大人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の原作者ジョージ・R・R・マーティンが薔薇戦争から影響を受けたのは有名な話だが、薔薇戦争が題材の歴史ドラマが最近注目を集めている。今回は薔薇戦争を描いたドラマ『ホロウ・クラウン/嘆きの王冠』と『ホワイト・クイーン 白薔薇の女王』に焦点を当ててみたい。
薔薇戦争を一言で言うならば、1455年から1485年までの30年間、イングランドにおいて、ランカスター家(紋章が赤薔薇)とヨーク家(白薔薇)が王位をめぐって争った内乱だ。薔薇戦争は人物関係や経緯が複雑でわかりにくいが、まずはシェイクスピア史劇を映像化した『ホロウ・クラウン』(シリーズ2)の中で描かれる薔薇戦争の経緯について、主要人物を紹介しながらまとめてみよう。シェイクスピア史劇は史実と異なる部分もあり、このドラマ化では元の戯曲からもさらに変更が加えられているが、薔薇戦争の流れを追うにはわかりやすい内容になっている。
1422年、ヘンリー5世が急死して、対フランスの戦況が不利になると、和平派のランカスター家と戦争継続派のヨーク家が対立するようになる。そこから数十年にわたって続く争いを、主要人物たちを通して説明していこう。
・ヘンリー6世(トム・スターリッジ)
ランカスター朝最後の国王。ヘンリー5世の息子で父の死により生後9ヵ月で即位。信心深いが意志の弱いところがある。
・サマセット公エドムンド・ボーフォート(ベン・マイルズ)
ランカスター派の中心人物。フランスでアンジュー公の娘マーガレット(ソフィー・オコネドー)と恋に落ちると、そのマーガレットを策略でヘンリー6世と結婚させ、彼女を通して国王を操るようになる。
・グロスター公ハンフリー(ヒュー・ボネヴィル)
ヘンリー5世の弟でヘンリー6世の叔父。護国卿としてヘンリー6世を補佐し治世を行っていたが、ウィンチェスター司教と対立。のちにランカスター側の工作により、大逆罪で逮捕・暗殺される。
・ヨーク公リチャード・プランタジネット(エイドリアン・ダンバー)
ヨーク派の中心人物。祖父はリチャード2世から王位継承者に指名されていた。彼がランカスター派と対立して挙兵したことから、1455年に薔薇戦争が始まる。セント・オーバンズの戦いで勝利してロンドンに入るが、マーガレット率いるランカスター軍に逆襲されて死ぬ。
・エドワード4世(ジョフリー・ストリートフェイルド)
ヨーク公リチャードの息子。父親の死後、弟のジョージとリチャード、右腕のウォリック伯リチャードとともにロンドンを奪い、1461年にエドワード4世として即位。ヨーク朝が始まる(ここまでが第1次内乱)。
・ウォリック伯リチャード・ネヴィル(スタンリー・タウンゼンド)
ヨーク公リチャードとともにヨーク派の中心人物だった大貴族。エドワード4世とエリザベス・ウッドヴィル(キーリー・ホーズ)の秘密結婚をめぐって王と対立、王弟クラランス公ジョージと一緒に寝返り、フランスに亡命したランカスター派のマーガレット王妃と組んで反乱を起こす。一時はエドワード4世を排斥し、復位したヘンリー6世の側近となるが、エドワード4世がマーガレット妃とエドワード王太子率いるランカスター家の軍を破ったため、ウォリック伯と王太子は戦死、幽閉されていたヘンリー6世も殺された(第2次内乱)。
・クラランス公ジョージ(サム・トゥルートン)
ヨーク公リチャードの息子でエドワード4世の弟。ランカスター派に寝返った後、ヨーク派に復帰するが、エドワード4世への謀反を疑われて処刑される。妻はウォリック伯リチャード・ネヴィルの長女イザベル。
・グロスター公リチャード→リチャード3世(ベネディクト・カンバーバッチ)
ヨーク公リチャードの息子でエドワード4世の弟。妻はウォリック伯リチャード・ネヴィルの次女アン。エドワード4世の病死後に護国卿となると、12歳のエドワード王太子は私生児で王位継承の資格はないと訴えてロンドン塔に幽閉して殺害。1483年にリチャード3世として即位。
・リッチモンド伯ヘンリー・テューダー→ヘンリー7世(ルーク・トレッダウェイ)
フランスに亡命していたランカスター家最後の男子。1485年にボズワースの戦いでリチャード3世を破り、ヘンリー7世として即位。エドワード4世の王女エリザベス・オブ・ヨークとの結婚により、ヨーク家とランカスター家がひとつになって薔薇戦争が終了、テューダー朝が始まる(第3次内乱)。
『ホロウ・クラウン』は、英BBCがシェイクスピアの史劇を映像化したもので、実力派英国俳優勢揃いの豪華キャストが話題になった。日本では劇場公開もされている。薔薇戦争が舞台になるのは、2016年に製作されたシリーズ2で、『ヘンリー6世 第1部』『ヘンリー6世 第2部』『リチャード3世』の全3話。
今作ではマーガレット王妃とリチャード3世のキャラが強烈だ。ソフィー・オコネドー(『ワイルド・ローズ』)演じるマーガレットは、臣下のサマセット公と不倫関係にあり、腹黒い男たちと渡り合う策士。優柔不断な夫の代わりに軍を自ら率いて指揮する姿は天晴れなほど豪快だ。リチャード3世といえば、背中が曲がり残忍な王として知られるが、邪魔な人間は片っ端から消していく狡猾な王をベネディクト・カンバーバッチ(『SHERLOCK/シャーロック』)が怪演する。「第4の壁」を破ってこちらに向かって独白する姿は鬼気迫るものがある。
ちなみに、『ゲーム・オブ・スローンズ』では、ヨーク家がスターク、ランカスター家がラニスターと考えられ、ヘンリー6世の護国卿〈王の手〉を務めたヨーク公リチャードがネッド・スターク、様々な陰謀を図るマーガレット王妃はサーセイとされる。そして英仏海峡〈ナローシー〉を渡ってヨーロッパ大陸〈エッソス〉からイングランド〈ウェスタロス〉に来て、王座を奪うヘンリー7世はデナーリスだ。さらに、エドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルの秘密結婚がきっかけでウォリック伯リチャード・ネヴィルが敵側に寝返ったのは、ロブ・スタークがタリサと密かに結婚したことで、フレイ家とボルトン家の裏切りを招いてレッドウェディングに至ったエピソードを彷彿とさせる。
一方『ホワイト・クイーン』は、『ブーリン家の姉妹』などを手掛けたフィリッパ・グレゴリーの原作を元にした全10話のBBCドラマ。ヨーク公リチャード亡き後の1464年からボズワースの戦いまでをたどり、エドワード4世の王妃エリザベス・ウッドヴィル、ヘンリー・テューダーの母マーガレット・ボーフォート、リチャード3世の王妃アン・ネヴィルという3人を中心に、争いに巻き込まれた女性たちの姿を描いていく。貴族の娘たちが権力争いの駒のように扱われ、自分の意思と反して政略結婚させられることが悲しみを誘う。
キャストは、エリザベス・ウッドヴィル役がレベッカ・ファーガソン(『ミッション:インポッシブル』シリーズ)、エドワード4世役がマックス・アイアンズ(『コンドル~狙われたCIA分析官~』)、リチャード3世役がアナイリン・バーナード(『ダンケルク』)。
こちらのリチャード3世は、兄王に忠誠を誓い、ヨーク家三兄弟としての誇りを持ち、愛情ある人物として描かれる。そもそもリチャード3世の印象が悪いのは、シェイクスピア史劇の影響が大きいと言われるが、そのシェイクスピアのパトロンであったエリザベス1世はヘンリー7世の孫にあたる。テューダー朝の祖ヘンリーの王位継承権を正当化するために、シェイクスピアはリチャード3世を悪人にしてテューダー朝礼賛を行ったという見方が強い。
『ホロウ・クラウン』と『ホワイト・クイーン』は同じ時期の史実を扱いながらも異なる視点で描かれており、薔薇戦争をまったく違う角度から検証できるのが面白い。どちらもコスチュームや舞台セットがため息が出るほど豪華で、映像も美しく、歴史ドラマならではの重厚な雰囲気を満喫できる。中世イングランドを舞台に、愛や裏切り、陰謀、政略結婚が絡み合い、王侯貴族たちが権力を争う戦国絵巻・愛憎劇で見応えたっぷり、これが薔薇戦争ドラマの人気の理由だろう。
なお、『ホワイト・クイーン』の続編として、エリザベス王女とヘンリー7世を描いた『ホワイト・プリンセス エリザベス・オブ・ヨーク物語』、そしてヘンリー8世の妻キャサリン・オブ・アラゴンが主人公のスピンオフ『キャサリン スペイン王女の華麗なる野望』も製作されている。『キャサリン スペイン王女の華麗なる野望』で主演を務めるのは、『ゲーム・オブ・スローンズ』のラムジーの忠実な手下ミランダ役で知られるシャーロット・ホープだ。
Photo:『ホロウ・クラウン/嘆きの王冠』© 2012 Carnival Film & Television Limited. ALL RIGHTS RESERVED.
Robert Viglasky © 2015 Carnival Film & Television Ltd.
『ゲーム・オブ・スローンズ』©2012 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.
『ホワイト・クイーン 白薔薇の女王』©2013 Company Television Productions Ltd.