1961年、歴史と伝統を誇る美術館ロンドン・ナショナル・ギャラリーで実際に起きたフランシスコ・デ・ゴヤの名画「ウェリントン公爵」盗難事件をロジャー・ミッシェル監督(『ノッティングヒルの恋人』)が映画化した『ゴヤの名画と優しい泥棒』。犯人は、とても盗みなどできそうもない60歳の風変わりな男。しかも、この事件の裏には、家族の絆を物語る深くて尊い秘密が隠されていた...!【映画レビュー】
ジム・ブロードベント(『アイリス』『ゲーム・オブ・スローンズ』)&ヘレン・ミレン(『クィーン』『エリザベス1世 ~愛と陰謀の王宮~』)の二大オスカー俳優に加え、『ダウントン・アビー』『グッド・ワイフ』などで人気の俳優マシュー・グードが弁護士役で颯爽と登場! 愛とユーモアに溢れたどんでん返しの連続が観るものを幸せな気分にしてくれる。
この物語の基点になるのが、ジム演じるケンプトン・バントンとヘレン演じるドロシー・バントンの老夫婦(さすがオスカー俳優コンビ、どこから見ても長年連れ添ってきた夫婦そのもの!)。職を転々としながら小説家の夢を追いかける夫と、議員宅の清掃で暮らしをなんとか支える健気な妻のなんともユーモラスな掛け合いにホッコリさせられるのだが、実はこの二人、決して向き合うことのできない大きな"心の傷"を抱えて生きている。
そんな二人の苦悩を間近で見てきたのが、次男のジャッキー(フィオン・ホワイトヘッド/『ダンケルク』)。不良の兄の影響を受けて一時グレかかったが、今は大好きな両親になんとかいい暮らしをさせたいと船の設計の勉強を始めた孝行息子だ。だが、そんな矢先にゴヤの名画盗難事件が起きてしまう。
盗んだはいいが隠し場所に慌てふためくケンプトン、父の片棒をかつぐジャッキー、何も知らずに仕事と家事に精を出すドロシー、そして「犯人は専門技術を持つ国際的な犯罪組織だ!」と的外れな声明を発表する警察...。この辺りの微妙にズレた連鎖が実に面白く、全体を包み込む"ドタバタ感"から、ついついケンプトンを応援したくなるのだ。(ところで60歳の素人がいったいどうやって絵を盗んだのか...それは観てのお楽しみ!)
で、結局、この名画を盗んでどうするのか...とやきもきしていたら、なんとケンプトンはこの絵を"人質"に身代金を要求。「孤独な高齢者たちの生活を助けるためにその金を寄付し、イギリスの公共放送BBCの受信料を無料にしたい!」と申し出る。ただ、そんなアクションを起こしたら、警察もバカじゃない、逮捕されるのは時間の問題。程なくして彼は(意外な展開で)御用!となり、事件は一件落着かと思わせる。だが、この映画はここからが本番、ジェットコースター級のクライマックス始まりだ。
観念したケンプトンは警察に拘束され、いざ裁判に向かうことになるのだが、ここでマシュー演じるイケメン弁護士ジェレミー・ハッチンソンが登場。本人も盗みを認め、弁護する余地がないほど有罪確定の案件だが、その人柄に触れるうちに少しずつ心を開いていったジェレミーは、法を超越した "人生観"で彼の生きざまにエールを贈り出す。
ケンプトンのユーモア溢れる答弁とジェレミーのそれを後押しする弁護が絡み合って、法廷は爆笑に次ぐ爆笑! 「バントンさん、ここは芸人のオーディション会場じゃありませんよ!」と裁判長からたしなめられるほど会場は大盛り上がり。そして、あの往年の大スターも登場するという怒涛のサービス精神。結末は「お口チャック」としておくが、どんでん返しのハットトリックで感動絶対保証! 幸せな気分に浸りたい方は、ぜひ劇場に足を運んでほしい。
映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』は、2月25日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開。
(文/坂田正樹)
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映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020