『ハンニバル』のマッツ・ミケルセンが、最新映画『アナザーラウンド』で圧倒的なカリスマ性を封印し、酒の力を借りて逆転人生を試みる冴えない教師役を熱演。彼を世界的スターに押し上げた傑作『偽りなき者』のトマス・ヴィンターベア監督と再びタッグを組み、第93回アカデミー賞国際長編映画賞ほか世界中の映画賞を総なめにした。自信喪失、疑心暗鬼、つい飲み過ぎて千鳥足...でも心の温かさがほんわか伝わるマッツの新たな魅力がもうたまらない! ある"喜び"を表すシーンでは、元プロダンサーの片鱗をのぞかせる見事なパフォーマンスも披露するなどサービス精神満載の一作だ。【映画レビュー】
まず、ノルウェー人哲学者のフィン・スコルドゥールが主張する「人間は血中アルコール濃度が 0.05%足りない状態で生まれてきている」という理論から着想した脚本が、とにかくユニークで秀逸だ。つまり、裏を返せば、「血中アルコール濃度を常に適量(0.05%)に保つと仕事もプライベートもうまくいく!」という酒飲みには都合のいい仮説が成り立つわけだが、そこから悲喜こもごものドラマが展開していく。
授業もいい加減、家庭も崩壊寸前、何をやっても冴えない高校教師マーティン(マッツ)は、「これじゃいかん!」とばかりに、同僚3人と結託。「ノルウェー人哲学者のアルコール理論を証明する」という命題のもと、仕事中にある一定量の酒を飲み、常に酔った状態を保つというとんでもない実験に取り組む。するとこれがみるみる好結果に。今まで惰性でやりすごしていた授業も活気を取り戻し、生徒たちとの関係性もバッチリ。同僚たちの人生もいい方向に向かっていった。だが、実験が進むにつれ、どんどん酒量が増え、制御不能となった彼らに悲劇が訪れる...。
「酒は飲んでも飲まれるな」は、健康やトラブル回避などいろんな意味が含まれた、なかなかうまいキャッチコピーだが、この映画の肝はまさにそこにある。百害あって一利なし(個人的には一利くらいはあると思うが)のタバコと違って、アルコールは天使と悪魔が同居する。劇中、マーティンたちが適量の酒を飲むことで、人生が薔薇色に転換していくが、アルコールの誘惑は、なかなかストップがかけられない。もっと上機嫌になりたい、もっと気持ちよくなりたい、もっと快感が欲しいと、脳を侵食し始める。
邦題にもなっている本作の英語タイトルは『Another Round(アナザーラウンド)』と少し肯定的な意味を含むが、デンマーク語のタイトルは『Druk』。ずばり"暴飲"という意味らしいが、作品の捉え方も、アルコールがもたらす幸福感と、アルコールに呪縛される依存感、見方によって真っ二つに分かれることが伺える。
マーティン役のマッツも、どんどん酒に飲まれ、出勤前から千鳥足。このどうにもならない酔っ払い演技がまた、迷える中年男の悲哀というか、弱さというか、新たな魅力を醸し出し、マッツ・ファンにはたまらないのだが、やがて、"ある悲劇"を経験することによって、酒について、健康について、ひいては自分の"生き方"について、本当の意味での『アナザーラウンド』へ歩を進めていく姿が愛おしい。
ネタバレになるので、あまり言及はしないが、己を知り、周りと融合する喜びを知ったマッツの躍動感あふれる"舞い"は必見! コロナ禍なので、なかなかお酒を飲む機会が得られないが、せめて映画館でマッツの魅力に泥酔してみてはいかがだろう。
『アナザーラウンド』は新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国にて絶賛公開中。
(文/坂田正樹)
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『アナザーラウンド』©2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.