アメリカで年間に制作される映画やTVドラマのタイトルは数えきれない。映画であれば、メジャー作品と独立系作品があり、TVドラマであれば地上波局、ケーブル局、有料ケーブル局など、チャンネルが覚えられないほど存在している。
それらが、
超大作映画であるか?
低予算映画であるか?
CM広告収入で製作費をまかなうTVドラマであるか?
視聴契約の受信料が製作費となるTVドラマであるか?
その製作の規模によって、注ぎ込める宣伝費の額も当然違ってくる。
人気スターの大作映画なら大量の宣伝費の投下で、注目度を上げられるが、インディペンデントの優れた小品なら、口コミでの宣伝に頼らざるを得ないだろう。
TV番組も、無料番組なら多くの視聴者を獲得し易いし、有料であればその数は比較的に少なくなる。
つまり"観客動員数(興行成績)"や"視聴者数や世帯数(視聴率)"の総計だけでは、作品のクオリティーの優劣を判断することはできない。
意外に思われるかもしれないが、いくら「ショウ"ビジネス"」と呼ばれる競争社会でも、ハリウッドの業界人は、単に数字だけでは、作品の勝利や栄光をジャッジはしない。必ずそこには、ビジネス面だけでなく、芸術面の成果を重視しようという姿勢がある。
それが、作品の良識を維持できる大切な砦であり、強みであると言っていい。でなければ、世界各地から優秀なクリエイターや心あるアーティストが集まってくることなど、あり得ない。
数字の成果は、金銭的な一側面の成功でしかない。もう一方には、内容的クオリティーの側面の成功というものがあるのだ。
では、いったい何を基準にして、これらの溢れる数の作品の善し悪しをどのように判断していけばいいのだろう!?
一つは、
アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞、エミー賞、SAG賞(映画俳優組合賞)、DGA賞(監督組合賞)といった各専門分野で功績を讃える、威厳と歴史のある賞による評価だ。
これらの賞の審査基準は、まず脚本や映像や演技や音のクオリティーありきだと言っていい(もちろん興行成績も無視はできないが、最優先事項ではない)。これらの賞に高い価値やステータスがあるから、優れた小規模作品が、大味な超大作を見事に打ち破るというような、輝かしい栄光も生まれる。そしてその評価をきっかけに、地味な小品が、大きなヒット商品として様変わりすることもあるのだ。
そしてもう一つ、
業界人や、映画&テレビファンが注目しているのは、信頼のおける有力批評家たちのコメント/レビュー/採点だ。
映画や映像作品の批評家、評論家、ライターとしてその道でキャリアを確立しているプロの書き手たちは、ハリウッドの業界と利益を共有するような関係にないため、客観的にズバッと作品を論じることができる。「第三者の目線」で、表現の自由の下、ハッキリと発言する力を有しているのだ。
そこで今回は、ウェブ上で容易に見られることで人気の高い、アメリカの2大批評サイトを皆さんにご紹介しよう。
まずは映画の批評サイト『ロッテントマト:Rotten Tomatoes』。
簡単にご紹介すると、批評家団体やメディアなどからお墨付きを得た、評論家やライターたちによる様々な批評が集められ、まとめて読むことができるサイトである。
良い評価なら真っ赤なトマト(鮮度が高い)、悪い評価なら腐ったトマトが各批評コメントに付けられる。数多くの肯定的な意見と否定的な意見の割合を数値化し、その「総意」を得点(100%中、肯定的な反応は何%か)として提示する。また、批評家たちだけではなく、一般ユーザーや観客の評価も同時に見ることができるので、専門家や世間の大方の反応を確認することができる。
このサイトを利用するメリットは、極端に好意的な評価と極端に厳しい評価をも含めた、全体の平均的なコンセンサスを読み取ることができることだ。批評の数自体が非常に少ないケースは、参考にならない場合も稀にあるが、大抵の作品は、ほぼ納得のいく結果が示されることが多い。
60%を超えた作品は、良質と判断され、おススメできる作品だと考えていい。「称賛」する人と「まあまあ」とする人が多数を占めるのがこの得点圏に入る作品。
さらに「絶賛」する批評家が大多数となった作品の場合は、80%や90%以上を叩き出す。事実、この高さに点数が届くと、その作品はその年の賞シーズンになんらかの形で絡んでくることが多い。
たとえば、今年2月にアカデミー賞作品賞を受賞した『アーティスト』は98%という高さで評価されている。これは真っ赤なトマト。
この夏の超話題作『ダークナイト・ライジング』は87%とこれも高得点だ。果たして、本年度は作品賞ノミネートとなるのだろうか?
批評家の総意は、高い作品もあれば、当然低調なものも多々ある。
厳しさだって半端ではない! 印象的な過去作を見て見よう。
日本でもファンの間で物議をかもしたマンガ原作の『ドラゴンボール・レボリューション』(09年)は14%。つまり腐ったトマトだ。日本でも反発が強かったように、アメリカの批評家たちもまったく好んではいない。冷静に内容を判断している。
太平洋戦争の真珠湾を舞台に、ありがちなラブロマンスを展開した『パールハーバー』(01年)はどうだろう?25%。これも腐ったトマト。もしこの製作本国での評価を先に見て知っていれば、当時、宣伝戦略につられて見てしまった多くの日本の観客も、この映画に料金を払わずに済んだかもしれない。
また、ちょっと違った角度でこのサイトを利用することもおススメしたい。
アメリカで劇場公開、またはDVDなどでリリースされた日本映画が、実際はどのくらいの評価を得ているのかを知ることができるのだ。
昨年アメリカで公開(劇場数は限定)され、DVDも発売となった三池崇史監督、役所広司さん主演の作品『十三人の刺客/13 Assassins』は96%という高い評価を獲得している。
2004年にアカデミー賞の外国語作品部門にもノミネートされた山田洋次監督、真田広之さん主演の『たそがれ清兵衛/The Twilight Samurai』はなんと99%という高い支持をアメリカの批評家たちから得た。
認められている作品は、しっかりと認められている。
逆に、「全米で公開!」といった文句で新聞やテレビで派手に宣伝された日本の作品でも、このサイトで(英語のタイトルで検索して)批評記事がリストアップされない場合、ほとんど全米の批評家の目に触れていない可能性が高い。
おそらくそれらの作品は、米国各地のいくつかの劇場を貸し切って上映したという事実はあっても、本当の意味でアメリカの映画業界の市場にくい込んではいないのだ。
そういう意味でも、現地の批評を探して読むことは大切である。
90年代後半から 、アメリカの映画市場に参入し、作品毎に公開規模を拡大し存在感を増してきている日本映画の代表は、ジブリのアニメ作品だ。『もののけ姫/Princess Mononoke』(99年)の94%や『千と千尋の神隠し/Spirited Away』(01年)の97%といった高評価は見事と言うしかない。
次にご紹介するのは、
TVドラマ、映画、ゲーム、音楽等の総合批評サイト『メタクリティック:Metacritic』。
メタクリティックは、様々なエンターテインメント・芸術作品の批評やコメントを集め、ロッテン・トマトと同様にこれを数値化し、それらの作品にメタスコアと呼ばれる得点を与え、緑(称賛)/黄色(賛否入り交じる)/赤(否定)の3色でわかり易く色づけして提示している。このサイトは、TVドラマ各シリーズの批評を読むのに便利で、スコア順の表示を見ると、どの作品が比較的に評価が高く、どの作品が駄作である可能性があるかがすぐにわかる。
ただ残念な点は、TVドラマの場合、"シーズン1"や"シーズン3"などと書いてあっても、それはシーズンの初回エピソードやプレミア放送の2時間枠の内容についてのみの批評であることがほとんどで、シーズン全体の出来映えを判断するには不十分であることだ。
たとえば、僕が09年に出演させて頂いた『フラッシュフォワード』は、72スコアと評価が高かった。この年の話題作の1本であり、実際、初回のエピソードが抜群に面白く、人気も高く維持していた。しかしショウランナー(番組のクリエイティヴ面の責任者)の交代劇などによってシーズン後半からはファンの関心を徐々に失ってしまい、残念ながら鳴り物入りでスタートしたこの作品は1シーズンで打ち切られてしまう予想外の結果となった。なので、初回エピソードの得点だけでは、シリーズ全体の運命は測れないのだ。全話を見終えてみなければ、シリーズの正当な評価は下せない。
しかし、新シーズンや過去作を、見ようか見まいか迷っている時に、シリーズ初回の評価を批評家やユーザーの反応を、一つの批評でなく、多くの評論の総意の形で見ることができることは、参考材料が欲しい場合には非常に助かる。
昨年、シーズン途中で突如キャンセルになった『チャーリーズ・エンジェル』は30スコアという厳しい低さで、打ち切りは誰の目にも予想できた。一方で『マッドメン』のシーズン5が、88スコアを記録していることを見ると、視聴率の高低とは関係なく、クオリティーの高さはずっと維持できているのだと伺える。
賞シーズンで存在感を見せている『ホームランド』は、91スコアという非常に高い数字を残していたことから、シーズンを通して優れた展開を見せてくれるのではないか、という予測ができた。
僕は、映画やテレビドラマの「作り手」の側の人間として、作品を数値に換算されることは、必ずしも嬉しいことではない。個々の作品がハートに響き、沁みるかどうかは、その人その人の主観と経験によって大きく変わるものなのだから「あの作品はこの作品より5ポイントも上だ!」などと決めつけられるはずもない。作品を楽しむ際は、どんな作品であれ、最終的な価値判断は自分の眼と好みと直感に任せればいいのである。
しかし、
芸術とビジネスが絶妙に絡み合う映画とテレビの世界では、厳しい評価や評論が一目で見れる、作品を選ぶ際の信頼のおける指標があることは、「作り手」としても目標や反省材料として活用できるし、ビジネスとして厳正な評価が目に見える形で示されることは、当然と言えば当然だ。
製作陣はこれを無視はできない。
だから、"視聴率"や"観客動員数"を上げるだけでなく、商品の《クオリティー》を上げることに全力を注ぐようになるのだ。
これは産業にとっても、顧客にとっても望ましい。
公明正大な批評が存在しなければ、映画やドラマの質も著しく降下する。
質が降下すれば、観る者の眼もまた落ちてしまいかねない。
ところで、
前述した"ロッテン・トマト(腐ったトマト)"の言葉の由来だが、昔、舞台を観る観客たちが、下手な役者やダメな内容に対して、腐ったトマトや野菜を投げつけた、ということから名付けたそうである。
容赦ない、しかし正直な、観る者たちの「声」が、映画会社や、TV局や、製作会社や、監督や、俳優や、スタッフたちの意識を叩き起こし、磨かせているのだ。