『24』のキーファー・サザーランドが『HEROES』のクリエイター、ティム・クリングとタッグを組んだヒューマン・ミステリー『TOUCH』。キーファーは無言症の息子とコミュニケーションを取りたい一心で奔走する父マーティンを演じているが、その吹き替えを担当するのはもちろん小山力也さんだ。『24』の頃からもう10年以上、キーファーの声を担当している小山さんだからこそ感じる彼の変化、作品の魅力、そして小山さん自身の仕事へのこだわりとは――。
―― 『TOUCH』を見た最初の印象は?
今まで吹き替えの仕事はいろいろとしてきたんですけど、過激な作品も多いんですよね。最近は特にその過激さを追及する方向性の作品が増えてきてる気がします。そんな中でこのドラマは異色の作品で、「よくこんな作品作ったな、冒険したな」と思いましたね。
―― その過激な作風の流れを作ったのはある意味『24』だったと思うのですが、そのドラマで8年間主役を務めたキーファー・サザーランドが今回まったく違う作風のドラマを選んだ事に、海外ドラマの新たな流れを感じますね。
そうですね。映画でも昔はTVのゴールデンでもヒューマンな作品をやっていたりしましたけど、今はどんどんバイオレンスな傾向が強くなって、じっくり見られる作品が少なくなってきましたもんね。でも『TOUCH』はとてもヒューマンなストーリーなのに、サスペンスの妙技も際立っているんです。そこが本当によく出来ているなと思います。
―― このドラマでは毎回ある数字がキーとなって人々を繋いでいくわけですが、その数字に関わる人物が毎回変わっていく分、主要キャストが少ないですよね。それだけに小山さんがリードしていくという要素も強くなってくると思うのですが、その辺りの事はご自身ではどう捉えているんですか?
うん、まぁ、僕がコケたらみんながコケてしまいますからね(笑) でもそういうプレッシャーが楽しいものでもあるので、責任を持たせてもらえるのも有難い事ですし、長いスパンでその責任を要求される仕事というのもそう沢山あるわけではないので、やっぱり嬉しい気持ちの方が先に立ちますね。
―― 作品が違うので当たり前と言えば当たり前なんですが、同じキーファーの声を演じていても、『24』の時よりトーンが優しくなっているのがすごく印象的でした。今回このマーティンというキャラクターを演じる上で何か意識している事はあるんでしょうか?
基本的に僕は声を作るのはあまり好きではないので、自分が作品を見て感じたものを、その時に一番出しやすい音で自然に出てくるのが一番だと思ってるんです。自分が台本を読んで得たもの、映像を見て得たもの、そして吹き替えの現場でやっている瞬間に感じたものがそのまま音になればいいと、そう思ってやってます。
―― このドラマは本当に感動的なエピソードが多いので、そういうシーンでは逆に感情を抑えるのが大変なのでは?
それが僕は結構芯が弱いので、収録の最中に思わずこみ上げてきちゃう事もよくあるんですよ(笑) それがいい場合もあるし、悪い場合もあるんですけど。
―― それだとバランスを取るのが大変ではないですか? あまりに感極まってしまうとセリフが聞き取りづらくなってしまうだろうし、自然に気持ちを乗せながらきちんとセリフを言うというのはすごい技術が必要な気が...。
一視聴者として感情移入をするのではダメなんですよね。やっぱり客観性は大事で、ドラマの世界に飛び込んで自分が360度完全にあの中にいるつもりになる事で気持ちが動いていく。そこできちんと客観性を保っていれば大丈夫だと思います。
―― 8年間『24』でキーファーの声を担当していた小山さんから見て、今回の『TOUCH』でのキーファーはどんな風に見えますか?
こんなシワが出来るんだな、というのが発見でしたね。『24』は製作しなかった年も含めて10年関わりましたから、その当初の頃とは顔の雰囲気も変わったし、若さに任せてやってたところから、貫禄のようなものも出てきましたよね。もちろんお芝居の方も進歩してますし。このドラマではその素晴らしく成長した彼がこれまでとはまったく違うキャラクターにトライしたという点ですごく新鮮でしたね。がむしゃらなお芝居だけじゃない、じっと座っているだけでも場が持つような細やかな演技をしているのが「変わったな」と思うし、表情が柔らかくなりましたよね。やっぱりたいした俳優さんですよね、彼は。
―― キーファーだけでなく、小山さんも同じ時間だけジャック・バウアーを演じてきたわけで、どうしてもジャックのイメージが付いてきてしまうと思うんですが、それについてはどう対処しているんでしょう?
こういう言い方はもしかしたら失礼かもしれないけど、そういうイメージが付きたくても付かない人もいらっしゃるので、ひとつは自分の勲章だと思って、まずは有難いと思ってます。逆に「アイツは何をやってもバウアーだ」と言われる事もあるけれど、確かに自分がバウアーを演じたわけだし、どう捉えるかは相手の感受性次第ですしね。自分としてはこれからもいろんな事が出来るよう、何とか努力を続けるだけです。
―― 小山さんがジャックとマーティンの違いで気を配っている点はどんな所なんでしょう?
ジャックはある意味狭い人間で、能力は卓越しているけれど、あらゆる事を全部自分で解決しようとする。それが暴走して迷惑をかけたり、新たな不幸を呼んだりするんですけど(笑) とにかくすべてを自分でやらなければ気が済まない性格なんですよね。でもマーティンは素直に人に頼るし、弱点もさらけ出す。それを恥だと考えないし、素直に人に受け入れて欲しいと考えるし、自分も他人を受け入れたいと考える。そういう懐の深い、ナチュラルに人と接する事ができる人なので、そこは大事にしたいと思ってます。
―― 小山さんは吹き替えの仕事だけでなく、舞台などでも活躍されていますが、何か違いを意識する事はあるのでしょうか?
海外ドラマとか映画の場合は、すでにパーフェクトなものがありますからね。それを自分の瑣末な感情で貶めないように、という気持ちはあります。僕もどちらかと言えば人間が出来てない方なんですけど、「私だったらそんな事しない」とか「私はそんな事言いたくない」とか、そんな風に自分の感情の方に寄せてしまうと、せっかくの作品のテーマが失われてしまいますから。役者さんもそうですけど、そこに出てくるキャラクターっていうのはみんなエラいんですよ。いろいろ大変な状況で一生懸命生きてるんです。平凡な人間ではなく、これだけ魅力的なキャラクターが悩み、苦しんで何かに立ち向かったり、解決しようとしているわけですから、自分に寄せるのではなく、こっちから向こうにジャンプするように飛び込んで行くようにしています。
―― 吹き替えのお仕事の中で小山さんがこだわっているものとは何なんでしょう?
そうですね、作品が素晴らしければ素晴らしいほどやりがいはあります。作品を貶めないようにという気持ちもありますが、やっぱりどこかで勝ちたい気持ちもあるんですよね。こっちが尊敬すればするほど、憧れれば憧れるほど、真似じゃつまらない。僕はいつも思ってるんです。キーファーさんにしても、クルーニーさんにしても、本当にかっこいいし、スタイルもいいし、声もいいけど、吹き替えの時だけはアンダースタディになってね、って(笑) セリフだけは自分のものだから、「ごめんね、これは僕がもらったよ」って思ってるんです。それで「よし! これは勝ったぞ!」っていうセリフをひとつでも多く出来るようにしたいんです。独りよがりかもしれないけど、それが吹き替えの仕事の醍醐味だと思うし、モチベーションになるんです。
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