無名の俳優は、テレビの仕事で認知度を高めることがある。そして何年もかけてその土俵で芸を磨き、知名度を確立すると、エンターテインメントの最高峰、ハリウッドへと身を移す。テレビがマイナーリーグなら、映画はメジャーリーグ。映画俳優とテレビ俳優には大きな差があり、俳優が大スクリーンに呼ばれる日を夢見る時代が長く続いていたが、21世紀ではこの傾向が逆転している。映画スターたちがお茶の間に帰ってきているのだ。米Colliderがこの新たなトレンドの軌跡をたどる。
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最初にテレビドラマに出演した映画俳優
ルシル・ボールはモデルとしてキャリアをスタートさせた後、映画女優としての活動を開始。そこで大役を掴むことは難しかったが、1951年に放送開始の『アイ・ラブ・ルーシー』で主演を務めたことをきっかけに、シットコムの顔として大きく飛躍した。1920年代後半から数々の映画に出演したバーバラ・スタンウィックもキャリアの軸足を変えたひとりで、1965年〜1969年に放送された『バークレー牧場』ではエミー賞を受賞、ゴールデン・グローブ賞にもノミネートされた。このシリーズで主演を務めた以降は、一度も映画に出演していない。1978年に映画『スター・ウォーズ』でアカデミー賞にノミネートされたアレック・ギネスは、その翌年には英BBCのミニシリーズ『Tinker Tailor Soldier Spy(原題)』で主演を務めた。
ギネスに関連して、今世紀を代表するテレビシリーズの俳優には、イドリス・エルバ(『THE WIRE/ザ・ワイヤー』)、イアン・マクシェーン(『デッドウッド 〜銃とSEXとワイルドタウン』)、ダミアン・ルイス(『ビリオンズ』)、ヒュー・ローリー(『Dr. HOUSE −ドクター・ハウス−』)、アンドリュー・リンカーン(『ウォーキング・デッド』)、マシュー・リス(『ジ・アメリカンズ』)など、アメリカ人に扮するイギリス人が多い。21世紀のテレビシリーズへの出演ブームは、1960年代のブリティッシュ・インヴェイジョンに続いているとも考えられる。歴史的に見て、イギリスはハリウッドのようなスターシステムはないため、映画俳優がテレビで仕事をすることに、かつてのアメリカほど抵抗があるわけではなかったのだ。
映画俳優にとってテレビの魅力とは
1999年の『ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア』に端を発するケーブルテレビのドラマの台頭には理由がある。このメディアは、フランチャイズ映画製作を未来の道として見据えており、その結果、中予算の大人向けストーリーがテレビ番組として再編集された。脚本家兼俳優のシャロン・ホーガンが語る通り、「すべてのエピソードに1本の映画がある」テレビシリーズは、テレビの質を向上させたと言える。こうして、クリント・イーストウッド、ジョージ・クルーニー、デンゼル・ワシントン、ジェニファー・ガーナー、ヘレン・ハント、ブルース・ウィリス、ウィル・スミスといった20世紀を代表する映画俳優を生み出した道筋(テレビから映画)は、2010年代になって一気に逆転した。
ジェームズ・ガンドルフィーニ(『ザ・ソプラノズ』)や、ブライアン・クランストン(『ブレイキング・バッド』)のように、テレビで認知度を高めた後に、映画で活躍するようになった俳優もいる。間違いなく、『ザ・ソプラノズ』や『ブレイキング・バッド』は、彼らのキャリアを決定づけるプロジェクトだろう。かつては大スクリーンで活躍するスターを育てるためのパイプラインだったものが、確固たる地位を確立したスターの行き着く先となった。ジェフ・ダニエルズ(『ニュースルーム』)は、テレビがシリアスな俳優の着地点となったのは、「ジム・ガンドルフィーニがそれを実現させたから」と話している。
『TRUE DETECTIVE』は、映画俳優のテレビへのシフトを象徴
この俳優の映画からテレビへの移行のターニングポイントがあるとすれば、『TRUE DETECTIVE/二人の刑事』はゲームチェンジャーと言えるだろう。最初のシーズンでは、マシュー・マコノヒーというキャリアのカムバックの最中にいる映画俳優が、従来の「テレビから映画」というパイプラインを辿ってきたスター、ウディ・ハレルソンとコンビを組んだ。シーズンごとにストーリーとキャストが一新され、現在も続いているこのアンソロジーシリーズは、ドラマティックな陰謀、豊富なアイディア、印象的なフィルムメイキングに満ちていて、どんな俳優にとっても魅力的な企画なのだ。
そのクオリティの高さを見ると、映画からテレビへの移行は、芸術的なステップダウンになるわけではない。『TRUE DETECTIVE』以来、多くの映画俳優がテレビへの進出に続いている。20年前は、ハリソン・フォード(『1923』)、ケヴィン・コスナー(『イエローストーン』)、ジュリア・ロバーツ(『ガスリット 陰謀と真実』)、メリル・ストリープ(『ビッグ・リトル・ライズ』)、マイケル・キートン(『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』)らが、劣るとされるメディアにその才能を捧げることはあり得ないと思われていた。今となっては、映画俳優が大スクリーンだけに出演することも稀となっていて、超大物映画スターであるトム・クルーズやレオナルド・ディカプリオがテレビの力に魅了される日も来るかもしれない。
現代ポップカルチャーにおける、映画俳優とテレビ俳優の間の境界線
このような変化に伴い、視聴者・観客がスターをどのように分類するかという考え方は消滅しつつある。『バットマン』で知られるマイケル・キートンは、「“私は映画俳優だ”とか、“私は演劇だけの男だ”という時代にはもう戻れないと思います」と話している。現代のデジタル文化は、コンテンツの均質化をもたらしており、映画、テレビ、ミニシリーズ、YouTube動画、TikTokリールの間の差はあってないようなもの。これにより、映画俳優とテレビ俳優の間にある階級格差のようなものも薄れてきており、ここ数年は“映画スターの不足”をめぐる議論も広まっている。
このような懸念は、コミック原作の映画化に支配されたフランチャイズ映画製作からは切り離され、アーティスト志向のストーリーを提供するテレビ番組の存在に起因している。現在の大衆迎合的な映画製作ではスターが活躍できるような場がないため、若手俳優が顔だけで映画を売るような存在になることが難しい。ジュリア・ロバーツやケヴィン・コスナーがテレビに出演することは、10年前だったら彼らがキャリアの下降線を辿っているように見えたかもしれないが、現在の状況では不自然なことではない。どちらかといえば、ストーリーテリングと俳優の能力の限界を押し広げるような、より興味深いプロジェクトはテレビの中にある、と言えるだろう。
(海外ドラマNAVI)
Photo:『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』(c)2006 Warner Bros. Entertainment Inc./『TRUE DETECTIVE/トゥルー・ディテクティブ』©2016 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and related service marks are the property of Home Box Office, Inc. Distributed by Warner Bros. Home Entertainment Inc./『ブレイキング・バッド』© 2008 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.