国カントリーサイドを舞台にした異教の祭りや魔女信仰などオカルト的な禍々しい雰囲気は、映画『ウィッカーマン』を彷彿とさせる不気味さで、一連のクリスティー作品にはない異色の魅力を放つ。また、クリスティー作品の中では現代的な時代設定だが、女性たちの1960年代ファッションもお洒落で、美しいカントリーサイドの風景にも英国ドラマのファンは心くすぐられることだろう。そして、フェルプスお得意の意表を突くエンディングは今回も健在。結末に関しては幾通りもの解釈が可能で、視聴者の選択に委ねるというものだが、本国イギリスでは放送終了直後に視聴者たちがSNSで議論を繰り広げる騒ぎになった。ラストシーンにおける、永遠に夢の中に封じ込まれてしまったような不思議で曖昧な感覚は、何とも言えない強烈なインパクトを残している。

この度、AXNミステリーでの日本初放送が決定。賛否両論を呼んだエンディングの是非については、ぜひ本編をご覧になって判断していただきたい。

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『アガサ・クリスティー 蒼ざめた馬』(全2話)は、12月20日(日)22:30よりAXNミステリーにて独占日本初放送。

Photo:『アガサ・クリスティー 蒼ざめた馬』©Mammoth Screen 2019